123 眠りより目覚めしシェフの気まぐれサラダ

「クククッ……なるほど、シークレットメニューか。面白い」


 バイザー型サングラスを装着した狂科学者は、そう言ってニヤリと笑った。

 それから、同じくサングラスを装着している僕に尋ねてくる。


「ところで弟よ。メニューをじっくりと選ぶ前に、トイレに行かなくて大丈夫か?」

「ガガガッ――」

「メニューを選ぶのが先か、トイレに行くのが先か、よく考えるんだぞ?」


 姉役の狂科学者は、またしても僕の頻尿ひんにょうを心配してくれる。

 よく考えるよう言われた僕は、頭をフル回転させるために右手の人差し指をひたいに当てた。

 そして僕は、


「キュイーン――」


 と声を出す。


 あたかも、『頭の中にめ込まれた光学ドライブ』でCDやDVDのような『光ディスク』を読み込んでいるみたいな、そんなロボットっぽい芝居しばいをはじめたのである。


 足の裏たちがざわつく。


「コレハ……一体?」と右足が言った。

「オソラク……冬市郎ハ頭ノ中デ、『光ディスク』的ナモノヲ、読ミ込ンデイルンダ」と左足が解説する。


 やはり左足の方が、右足よりも僕のことをよく理解してくれているようだ。


 普段から左足は、右足に色々と遠慮えんりょしており、ストレスがまっている。

 そんな左足の愚痴ぐちを、僕はたまに聞いてやっているので、おのずと僕と左足の心の距離が近づくのも不思議なことではないだろう。


「左足……オ前、ヨクワカルナ」と右足が感心した。

「フフッ……」と左足はひかえめに笑う。


 右足の言う通りだ。

 本当によく僕の考えがわかったな、左足よ。詳しい説明など何もしていないのに。


 やがて僕は「キュイーン――」と言い終わる。

 そして、頭の中の光ディスクから、答えを導き出したかのような芝居をした。


「ガガガッ――。姉さん、頭の中のディスクを読み込んで答えを出したよ。トイレには、まだ行かなくていい。ガガガッ――」


 足の裏たちが、また声を発する。


「ワザワザ『頭ノ中ノディスク』ニ、アクセスシタノニ、タイシタ回答ジャナイナ……」と右足がつぶやく。

「フフッ……」と、左足は再びひかえめに笑った。


 サングラスをかけたままの狂科学者が、片手で顔を不敵に覆い隠しながら言う。


「クククッ……そうか。わざわざ頭の中のディスクにアクセスしてまでよく考えたのなら、まだトイレには行かなくて大丈夫だな」

「ガガガッ――。そうだね、姉さん」


 狂科学者が、メニュー表を指差して言う。


「では、弟よ。このシークレットメニューの中から、なんでも好きなものを選ぶがいい」

「ガガガッ――」

「なあーに、値段の心配はするなよ。姉さんが、御馳走ごちそうしてあげるからな」


 僕はこくりとうなずく。


「ありがとう、姉さん。ガガガッ――」

「クククッ……さあ、弟よ。よく考えて食べたいものを選ぶんだぞ」


 再びよく考えるように言われた僕は、やはり右手の人差し指を額に当てた。

 そして、頭の中の光ディスクに、もう一度アクセスする。


「キュイーン――…………」


 僕がそう声を出しはじめるとほぼ同時に、右足が声を発した。


「コレ……毎回ヤルノカ?」と右足が文句を言う。

「フフッ……」と左足は笑うだけで、右足の意見に同意もしなければ反対もしない。


 まあ、右足の言うことも理解できる。

 僕が頭を使うたびに、毎回これをやるのはさすがにしつこいかもしれない。


 やがて僕は、「キュイーン――」と言い終わった。


「ガガガッ――。姉さん、頭の中のディスクを読み込んでよく考えたけど、僕には決められないよ」

「そうか」

「この店の『シークレットメニュー』のデータは、僕の頭の中のディスクにはないみたいだ」

「だろうな」

「ガガガッ――。だから、ロボットの僕でもおいしく食べられそうな品を、姉さんに決めてほしいよ」

「クククッ……自分で決められないとは、本当に困った弟だ」


 大森さんは軽く苦笑にがわらいを浮かべると、メイドの方を向いてこう質問した。


「ブラックポニーテールよ。ひとつお尋ねするが――」

「はいッス」

「この店には、『自分のことをロボットだと思い込んでいる人間』にオススメのメニューは、何か用意してありますかな? ……クククッ」


 いやいや、大森さん……。

 そんなメニューは流石さすがに用意していないよ……。


 予想はしていたのだけれど、大森さんの採用試験は、やはり少々レベルが高い気がした。

 足の裏たちも僕と同じような気持ちなのだろう。


「コレハ、難問ナンモンダナ……」と右足が言った。

「キーナ、大丈夫ダロウカ」と左足が心配する。


 しかし、スパッツメイドは、特にあせっている様子もなかった。

 少女は黒髪のポニーテールをかすかにらしながら、口元だけでニヤリと不敵なみを浮かべると、


「スススッ……お客様、失礼するッスよ」


 と言って、自身もバイザー型サングラスを装着した。

 それからメニュー表を眺めはじめたのである。


 ついに僕も大森さんもキーナも、三人全員がバイザー型サングラスを装着したのだった。


 しばらくすると――。


「スススッ……お客様。これは、お店としての意見ではなく、あくまでも『個人的な意見』なんスけど――」


 サングラスをしたメイドが、大森さんに向かってそう言った。


「クククッ……個人的な意見?」

「はいッス。聞いていただいてもよろしいでしょうッスか?」

「クククッ……いいだろう。聞かせてくれるかな、ブラックポニーテールよ」


 キーナが話の先を続ける。


「スススッ……『ご自分のことをロボットだと思い込んでいる方』に、個人的にオススメするメニューでございますッスけど。たとえばシークレットメニューより――」


 そう言いながらキーナは、大森さんが手にしているメニュー表に手を伸ばし、料理名を指し示す。


「まずは、こちらの『眠りより目覚めざめしシェフの気まぐれサラダ』は、いかがッスか? ……スススッ」


 さて――。

 キーナが口にした、



『眠りより目覚めしシェフの気まぐれサラダ』



 とは?


 そのネーミングから、寝起きのシェフが本当に気まぐれなサラダを作りそうではあるが――。

 まあ、季節や仕入れの都合つごうに合わせて、その日の材料でなんとなく作られるサラダのことだった。


 飲食店なんかでたまに見かける『シェフの気まぐれサラダ』の頭に、『眠りより目覚めし』という『中二病的な響き』をプラスする。

 そうすることで、『より気まぐれ感が増して良い』との姉の判断であった。


『気まぐれ感』を増量してどうするんだよ……。

 そんなツッコミを入れたくなるメニューである。


「ほう……『眠りより目覚めしシェフの気まぐれサラダ』かね……クククッ」

「はいッス。続いて、ごいっしょに『純粋じゅんすいな白と閉じ込められし漆黒しっこく』も、注文なさるというのはいかがッスか?」



『純粋な白と閉じ込められし漆黒』



 とは?


 コーヒーゼリーの上にホイップ状の白いクリームが乗っかっているデザートである。

 こちらのメニューに関しては、それ以上特に言うことはない。


「ふーむ……『眠りより目覚めしシェフの気まぐれサラダ』と『純粋な白と閉じ込められし漆黒』のふたつがオススメなのだな……クククッ」

「はいッス」

「ブラックポニーテールよ。『自分のことをロボットだと思い込んでいる人間』にオススメのメニューとして、そのふたつを選んだ理由を聞かせてもらえるかな?」


 問われてキーナは、メニュー表を指差しながら答える。


「スススッ……お客様。その二品ふたしなの名前を、頭のなかで一度『ひらがな』に直してくださいッス」

「んっ? ひらがなに?」

「はいッス。そして、それぞれの最初の一文字を並べてみてくださいッス」

「クククッ……いいだろう。『眠りより目覚めし――』と『純粋な白――』だから、最初の一文字は、『ね』と『じ』だな」


 狂科学者がそう口にすると、メイドが小さくうなずく。


「スススッ……お客様。その『ね』と『じ』を並べますと――」

「『ねじ』となるな。んっ? ……ねじ?」


 足の裏たちが声を出す。


「ネジ……?」と右足が言った。

「ネジ……?」と左足が繰り返す。


 狂科学者はすぐに、キーナの言いたいことを理解したようだ。


「クククッ……『ロボット』には『ねじ』でも食わせておけということか……なるほど、なるほど……クククッ」

「ご理解いただけたようッスね……スススッ」


 そう言ってキーナは、両目を細めて微笑んだ。


「クククッ……頭の文字をふたつ合わせると『ねじ』という言葉が浮かび上がる。ブラックポニーテールが、その二品を『オススメのメニュー』として選んだ理由は、そういうことだな」


 足の裏たちが、また声を出す。


「ワリトヒドイ理由ダナ」と右足が言った。

「ソレデモ、狂科学者ハ、納得ナットクシタヨウダゾ」と左足が続ける。


 まあ確かに、右足の言う通りだ。

 理由としては苦しい部分があると思う。


 けれど、大森さんが出してきた難題なんだいを、キーナがその場のアドリブでなんとか処理した点は、充分に評価されてもいいんじゃないだろうか。

 きっと大森さんも、キーナのその対応力をけっこう評価してくれていると思うのだけど。


 しかし、それにしても……?

 ロボットって『ねじ』を食べる印象あります?

 どちらかといえば、ねじはロボットの燃料じゃなくて部品なのでは?


 僕のそんな心の声など知らずに、サングラスをかけたスパッツメイドと狂科学者は、お互いメタリックなミラーレンズを光らせながら満足げに笑い合ったのだった。

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