109 『男子トイレ』と『仮の名前』

 目の前の少女が、なんだか少し落ち込んだ様子だったので、僕は話題を変えることにした。


「えっと……吸血鬼の幽霊さん」

「ウィ?」

「名前が思い出せないのでしたら、とりあえず何か『かりの名前』でも考えてみませんか?」

「ワガ輩様に、仮の名前ヲ……デスますか?」

「ええ。僕は幽霊さんのことを、何とお呼びすればよろしいですかね?」


 金髪の幽霊は、胸の前で腕組みをしながら「ウィ、ウィ、うーん……」と考えはじめた。

 僕はそんな彼女を観察しながら『仮の名前』が決まるのを待った。


 それにしても――。

 顏や雰囲気が、金髪碧眼のピエロや団長と本当によく似ている。


 大きな違いがあるとすれば……。

 やはり、胸のサイズだろうか。


 金髪の幽霊は他の二人と違って、胸がひかえ目でスレンダーな印象だった。

 どちらかといえば豊かな胸をお持ちのピエロ・団長姉妹とは、その点が異なるのだ。


 それでも、たとえば初対面で仮に『三姉妹』と紹介されたら?

 彼女たち三人のその見た目から『三姉妹』であることを、きっと誰も疑わないことだろう。

 それほど似ているのである。


 まあ……この幽霊の姿を見ることができる人間が、僕以外にいるかどうかわからないのだけれど……。


「ンー……オー……。仮の名前と言わレてーも、なかなか思いつかないのデスわヨ」


 金髪の幽霊はそう言って眉間みけんにシワを集めると、続いて僕にこう尋ねてきた。


「トウイチロウ。貴様なら、どんな名前がいいと思うのデスますポス?」

「えっ……」

「しょせんは仮の名前かしらネ? 貴様が適当に付けてくれてモ、いいのデスますヨ」

「い、いやー……。困ったなあ……」


 後頭部をポリポリと掻きながら僕なりに一応は考えてみる。

 けれど……。

 何も思いつかなかった。


 その代わり僕は、キーナに相談することを思いついた。

 仮の名前とはいえ、女の子の名前なのだ。この幽霊と同じ性別のキーナに、助けを求めたわけである。


 もちろんキーナには、幽霊の声は聞こえていない。

 そのため僕は、これまでの経緯を簡単に説明した。


「――そんなわけでキーナ。『吸血鬼の幽霊』さんの名前を、いっしょに考えてほしいんだ」

「冬市郎くん……。『幽霊』さんではなく正確には――自分のことを『吸血鬼の幽霊だ』と思い込んでいる『世界のバグ』さんッスよ!」


 キーナは右手の人差し指をピンッと立てながら、そう訂正してくる。

 ポニーテールの少女は、それからこう続けた。


「『金髪碧眼の世界のバグ』さんに、偉大いだいなる冬市郎くんが、わざわざ仮の名前を与えてやろうってことッスよね?」

「えっと……。キーナって幽霊に対して、なんかちょっと厳しい雰囲気あるよね……」


 キーナはそっと両目を閉じると、首を横に振った。


「冬市郎くん、そもそも幽霊なんてものは、この世に存在しないんスよ? あれはこの世界のプログラムのバグっす」

「ああ、うん……」


 僕が苦笑いを浮かべると、キーナはアゴの下に手を当てて「うーん……」とうなりはじめた。

『金髪の世界のバグ』に提案する仮の名前を、僕に代わって考えてくれているのだ。


「そうッスねぇ……。仮にその『金髪碧眼の世界のバグ』さんを、とりあえず『未確認生物的な存在』というカテゴリーに当てはめて考えてみるとするッスよ――」

「お、おう……」

「そうするとッスよ、たとえば有名な『ネス湖』の未確認生物は『ネッシー』っすよね? 北海道の屈斜路湖くっしゃろこの未確認生物は『クッシー』っす」

「うん」

「だからそんな感じで、『金髪の世界のバグ』さんも、発見された場所から名前を付けてみるというのはどうスか?」


 僕は「なるほど」と両手を打ち鳴らすと、こうつぶやいた。


「そういうことなら……。僕が幽霊さんを発見した場所は『男子トイレ』だから……」


 すると金髪の幽霊が、面倒臭そうな様子で口をはさんでくる。


「ウィ。よいデスます、よいデスます。トウイチロウ、もうそんなに真剣に悩まなくてもよいデスます」

「んっ?」


 金髪の幽霊は、小さくうなずきながらこう言う。


「黒髪の女が言う通り、ワガ輩様の仮の名前は、貴様に発見さレた場所から名前を付けて、『男子トイレさん』とでもしてくレたらいいのデスます」

「えっ!? 男子トイレさんっ!?」


 金色に輝くロングヘアーを揺らしながら『男子トイレさん(仮)』は、「ウィウィ」と声を出し、こくりこくりとうなずく。


「そうデスわヨ。もう、それでよいのではないかしらネ」

「い、いやぁ……」

「ンー。トウイチロウ、今からワガ輩様のことは、『男子トイレさん』と呼ぶがいいデスますヨ」

「幽霊さん……。さすがにそれを女の子の名前にするのは、色んな意味でマズイですよ……」


 しかし、僕のやんわりとした反対意見は聞き入れられないようで、『男子トイレさん(仮)』は首を横に振った。


「ノン。いやいや、しょせんは仮の名前デスわヨ。気にしないかしらネ」

「えー……」


 そう言うと僕はくちびるをとがらせて、あからさまに難色なんしょくしめしてみる。

 すると、『男子トイレさん(仮)』も、少しは考えたようだ。


「ンー。トウイチロウが、どうしても気に入らないのデシたら……『男子トイレッシー』でもいいのデスわヨ」

「男子トイレッシー?」

「『ネッシー』『クッシー』『男子トイレッシー』デスますポス」


 僕は小さくため息をついてから言った。


「いや……最後の未確認生物の名前、ひどいですから……」

「オー。ではやはり、『男子トイレさん』と呼ぶがいいデスます。なぁに、どうせ貴様しか呼んでくレない名前デスますし、もうこれ以上考えるのが面倒臭いかしらネ」


 この幽霊……。

 投げやりすぎる……。


 いくらなんでもその名前を採用する気にはなれず、僕は顔をひきつらせたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます