112 記憶を戻す手伝い

「オー!? ウー!? 前世からトウイチロウと因縁いんねんのある女が、ワガ輩様を含めて三人……デス……ます……ポス!?」


 吸血鬼の幽霊はそうつぶやくと、僕に質問してくる。


「ヌー! トウイチロウ、本当に驚いたかしらネ! 他の二人の女も、吸血鬼デスますか?」

「いや、吸血鬼ではないですね……」

「では、幽霊デスますか?」

「幽霊でもないですね」

「では、他の二人の女は何なのデスますポス?」


 いや……。

 何なのデスますポスと言われてもなぁ……。


「えーっと……まあ、彼女たちのプライベートな部分でもあるので、僕の口からはあまり詳しくは話せないのですが――」


 そう前置きをしておいてから、僕は話を続ける。


「とりあえず彼女たち二人は、幽霊さんと違って普通の人間として暮らしていますよ」

「な、ナーっ!? 普通の人間として暮らしているデスますポスっ!?」

「ええ。それぞれ、ちゃんと家族もいて、家庭もあるみたいですし」


 僕がそう答えると、金髪の幽霊は口をあんぐりと開けた。

 どうやら大きなショックを受けている様子だ。


「で、では、トウイチロウ……。そ、その二人はワガ輩様と違って、普通に人と会話デキたり、人に触れたりすルことがデキるのデスますポス?」

「そうですね。幽霊さんとは違うみたいですけど……」

「イーっ!? ず、ズルいデスわヨォォオオオオっ!?」


 金髪の幽霊は、叫ぶようにそう声を上げた。

 それから彼女は、両手で頭を抱えると小声でぶつぶつ言いはじめる。


「わ、ワガ輩様は……ワガ輩様は……ずっと一人ぼっちで、会話デキる相手もおラず、こんなにも孤独な生活を送っていたのデスますのに……」


 少女の青い瞳が涙でにじんでいた。

 彼女はきっと、この一月ひとつきほど本当に孤独で、よっぽど寂しい思いをしてきたのだろう。

 昨年、僕も窃盗犯せっとうはんと間違われたときに、それなりの孤独を経験している。

 だからそんな僕は、どうしても彼女に同情してしまうのだった。


「そのぉ……幽霊さん」

「ヌンッ?」

「僕でしたら、本当にたまにでよければ、幽霊さんの話し相手になれると思うのですが……どうですか? ずっと孤独だと、胸がけそうになりませんかね?」


 彼女のことがものすごく気の毒に思えてきたので、僕はそう提案してみたのだ。


「オーっ!? トウイチロウは、ワガ輩様の話し相手になってくれるのデスますか?」

「本当にたまにですよ。とりあえず、幽霊さんには僕しか話し相手がいないみたいですし」


 金髪の幽霊は、二本の牙を見せながら満面の笑みを浮かべた。


「たまにでも、とても助かるのデスますヨ! 貴様、ありがとう! やっぱーりトウイチロウは、優しいかしらネ! 本当にありがとうゴザイマス、貴様!」


 金髪の幽霊は、その場で嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながらそう言った。

 それから彼女は、両頬を赤らめながらこんな話をはじめる。


「オー。もしかしーて、前世で貴様とワガ輩様は恋人同士だったとかっ!? そんな関係だったのデはないデスますか?」

「えっ……?」

「なんだか貴様、ワガ輩様に優しくシてくれるデスます。だからきっと、前世で甘い関係だったのかしらネ!」


 幽霊はそう口にすると、機嫌きげんよさそうに笑った。

 それから彼女は、僕の顔を指差してこう言う。


「ふふふっ。なんデスか、貴様。ワガ輩様の言葉に、少し照れていルんじゃないデスますか? 冗談なのに、顔が薄っすらと赤くなって、可愛いのデスますポス!」


 そして金髪の幽霊は、再びその場で嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。


 しかしまあ、彼女の指摘してきは間違っているだろう。

 僕は別に『恋人同士』だの『甘い関係』だのと言われたから照れていたわけではない。

 はしゃぎはじめた金髪幽霊の、その嬉しそうな姿を目にしていたら、なんだか見ているこちらが照れてしまっただけなのである。


 とにかく――。

『たまに話し相手になる』と僕が言っただけで、これほど喜んでくれたのだ。

 こちらだって当然、嬉しい気持ちになるってものだった。


「幽霊さん。とりあえず僕は、何か理由を作って『ヴァンピール・モンスターサーカス』に再び会いに来ますから――」

「ウィウィ」

「それで団長さんと会えば、幽霊さんともおそらく、また会えることになりますよね?」

「オー。そうデスわネ。なんダか、ワガ輩様に気をつかっテもらっていルみたいで、悪いデスますヨ」


 僕は首を横に振る。


「いえいえ。どちらにしろバンドのみなさんにはもう一度会って、インタビュー記事のチェックをしてもらうつもりでしたから」


 幽霊は金色の長い髪を揺らしながら、こくりとうなずく。


「ウー。ありがとうゴザイマス、貴様。ワガ輩様はそのときを、楽しみにしていますデスわヨ」


 それから彼女は、こう話を続けた。


「それにしても、こうしてトウイチロウと会話を続けていタラ――」

「んっ?」

「これガきっかけとナって、いつか記憶が戻るような気もしますデスわネ」


 金髪の幽霊が、その青い瞳で僕のことを見つめてくる。

 僕は小さくうなずいた。


「そうですね。そうだといいですね、幽霊さん」

「ウィウィ。この世界で唯一の話し相手であるトウイチロウには、これからもほんの少しでいいのデ、ワガ輩様に力を貸してほしいのデスますポス。貴様、お願いしますデスわヨ」


 彼女はそう言いながら、僕に深々と頭を下げたのだった。


 吸血鬼の幽霊とはいえ、やはり彼女は悪い存在ではないような気がした。

 だから、記憶を戻す手伝いを、少しでもしてやりたい。

 記憶をなくしたまま孤独な世界で過ごしているこの幽霊は、なんだかとても悲しい存在なのだ。


 そこで僕は、『キーナの異能の力』をもう一度借りることを考えた。


 金髪の幽霊に「ちょっと待っていてください」と告げると、僕は彼女のそばを離れ、キーナと二人きりで話をはじめる。


「なあ、キーナ。相談があるんだけど」

「んっ? なんスか、冬市郎くん」


 少し離れた場所で、ずっと黙って僕を見守ってくれていたキーナ。

 僕はそんな彼女に自分の考えを説明する。


「――そんなわけで、足の裏たちの正体にたどりついたときみたいに、金髪の幽霊さんの……じゃなくて、『金髪の世界のバグ』さんの正体を、もう少し詳しく調べてもらいたいんだ」

「うッス! 自分の『本気バージョンの異能』で調べるってことッスね!」


 キーナは異能の力の加減ができる。

 単純に自分の身近にある『世界のバグ』を見つけるだけだったら、それほどの力を込めなくても大丈夫なようだ。

 女子中等部に散らばっていた『アイメイボックス』を見つけるときなんかも、それほど力は使わなかったらしい。


 けれど、『バグの詳細』をしっかりと調べようとするときは――。

 そのときは、かなりの集中力が必要なようである。


 たとえば以前。

 僕の足の裏の正体をキーナが、『魔王』と『大魔王』であると判断したとき。

 彼女はひたいに汗をかき、数分かけてじっくりと異能の力を酷使こくしする必要があった。

 それがキーナの言った『本気バージョンの異能』である。


「いいッスよ。親友である冬市郎くんの頼みとあらば、この栄町樹衣菜が断るのは不可能ッス! 大切な親友のためにこの力、喜んで使うッスよ」


 足の裏たちから称賛しょうさんの声が上がる。


流石サスガ、キーナダゼ」と右足が言った。

「モシ、生マレ変ワレルノナラ、次ハ、キーナノ足ノ裏ニナリタイゼ」と左足が続ける。


 いやいや……。

 生まれ変わっても、また足の裏でいいのかよ、左足……。


 軽く苦笑いを浮かべると、僕はキーナを連れて幽霊の正面に立ったのだった。

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