111 ワガ輩様で、三人目デスますか!?

「オー。まあとにかく、ワガ輩様は当時、授業を眺めていルのが退屈だったデスます。それで教室から廊下に出て、赤絨毯あかじゅうたんの上を一人で歩き続けたかしらネ」


 そう言うと金髪の幽霊は両目を閉じて、話の先を続ける。


「団長から離れれば離れルーほど、この小さな胸の中で、不安な気持ちが大きくナっていったのを、よく覚えているデスます」


 そして彼女は控え目なサイズの胸を、先ほどと同じように両手でそっと押さえてこう言った。


「デスが……ワガ輩様はあのとき、この世界のことガもっと知りたくテ……。不安な気持ちよりも、好奇心の方がはるかに上回ったデスますヨ。それで、教室の中でじっとしていられずに外に出たかしらネ」


 僕は彼女の話にうなずく。


「まあ、そうですよね。同じ立場だったら僕もきっと、授業中の教室から外に出ていましたよ。知らない世界での生活がいきなりはじまったら、少しでも周囲の状況を把握はあくしておきたいし、教室の中でじっとはしていられないかな」


 そう言って僕は、彼女の行動に理解を示したのだが、金髪の幽霊はそれが嬉しかったようだ。

 彼女は二本の牙をほんの少しだけ見せて、にこりと微笑む。


「ウィウィ。それで教室から出たワガ輩様デスますが、廊下を一人で歩き続け、ヤがて校舎こうしゃの外に出たのデスます。ソレから校門を通り抜けて、住宅街に向かってしばらく歩いていルと……」

「歩いていると?」

「ウー。恐ろシイことに突然、ワガ輩様のこの身体が、霧のように薄くなっテいったのデスますヨ!」


 幽霊はそう口にすると、自身の身体を両腕で抱きしめ、ぶるぶると震えはじめた。

 金色の長く美しい髪が、左右にスイングする。


「身体が……霧のように……?」

「ウィ。そうデスます! 危うく蒸発して、ワガ輩様は消えてしまウところだったデスますヨ!」

「んっ? 灰になるわけではなく、蒸発……なんですか?」


 僕がそう尋ねると、幽霊は「オー……。ンー……」と声を漏らし、金髪の頭をポリポリと掻きながらこう答えた。


「まあ、詳しく尋ねられマしてモ、わからないのデスますが……。そのときワガ輩様は、『灰になる』というよりは『身体が蒸発して消えてしまう』と感じたかしらネ……」

「……そうですか。まあとにかく、身体が霧のように薄くなって消えかけたのは、やはり団長さんから離れ過ぎたのが原因だったんですかね?」


 金髪の幽霊は、こくりとうなずく。


「ウィ。そうだと思うのデスます。すぐにワガ輩様は、来た道をあわてて引き返しまシたかしらネ。そしーて、団長のいる教室に戻るころには、身体がすっかり元に戻っていたのデスわヨ」

「霧のように薄くなっていた身体が、元に戻っていたんですね?」

「ウィウィ。デスからそれ以来、ワガ輩様は団長のそばから、あまり離れないように心掛けているのデスますヨ」


 僕は「なるほど」と胸の前で腕組みをすると、彼女に同情した。


「身体が消えかけるだなんて……幽霊さんも、ずいぶんと怖い思いをしたんだなあ」

「ウィ。だから今日は、久しぶりに団長から離れて、少し不安なのデスますが……」

「こうして団長さんから離れている今も、身体が消えそうな気配はありますか?」


 金髪の幽霊は「ノン」と首を横に振る。


「オー。まあ、団長が同じ校舎内にいる限りは、きっと大丈夫かしらネ。とにかくそういうワケでワガ輩様は、団長からあまり離れることができナイ。行動が制限されているのデスますヨ」


 行動を制限されている……。

 そして、この世界に来る前の記憶がない……。


 なんだか似たような境遇きょうぐうの存在を、僕は他にも知っているような気がした。


 すると、ずっと黙っていた足の裏たちが、会話をはじめる。


「ソウカ。アノ金髪ノ幽霊モ、『行動ノ自由』ト『過去ノ記憶』ガ、無インダナ」と右足が言った。

「ナンダカ、似タヨウナ境遇ダゼ」と左足が続ける。


 僕は自分の足下を見ながら、思わず声を出した。


「ああ、そうか! お前たちと同じような境遇なのか!」


 こいつらも記憶を失っているし、僕から離れることができない。

 まあ足の裏たちと比べたら、金髪の幽霊の方がある程度自由に動き回れる分、マシなのだろうけど。


「ンーっ? トウイチロウ、『お前たち』とは? 貴様はいったい誰と話をシているのデスますか?」


 金髪の幽霊がそう尋ねてきた。

 僕があわてて足下から視線を上げると、彼女は不思議そうに首をかしげている。


「トウイチロウ、足下に何かあるのデスますポス?」

「い、いえいえ……。ただのひとごとです」


 僕がそう答えると、足の裏たちが声を出した。


「オイ、金髪ノ幽霊」と右足が呼びかける。

「幽霊ニハ、コチラノ声ガ、聞コエナイノカ?」と左足が続けた。


 けれど、金髪の幽霊が反応することはない。

 どうやら彼女には、足の裏たちの声は聞こえていないみたいだった。


 さて――。

 幽霊である彼女は、声やその存在を普通の人から認識されない。


 しかし、そんな『人々から認識されない幽霊』でさえも、僕の足の裏たちの声や存在を認識できないようだ。

 その一方で足の裏たちは、金髪の幽霊の声や姿をバッチリと認識できている。


 もし、『どちらがより認識の出来ない存在か』という謎の勝負をしたら?

 僕の足の裏たちは、幽霊に勝ってしまうくらい、さらに認識され辛い存在なのかもしれない。


「オー。なんデスか、トウイチロウ。独り言でシたか」


 金髪の幽霊はそう言って微笑んだ。


「そうなんです。足下には何もないんです。幽霊さんを戸惑とまどわせてしまいすみません」

「ノン。いえいえ、独り言でシたら、ワガ輩様もいつも口にしているかしらネ」

「んっ?」

「ウィウィ。この一月ひとつきほど、話し相手がいなかっタので、本当に孤独だったデスます。それでワガ輩様は、独り言をぶつぶつ口にして、ずっと過ごしテいたデスますポス」


 そう口にしながら金髪の幽霊は、少し照れ臭そうな表情を浮かべていた。


「そのぉ、幽霊さんは僕とは会話できるのに、団長さんとは会話できないんですよね?」

「ンー。そうデスます。いつかひょっとシたら会話ができるかもと思い、何度も何度も団長に声をかけ続けているのデスますが……。これまで一度も、反応がないのデス……ます……ポス……」


 そう言って幽霊は、首を横に振った。


「そうですか。しかし、団長さんではなく、どうして僕と会話ができるんでしょうか?」


 金髪の幽霊は、アゴの下に手を当てながら「オー……。ウー……」と声を漏らす。

 それから彼女は、こんなことを言った。


「……そうデスわネ、トウイチロウ。ワガ輩様は、貴様の姿をはじめて目にしたときから、『この男とは会話がデきる』と、なぜか確信していたのデスます」

「えっ?」

「おそらく貴様とは、ワガ輩様がこの世界に来る前にいた世界――つまーり前世で、何か因縁いんねんがあった……そんな気がしてイるのデスわヨ」

「前世で?」


 いやいや……前世って……。

 また、このパターンかよ……。


「ウィ。そうデスます。おそらく前世の関係が原因で、ワガ輩様と貴様とは会話がでキる――そう思うのかしらネ。どうだ貴様、驚いたデスますか?」


 金髪の幽霊は、なぜか少しだけ勝ちほこったような表情を僕に向けた。

 それから彼女は、こう尋ねてくる。


「トウイチロウ。貴様、前世の記憶が少しは残っているデスます?」

「いえ。まったくないです」

「オー。では、急に前世の話などさレても困る――といったところデスわネ? ふふふっ」


 その質問に僕は、「はあ……」と一度だけため息をついてから答えた。


「そのぉ……実はですね、幽霊さん――」

「んっ?」

「僕と前世でどうのこうのって話をしてきた女の子は、幽霊さんで三人目なんですよ……」

「ナー、なっ! なんデスますっ!? ワガ輩様で、三人目デスますか!?」


 まずは瀬戸灰音。

 続いて大曽根みどり子。

 そして、この吸血鬼の幽霊で三人目なのだ。


 だから、『僕と前世でどうのこうの』という話は、さすがにもう新鮮味しんせんみが感じられない。

 人生で一度だけ食べれば充分に満足するような『い味の珍味ちんみ』があるとしたら?

 僕はそれをほんの短い期間で、三度も食卓に出されたみたいな気分だったのである。

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