102 『チケットもぎり』と『ヴァンピール団長』

 三人目のメンバーは前の二人と違って、背の低い小柄な少女だった。

 セーラー服姿に紺色の帽子を被っている。

 黒髪の女の子で、帽子はツバの付いた野球帽タイプのキャップ。帽子の正面には白い糸で『STAFF』と、大きく刺繍ししゅうが施されていた。

 いわゆる『スタッフキャップ』を被っているのだ。


「も……モギモギ……。『ヴァンピール・モンスターサーカス』のベース担当……『チケットもぎり』ですモギモギ」


 スタッフキャップからチョロリと垂らした前髪。

 それを指でいじりながら彼女は、そう自己紹介をはじめた。


 思わず僕は、「えっ……?」と声を漏らしてしまう。

 けっこうな大きさの声だった。


 だって……。

 名前がチケットもぎり?


『チケットもぎり』と名乗った少女は自己紹介をやめて、僕のために説明をはじめた。


「チケットもぎり――会場の入り口とかで、お客さんのチケットの確認をして半券をちぎる役の――」

「い、いや、すみません。『チケットもぎり』がどういう仕事かは、僕もわかっているんです。けど、少しだけ驚いてしまいまして……」


 そう言って僕は頭を下げた。

 彼女に悪いことをしてしまった。


「そうですか……モギモギ」


 と言ってチケットもぎりは、スタッフキャップから垂らしている前髪を指でいじり続ける。


 セーラー服姿の女の子に野球帽という組み合わせはわりと好きだし、女の子がキャップからチョロリと前髪を垂らしている姿も僕はけっこう好きである。

 僕たちの高校はブレザー制服なのだけど、もしもキーナがセーラー服を着てこんなふうに野球帽を被っていたら?

 きっとものすごく似合うだろうな――なんてことも一瞬考えてしまう。


 だが、今はそんな場合ではない。

 謝らなくては。

 僕はもう一度頭を下げた。


「自己紹介をさえぎってしまい、本当に申し訳ないです」

「いえいえ。バンド内では『もぎり』と呼ばれていますモギモギ。私のことはそう呼んでくださっていいですよモギモギ」

「もぎりさん……とお呼びすればいいのですか?」


 チケットもぎりは、こくりとうなずく。


「はい。あと、好きな食べ物は『カルビ』ですモギモギ」

「カルビ……」


 好きな食べ物のことなど尋ねていない。

 このバンドのメンバーは、自己紹介で絶対に食べ物の話題に触れなくてはいけないのだろうか?


「モギモギ……形状がなんとなくチケットの形に似ているカルビって、けっこうありますよね? モギモギ」


 んっ? どうだろうか?

 カルビを目にして『チケットの形に似ている』と思ったことは、生まれてから今日まで一度もない。


 とにかく、もぎりはそう言い残すと僕の返事も待たずにソファーに腰を下ろした。


「『シュール系不思議少女』ッテ感ジカ? モギモギ」と右足が言った。

「イヤ、ドウダロウカ……。イマイチ『キャラ』ガ、ツカメナイゼ、モギモギ」と左足が続ける。


 左足の言う通り、確かに僕も彼女のキャラがあまりつかめなかった。


「マア、トニカク『地味ナ少女』ダッタナ」と右足が言う。

「ソウダナ。『地味ナ少女』デアルコトハ、間違イナイ」と左足が続ける。


 確かに『ライオン女』や『クマ女』と比べると、『もぎり』はかなり地味な印象の少女だった。

『STAFF』という文字が刺繍された帽子を深めに被り、『チケットもぎり』と名乗るくらいなのだ。きっと裏方うらかたさんタイプで、あまり自分から前に出てくる人物ではないと予想されるが、どうだろうか……。


 そしていよいよ、四人目の少女が僕たちの前にやって来た。

『ヴァンピール・モンスターサーカス』の最後の一人は――。


 金髪ツインテールの少女だった。

 他のメンバーと同じようにやはりセーラー服を着ているが、背中には黒いマントを羽織はおっていた。

 マントの裏地は鮮やかな赤色だ。

 そして、コスプレ用の『きば』を歯に付け、吸血鬼のごと犬歯けんしを鋭く伸ばしていた。

 おそらく『ヴァンピール』にふんしているつもりなのだろう。


 キーナが小声で僕に言う。


「綺麗な金髪と青い瞳ッスね」

「う、うん」

「ピエロさんと同じく、金髪碧眼きんぱつへきがんの美少女さんッスよ」


 その通りだった。

 最後の一人は金髪碧眼で、どことなく顔立ちまでピエロと似ていたのだ。


 もし仮にこの人物が、『数年後のピエロの成長した姿である』と言われたら?

 僕はまあ納得してしまうかもしれない。

 それほどまでに雰囲気がよく似ている。


 背はピエロよりも高く、胸もピエロより大きい。

 ピエロの胸だってどちらかといえば大きい方なのだが、さらにひとまわり大きいだろう。


「しかし……またマントか……」


 僕がそうつぶやくと、キーナが「んっ?」と首をかしげた。


「いや……。最近はマントを羽織っている女の子を、なんだかよく見るよなぁって思ってさ……」

「そうなんスか」


 大曽根みどり子が、サイキックソルジャーの衣装としてマントを羽織っていた。

 ピエロがマントを羽織っている姿も――本当は視聴覚室のカーテンだが――二度見たことがある。


『女の子』に『マント』――。

 この組み合わせに、僕は慣れはじめていたのだった。


 金髪と黒いマントを踊らせながら、バンドメンバーの最後の一人が口を開く。


「わははははっ! は『ヴァンピール・モンスターサーカス』のボーカル担当! そしてリーダーを務める『ヴァンピール団長』であるっ! 好きな食べ物は『人間の生き血』だっ! なぜなら余は吸血鬼だからな! よろしく頼むぞ、人間どもっ! わははははっ!」


『ヴァンピール団長』と名乗った少女――。

 彼女は吸血鬼の牙を僕たちに見せつけながら、元気よく笑い声を上げた。

 それからツインテールとマントを揺らして、他のメンバーたちがいるソファーへ移動すると腰を下ろす。


 ライオン女、クマ女、チケットもぎり、そして吸血鬼――。

 モンスターサーカス全員の自己紹介が、すべて終わった。


 しかし……。


 そもそもこちらは、『このタイミングで自己紹介をしてくれ』などと頼んでいないのですが?

 登場するなり勝手に自己紹介をはじめられたし……。

 そのうえ、それぞれ好きな食べ物まで教えてくれるとは……。


 とにかく、こちらの自己紹介と挨拶あいさつがまだ済んでいなかった。

 僕とキーナが、すぐに簡単な自己紹介と挨拶を済ませると、ヴァンピール団長が金髪ツインテールを揺らしながら言った。


「話は聞いているぞ、ジャリ研さん。余の妹が、お世話になっているようだな」


 僕もキーナも、「えっ?」と首をかしげる。


 妹……?


 するとピエロが会話に参加してきた。


「ピエピエ。言ってなかったピエが、実は『ヴァンピール・モンスターサーカス』のボーカル『ヴァンピール団長』は、俺様の姉なんだピエ」


 な、なんですと……!?

 ピエロとヴァンピール団長が姉妹?


「驚イタピエ……」と右足が言った。

「驚イタピエ……」と左足が繰り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます