101 『ヴァンピール・モンスターサーカス』

「ピエピエ。うまく通過することが出来たピエね」


『しめしめ』みたいな感じで『ピエピエ』言いながら、金髪の女子中学生は微笑んだ。


 来客用のスリッパを借りると僕たちは玄関を通り抜けて、女子高等部の廊下を移動する。

 赤い絨毯じゅうたんの敷かれた廊下は掃除がよく行き届いており、歩くだけで身の引き締まる思いがした。


 いやいや……。

 学校の廊下に赤絨毯っ!?


 キーナが周囲を見渡しながら言った。


「冬市郎くん。この赤絨毯も、天井の照明や廊下の窓枠なんかも、この学校はいちいちすべてが豪華ッスね」

「ああ」

「なんだか『完全に場違いなところに来てしまった』という気持ちになるッスよ」


 キーナの意見に完全に同意だった。


「ピエピエ。女子高等部は、中等部よりも設備に贅沢にお金をかけているって噂だピエ」


 ピエロの言う通りなのだろう。

 女子中等部もそれなりに豪華な建造物ではあった。

 けれどさすがに、廊下に赤絨毯まではないのだ。


「コノ絨毯ハ、踏ミ心地ガイイゼ」と右足が言った。

「アア。感触ガイイ」と左足が続ける。


 どこの誰よりも『踏み心地の専門家』といえるだろう足の裏たちがそう言うのだ。

 本当に質の良い絨毯なのだと思う。

 もし、この赤絨毯の上で、ふざけて墨汁ぼくじゅうなんかこぼしたら?

 大人たちからどれだけ怒られることだろうか……。




 目的地である進路指導室は、校舎の三階にあった。

 事前にピエロがその場所を調べておいてくれたので、とてもスムーズに到着することができた。

 本当に優秀なピエロである。


「ピエピエ。まだ、先輩方は来ていないピエ」


 部屋には誰もいなかった。

 広さは中等部の進路指導室の倍以上はあるだろうか。

 設置されている本棚の数もおそらく倍以上。

 進路関係の書籍も、きっと充実しているはずだ。


 室内にはテーブルや椅子なんかがいくつか設置されていたのだけれど、新品みたいに綺麗で、あまり使われた形跡けいせきがない。

 今回のインタビュー場所として指定されるくらいだ。

 やはり利用者があまりいない部屋なのだろう。


「冬市郎くん。あの辺のソファーが、インタビューに使えそうッスね」


 女子中等部と同じように三人掛けのソファーが二脚、向かい合わせに設置されていた。

 二脚のソファーの間には、木製の茶色いローテーブルもある。

 確かにインタビューに使えそうだ。


「ピエピエ。どうやら『ヴァンピール』のメンバーが来たようだピエ」


 ピエロのそんな声を聞いて、僕は入口に目を向けた。

 本日のインタビュー相手である女子高生四人組ロックバンド『ヴァンピール・モンスターサーカス』が、扉を開けて部屋に入ってくる。


 四人の先頭を歩くのは、どことなくワイルドな雰囲気の女子高生だった。

 女子高等部のセーラー服を身につけている。

 背が高く、身長は170センチ以上はあるだろうか。

 髪の毛は茶色で、毛量は多め。それを整髪料で立体的に遊ばせており、ワイルドな印象の髪形に仕上げていた。

 そんな彼女が部屋に入ってくるなり突然、奇妙な自己紹介をはじめたのだ。


「ガオガオっ! 『ヴァンピール・モンスターサーカス』のギター担当! 『ライオン女』ですっ!」


 んっ? ガオガオ?

 ライオン女?


「ガオガオっ! 好きな食べ物は『動物の肉』ですっ! 今日はよろしく、ガオガオっ!」


 あまりの出来事に、室内がしーんと静まり返った。

 キーナもピエロも、足の裏たちですら声を出さない。


 数秒の沈黙の後、僕は、


「んっ?」


 と声を漏らして首をかしげる。

 キーナが口元を手で覆い隠しながら、僕にだけ聞こえるような小声で言った。


「と、冬市郎くん……。『ライオン女』さんっていうのは、名前なんスよね……」

「あっ……ああ。たぶんね」

「確かにあの髪型は、どことなく『ライオンのたてがみ』を意識しているような気がするッスよ」


 なるほど。

 彼女のあのワイルドヘアーは、キーナの言う通り『ライオンのたてがみ』のつもりなのかもしれない。


「しかし……女子高生なのに、オスのライオンみたいなビジュアルだな……」

「そうッスよね……。メスのライオンには『たてがみ』がないッスから、彼女は人間のメスなのにライオンのオスなんスかねえ?」

「そうだな」


 しかしそれにしても……。

 残りのバンドメンバー三人の自己紹介も、こんな調子で続くのだろうか?

 もしそうならキーナも僕も、この部屋の不思議な空気に耐えられないかもしれない。


 自己紹介を終えたライオン女は、ピエロに誘導されて三人掛けのソファーに腰を下ろした。

 次に、ライオン女よりもさらに背の高い女子高生が部屋に入ってくる。

 高身長な女子高生が二人続いたのだ。


 二人目も、やはりセーラー服姿だった。

 髪型は、これまた特徴的で、『ツインお団子ヘアー』とでもいうのだろうか。

 こげ茶色の髪を、左右でひとつずつお団子状にまとめている。

 お団子がふたつ、頭の上に乗っかっている感じだった。


「ドラム担当のクマ女です……。ど、どうも……」


 少女はうつむき加減で『クマ女』と名乗った。

 彼女の自己紹介はそれだけだった。


「自己紹介、短イナ……」と右足が言った。

「アア。アッサリシテイル」と左足が続ける。


 キーナが僕にささやく。


「冬市郎くん。クマ女さんなんですが、頭の左右にあるふたつのお団子部分って、もしかして『クマの耳』をイメージしているんスかね?」

「んっ?」

「先ほどのライオン女さんの髪型は、ライオンのたてがみのようだったッス。このクマ女さんの髪型は、クマの耳っぽいッス。たぶん、そういうことなんスよね」


 確かに、こげ茶色の『ツインお団子ヘアー』は、クマの耳のように見える。

 そして、さすがにクマ女と名乗るだけのことはあって身体も大きい。

 これで四つんばいになって口に鮭でもくわえていたら、北の大地で彼女は可愛らしい木彫りのモデルにもなれるかもしれない。


 そんなクマ女がシンプルな自己紹介を終え、ソファーに向かって歩き出すと――。

 ライオンからクレームの声が上がった。


「ガオガオっ! おいおい、クマちゃんっ! 打ち合わせ通り、ちゃんと自己紹介しろよな! ガオガオっ!」


 続いてライオンはソファーから立ち上がり、眉間にシワを寄せながらクマの前まで移動する。


「クマちゃん! なんだよ、今の自己紹介!」

「うっ……」

「ちゃんと『クマクマ』言えよな、おい!」


 何が起きているのか?

 ライオンとクマが、めはじめたようである。


 クマが、クレームをつけてきたライオンに言い返した。


「ああ? ライオンちゃんよぉ、ちょっとは空気読めよな! お前の自己紹介、完全にスベってたじゃねえか!」


 ライオンが、頬を赤らめる。


「ああ? す、スベってねえし……ガオガオ……」


 そう言うわりには、ライオンのその声は小さい。


「イヤ……。アンタノ自己紹介、スベッテイタゼ……」と右足が言った。

自覚ジカクガアルカラ、アンタハ今、顔ヲ赤クシテイルンダロ?」と左足が続ける。


 足の裏たちも発言に容赦ようしゃがない。

 まあ、足たちの声はライオンには届かないのだが。


 素直に事実を認めないライオンにクマが言った。


「マジか! お前、スベってる自覚がねえのかよ!?」

「だから、スベってねえって! ガオガオっ!」

「とにかく、打ち合わせ通りに『クマクマ』言ったら、私までお前みたいにスベるだろうがっ! ああ?」


 ケンカか?

 これはやはりケンカなのだろうか?


「なあ、ライオンちゃんよぉ。いい加減、『ガオガオ』とか『クマクマ』言うのはやめようぜ」

「ああ?」

「いつまでも中学のノリでやってんじゃねえよぉ! 私ら、もう高校二年なんだぜ?」


 どうやらクマは、中学の頃から自分たちが作り上げてきた『動物キャラクター』を卒業したいようだった。

 まあ、高校二年にもなって、『ガオガオ』とか『クマクマ』言っているのは確かにイタい奴だ。

 しかし、ライオンはそれを許さない。


「ああ? 学年は関係ねえだろぅが? いいからおめぇはいつも通り『クマクマ』言えよな、ああ?」

「だから、空気読めって言ってんだろ?」

「なんでだよ? 今まで通りやろうぜ? 中学二年の頃からずっといっしょに『ガオガオ』と『クマクマ』って、二人で仲良くやってきただろうが?」


 そう言われるとクマは、人差し指でほっぺたをポリポリ掻きながら顔を赤らめた。


「い、いや……ほら……。今日は、だ、男子だっているしよぉ……」

「ああ?」

「は、恥ずかしいだろぅがぁ?」

「ああ? んだよぉ、お前。男子の前だから恥ずかしくて『クマクマ』言えませんってことか?」

「……そ、そうだよ。悪いかよ……」


 どうやら、男子である僕がこの場にいることが問題になっているようだった。

 正直、肩身が狭い……。


「ガオガオっ! クマちゃんよぉ、甘えたこと言ってんじゃねえよ!」

「ああ?」

「男子がなんだ! クマちゃん、うちのレオナルドの前じゃ、ちゃんと自己紹介出来たじゃねえか? ああ?」


 レオナルドって誰だ?

 外国人か?


「はあ? レオナルドは、お前んちの飼い犬じゃねえか! オスの犬と人間のオスをいっしょにしてんじゃねえぞ、ああ?」

「ああ? なんでだよ、クマちゃん?」


 なんでだよ……じゃないだろ、ライオン。

 レオナルド、犬かよ……。

 これはクマの主張が正しいと僕も思う。


「とにかく、人間のオスは、私にはハードルが高いんだよぉ! ああ?」


 クマがライオンにそう言った。

 先ほどからさりげなく僕が、『人間のオス』呼ばわりされているわけだが……。

 まあ、よく聞こえなかったことにしておこう。

 キーナもさっきライオン女のことを『人間のメス』って、こっそり言っていたしな……。


 それにしても、女子高生同士のもめごとなのに、ずいぶんと迫力のあるケンカだった。

 二人とも背が高くワイルドな雰囲気の少女たちだからだろう。

 珍しい光景なので、正直しばらく眺めていたい気もする。


 僕もキーナもピエロも、他の二人のバンドメンバーも、彼女たちのケンカを誰も止めることが出来なかった。

 ライオンとクマの言い争いはしばらく続いた。


 その後どうやら『クマ女』の方が折れたようである。

 彼女は「コホンっ」と軽く咳払いをしてから自己紹介をやり直した。


「クマクマっ! 『ヴァンピール・モンスターサーカス』のドラム担当! 『クマ女』だクマっ! 好きな食べ物は『紅鮭べにじゃけ』です。今日はよろしくクマー!」


 なるほど……。

 確かにこれはキツい。

 僕が彼女の立場だったら、この自己紹介はやりたくない。


 クマはそれから、顏と耳を真っ赤にしながらライオンの方を向いて言った。


「これで満足かよ、ああ!?」

「ガオガオっ! 満足だよ、ガオガオっ!」

「そりゃ、よかったなぁ!」

「おうおう! クマちゃん、根性見せたな、ガオガオっ!」

「もう泣きだしてえよ……三年間くらい冬眠してえ……」


 それから二人は、ソファーに横並びに座った。

 どうやら仲直りは出来ている様子だ。


 しかし……。

 これが本当に、中等部の軽音楽部から尊敬されている『カリスマバンド』のメンバーなのだろうか?


 ライオンとクマのケンカを目にして、さすがに僕も疑問を抱いた。

 けれど考える暇もなく、次なるメンバーの自己紹介がはじまったのである。

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