099 校門脇の金髪美少女
≫ ≫ ≫
「よし、最後まで読んだぞ、みどり子!」
そう口にすると同時に、僕は椅子から立ち上がる。
「サア!」と右足が言った。
「帰ロウ!」と左足が続ける。
そうだね、足の裏たち!
帰ろう!
しかし、すんなりと帰れるわけもない。
みどり子が緑髪をポリポリと掻きながら尋ねてくる。
「センパイ。最後までお読みいただきありがとうございます」
「ああ、うん」
「それで、ご感想は?」
みどり子の少し血走ったオレンジ色の両目――。
それが、キッと僕を
クリエイターとしてさらなる高みへ上るために、血となり肉となる『感想』をこちらに
みどり子の求めている正解を口にしないと、この小動物はたちまち飛び掛かってきて、スラム街の
まあ、本当に飛び掛かってきたら、力づくで払いのけるだけだ。
こちらが油断さえしていなければ、この子はとても貧弱だから紙飛行機を叩き落とすくらいの力でたぶん勝てるだろう。
僕は軽く「コホン」と咳払いをしてから言った。
「今回のブログは、ところどころ首を大きくかしげる展開が続いていて、読んでいるこちらとしては、びっくりシャイニー! だったかな」
「シャイニー……」
と、つぶやくみどり子。
彼女は、ほんの少しだけ間を置いてから顔を輝かせる。
「おお、センパイ! もしかしてブログに登場していた『サンシャイン・ユー・シャイン』の語尾に影響を受けてしまいましたか!?」
「そうそう。影響を受けたシャイニー!」
こちらが口にした薄っぺらくて短い感想はともかく、僕がブログの登場キャラクターに影響を受けたという事実は、みどり子をとても喜ばせているようだった。
いくつかあっただろう正解のひとつを、僕は無事に引き当てたみたいである。
「冬市郎、コノママ『シャイニー』ト言イ続ケテ、コノ場ヲ終ワラセヨウ」と右足が言った。
「賛成ダ。彼女ヲ喜バセツツ、帰ロウ」と左足が続ける。
足の裏たちの意見に反対する理由はなかった。
「シャイニー、シャイニー! よし、みどり子、僕はそろそろ帰るよシャイニー!」
「えっ? センパイ、もうお帰りになるんですか?」
「ああ、うん。このまま帰るよ、みどり子シャイニー! じゃあまたね。さよならシャイニー!」
「はい。さよならです、センパイシャイニー! またブログを書き溜めておきますので、次もよろしくお願いしますシャイニー!」
「わかったシャイニー」
片手を軽く上げ「シャイニー、シャイニー」と、なんとなくその場のノリに乗っかって、僕はさらりと部屋から出ていくことに成功した。
「サヨナラシャイニー」と右足が言った。
「サヨナラシャイニー」と左足が繰り返す。
こんなふうにみどり子と無駄な時間を過ごした僕は、女子中等部をようやく後にすることができたのだった。
* * *
「冬市郎くん。ピエロさんと待ち合わせしているのは、女子高等部の校門の前なんスよね?」
「ああ、うん。ピエロからは、もう到着しているって連絡がスマホにあったよ」
「そうスか。でも、あと少しで校門なんスけど、それらしきピエロさんは見当たらないッスよ?」
キーナが小首をかしげる。
黒髪のポニーテールが静かに揺れた。
放課後のことだ。
僕はキーナと二人で、女子高等部に向かっていた。
もちろん、カリスマバンド『ヴァンピール・モンスターサーカス』のインタビューをするためである。
中等部の進路指導室で行われた話し合いから数日後。
僕たちジャリ研はピエロから、正式にインタビューの依頼を受けていたのだった。
「おかしいなあ。校門にいるはずなんだけどなあ……」
「うん? 冬市郎くん、校門の脇に一人、中等部のセーラー服を着た女の子が立っているッスよ」
「あっ、本当だ。女の子が一人いるね」
「でも、あの子はピエロじゃないッスよね?」
キーナが見つけた校門脇の少女は、どう見てもピエロではなかった。
「ピエロ、イナイピエ」と右足が言った。
「待チ合ワセノ約束ヲシタノニ、イナイピエ」と左足が続ける。
やがて僕たちは校門のすぐそばにたどり着いた。
女子高等部の校門は、赤いレンガ造りの立派なものだ。
僕たちが通う愛名高校の校門や女子中等部の校門よりも、はるかに格調高い雰囲気を漂わせている。
金属製の
伝統ある女子校の門にふさわしい華やかな印象を放っていた。
とにかく、その辺の地味な男子学生なんかは、『この女子校の門扉に触れただけで、手が焼けただれるんじゃないか――』ってほどの気品あるオーラを放つ校門だった。
僕の手だって、きっと焼けただれるだろう。
うっかり触らないよう注意しなくてはいけない。
まあそれは冗談として、もしも学校関係者から、
「けがわらしい男子学生が近づいてこないよう、毎朝バラの花びらを浮かべた聖水で、門を清めているんですよ」
なんて言われたら、疑うことなく
そんな華やかなオーラを放つ校門の脇には、先ほどキーナが見つけた女の子が一人立っていた。
ピエロではない少女だ。
けれどなぜだか彼女は、ゆっくりと僕たちに近づいてくる。
金髪
もちろん白塗り顔ではない。
髪の長さは肩にかかるくらいのセミロング。
中背といったところで、細身のわりに胸はしっかりと大きい。
「冬市郎くん。もしかしてあの美少女は、冬市郎くんの知り合いスか?」
僕にだけ聞こえるような小声で、キーナがそう尋ねてくる。
どこか
「モシ、冬市郎ガ、彼女ト『知リ合イ』ダッタラ?」と右足が言った。
「キーナガ、更ニ不機嫌ニナルコトガ、予想サレル」と左足が答える。
しかし――。
「いや……僕は知らない……です」
キーナの質問に、僕は正直にそう答えた。
本当に知らない女の子なのだ。
キーナと二人でそんな会話をしている間に、金髪の美少女は僕のすぐ目の前までやって来ていた。
彼女は透き通るような青い瞳で、こちらを見つめてくる。
「んっ?」
と僕が首をかしげると、金髪の美少女は微笑んだ。
花の妖精だとか愛の天使だとか、なんだかそういった空想上の優しい存在が浮かべるような
どことなく甘い匂いが漂ってきてもおかしくなさそうな、そんな雰囲気の笑顔である。
仮に僕が『
とにかく、金髪のこんな美少女中学生など僕の知り合いには一人もいなかった。
『白い顔の女子中学生』とは最近知り合ったが、こんな子は知らないのだ。
「冬市郎くん。もしかして、ピエロさんの代理の人なんじゃないスか?」
戸惑いはじめていた僕に、キーナが小声でそう耳打ちした。
なるほど。
確かにそうかもしれない。
小さくうなずくと僕は、金髪の美少女に尋ねた。
「あのぉ……もしかして、ピエロさんの代理の方ですか? ピエロさんは何か急用でも?」
金髪の女子中学生は、首を小さく横に振りながら答える。
「ピエピエ。代理の人ではないピエよ」
――んっ?
ピエピエ?
聞き覚えのある話し方に、僕はくちびるの端を引きつらせた。
まさか……。
この金髪の美少女があのピエロ?
いやいや……。
もしかすると、中等部の生徒たちの間で『ピエピエ』言うのが流行っているという可能性だってある――。
「あの……女子中等部で『ピエピエ』言うのって、生徒たちの間で流行っていますか?」
「ピエ? 流行っていないピエよ。いきなり何を言っているピエ?」
「失礼しました――」
と僕は頭を下げると、続いて顔をゆっくり上げながら言った。
「えっと……じゃあ、もしかして……」
「ピエピエ。そういえばジャリ研さんは、俺様の素顔を見るのは、はじめてだったピエね」
間違いなさそうだ。
金髪のこの女子中学生が、あの『狂えるピエロ』である。
「今日はノーメイクで来たピエよ。俺様、『スクールカーテン』でベースを担当している『狂えるピエロ』だピエ」
天使のようなこの金髪の美少女が、あのピエロだなんて!?
なんということだ……。
キーナが口元に手を当てながら、眉間にシワを寄せている。
無理もない。
この現実を受け入れるためには、少々時間が必要だった。
キーナと同様に僕も口元に手を当てながら、眉間にシワを大集合させた。
「驚イタピエ……」と右足が言う。
「驚イタピエ……」と左足が繰り返す。
さて――。
どうしてこんな『天使のような美少女』が、わざわざあんな珍妙な白塗り顔で視聴覚室の黒いカーテンを身体に巻きつけているのか?
亡き飼い犬の鎖でつながれ、「ピエピエ」言いながら人生の貴重な青春時代を過ごしているのか?
彼女の人生は、どうしてそんなことになっているのか?
素顔のままバンド活動をしている方が、人気が出るんじゃないのか?
ノーメイク状態であるピエロの『この天使のような美少女っぷり』を目にしてしまうと、僕は次々と疑問を抱いてしまうのだった。
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