091 気力の補給はこれにて完了!

 僕は話題を変えてみる。


「そういえば今日、中等部でみどり子と会ってきたよ。ブログは相変わらず……だけど、あの子もなんだかんだでけっこう頑張っているみたいだ。みどり子が学園生活に前向きになれたのも、灰音がアイメイボックスを集めて守山さんに頼んだおかげなんだよな?」


 そう尋ねるが、灰音から返事はもらえない。

 構わずに僕は、扉に向かって話を続ける。


「それに僕もさあ、灰音がアイメイボックスのことを教えてくれたからこそ、守山さんと会えて、それで窃盗事件の疑いが晴れたんだ。あんなの普通じゃ絶対に解決されない事件だったよ。守山さんに頼まなければ解決はなかったと思う。灰音は本当に、色んな人たちの力になっていてすごいよ」


 一年前に愛名高校を騒がせた窃盗事件――。

 その真犯人は、当時高校三年生だった男子生徒だった。


 現在はすでに卒業しており大学生となっていた真犯人は、ある日、ふと罪の意識にさいなまれたらしい。

 彼は卒業した母校を訪れる。そして当時の担任に会いにいくと、そこで洗いざらい自白したとのことだ。

 それは、僕とキーナが守山赤月と会った日のすぐ翌日の出来事だった。


 しかし、僕とキーナが事件の解決を知ったのは、真犯人の自白から数日後のことだ。

 放課後の廊下を僕がジャリ研の部室へ向かって歩いていると、ある男子生徒から呼び止められる。

 それは一年時のクラスメイトであり、窃盗事件の被害者であった男子生徒だった。


「印場のこと、ずっと疑っていて悪かったよ。ごめんな」


 彼は僕に向かって深々と頭を下げる。

 それから男子生徒は何度も謝りながら、知っていることのすべてを僕に教えてくれた。


 真犯人は当時の三年生で、現在はすでに卒業していること。

 犯人は、被害者全員に謝って盗んだ金などを返したこと。

 問題が世間に知られることを嫌がった学校側が警察沙汰にはせずに、無理やりそれで事件を終わらせたこと。


 そんなわけで、僕とキーナの高校生活を大きく捻じ曲げてしまった事件は、犯人にとって大甘おおあまな結末を迎えたようだった。

 新聞やニュースで取り上げられもしない。

 いずれは関係者以外ほとんどの人間が忘れてしまうような事件として、決着を迎えたのである。


 僕は真犯人のことを教えてくれた男子生徒をすぐに許した。

 その男子生徒は当時、僕のことをしつこく疑い続けた生徒の一人ではあったけれど、もうそんなことは、すでにどうでもいいことになっていたのだ。


『事件が解決したことを早くキーナに伝えたいっ!』


 そう思った僕は、謝罪してきた男子生徒に、逆にお礼を言う。


「事件の真相を教えてくれてありがとう。すごくスッキリした」


 それから急いでその場から立ち去ると、僕はジャリ研の部室へと向かったのだ。

 やがて部室に着いた僕は、そこでくつろいでいたキーナにすべてを話す。

 事件が解決したことを知ったキーナの第一声はこうだ。


「も、も、も、守山さん、すごいッス!」


 それから僕とキーナは顔を見合わせて大爆笑した。

 僕たち二人は『女子校の地下に封印されし男』の姿を思い出す――備長炭びんちょうたんみたいな真っ黒な衣服を全身にまとい、眼帯で両目をふさいだあの赤髪の変人を。

「あの人の異能の力って、本当に本物だったんだっ!?」と、僕たち二人は、いつまでも笑いが止まらなかったのだった。


 そして、その日の夕方。

 僕とキーナは、掃除道具を持って、例の広場に設置されている『初代・守山赤月の胸像』をピッカピカに磨きあげたのである――。




 中二病喫茶の休憩室の扉を前にしながら、僕は銀髪の少女に向かって話を続けた。


「だから、事件解決のきっかけをくれた灰音に、僕は恩返しがしたいんだ。けどさ……力になれそうなことが、何も思いつかないんだよね……」


 僕はうつむいて、ポリポリと頭を掻いた。

 扉の向こう側にいる灰音は、相変わらず黙ったままで返事をくれない。


「灰音……さっきは手袋とチョーカーを返したいなんて言って本当に悪かった。これからも、灰音からもらった手袋とチョーカーは毎日身につけるよ。それで僕、時雨風月しぐれふうげつだったときの記憶が蘇るよう頑張ってみる……。まあ、どう頑張ればいいのか、まだわかんないんだけどさ……」


 しかし、扉の向こうから声はない。

 僕は、「はあ……」と深く長いため息をついた。


「その……灰音、ごめんな。僕、ロクな励まし方が思いつかなくて……」


 そう言い終えて僕が、がっくりと肩を落としたときだった。

 休憩室の扉が開く。

 そして、紅叢雲の衣装を身につけた銀髪の少女が部屋から飛び出してくる。


「ははは! 冬市郎よ、ずっと黙って聞いておったが、おぬしの話は本当に何の励ましにもならんのぉ! だが、時雨風月もそうだった! あやつも基本的にはアホだったからな!」


 灰音は銀髪おかっぱ頭を踊らせながら、僕の身体を正面から力一杯抱きしめた。


「おぬしに上手に励まされることなど、わらわは最初から期待しておらぬっ! だから、こうして抱きしめさせろっ!」

「なっ!?」


 抱きしめられると、灰音の大きくて凶悪に柔らかい胸の感触が伝わってくる。

 それと同時に僕の脳内では、先ほど目にした下着姿の灰音が思い出された。

 僕の顔はまたたく間に熱を帯び、全身が硬直する。


 灰音の方は両目をそっと閉じた。

 そして、動けなくなった僕をしばらく抱きしめ続ける。


 あたたかい彼女の吐息が、僕の首筋を優しく撫でた。ほんの少しだけ湿らせたやわらかい筆で、首筋にイタズラでもされているかのようなそんな感触に、僕の脳はぐらんぐらんに揺らされて、心は痺れ続ける。


 思わず僕は考えてしまう。

 この蜜のような甘く優しい吐息を、首筋だけでなくもっと色んな部分で受け止めてみたいと――。

 少女が顔を少し動かすたびに銀髪から漂ってくる柑橘系の甘い香りも、僕を激しく困惑させた。


 そんな時間がいくらか続いた。

 時々、灰音は思い出したかのように、僕の背中にまわした両腕に力を、きゅっと加える。

 そのたびに、少女の大きな胸がさらに押し付けられる形となるので、僕は理性と肉体のコントロールに苦しんだ。

 やがて――。


「ふむ。気力の補給はこれにて完了! そして復活だ!」


 そう口にすると灰音は、僕の身体を解放した。

 少女の顔は、先ほどまで泣いていたことが嘘であったかのように晴れやかである。


「うむ。待っておれ、冬市郎。わらわと姉様、そして先輩方の力で、この店を日本一、いや世界一の中二病喫茶にしてやるからのぉ! クククッ……はははっ!」


 気持ちを切り替えることに灰音はすっかり成功した様子だった。

 銀髪の少女は、不敵な笑みを浮かべながら休憩室を後にしたのである。

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