086 ラジオ番組と未確認生物の融合

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 僕は、愛名女子中等部にある『文化祭特別対策室』にいた。

 沈黙したまま椅子に座り、ノートパソコンの画面に表示されたブログを、口を真一文字まいちもんじにしながら眺めている。

 おそらく今、僕は自動販売機にあるお札投入口の生まれ変わりのような顔をしているのではないだろうか。


 そんな僕の隣では、小柄な少女が不安そうな表情を浮かべて座っていた。

 文化祭実行委員長の大曽根みどり子である。


「……ど、どうですか、冬市郎センパイ?」


 クセのある縮れた緑色の髪をゴシゴシと掻きながら、少女がそう尋ねてきた。

 寝不足なのか、みどり子の両目は相変わらず充血している。オレンジ色の瞳が、落ち着きなく左右に揺れていた。

 唇はほのかに紫色を帯びており、やや体調が悪そうだ。

 けれど、その程度の体調不良なら、どうやら大曽根みどり子にとっては平常運転のようでもある。


 僕の足の裏たちが声を出す。


「ブログ……迷走シテイルナ」と右足が言った。

「クソブログ農場主ファーマー」と左足が続ける。


 僕は足の裏たちの声に、心の中で激しく同意した。

 そして緑髪の少女を刺激しないように出来るだけ優しく柔らかな声で、ブログの感想を口にする。


「みどり子……。今回のブログはさあ……僕にはちょっと何がしたかったのか、わかり辛い……かな?」


 みどり子が、椅子からガバッと立ち上がった。

 前回会ったときと同様、彼女は深緑色ふかみどりいろのスクール水着に黒革のマントという珍妙な格好である。

 そんな首をかしげたくなるような姿の少女が、首をかしげながらこう言った。


「えっ!? 何がしたかったのか、わかり辛い……ですか?」

「お、おお……」


 僕は椅子に座ったまま、立ち上がったみどり子の顔を見上げた。

 けれど、少女の身長が低いので、あまり見上げているといった感覚にもならない。


「センパイ! 今回、ボクが表現したかったのは、ラジオ番組と未確認生物の融合ですよ!」

「ラジオ番組と未確認生物の……融合?」


 彼女の言葉をそうやって繰り返すと、僕は顔を引きつらせた。

 うまく飲み込めない食べ物が、喉に引っかかっているときと同じような気分だった。みどり子の言っていることがうまく理解できない。


「はい、そうです! 最後に出てきた、紛失したハガキを食べている何者かが未確認生物だってことを言いたかったんですけど……。ちょっと伝わり辛いですか?」


 僕は「む、むぅ……」と声を漏らした。

 それから咳払いをひとつするとこう尋ねる。


「みどり子よ、ひとつ質問なのだが、ブログの途中にある『(中略)』なんだけどさあ……この書かれていない空白の四時間半で、スタジオにいったい何が起こったんだ?」

「えっ?」

「ほら。CM明けに突然、代理アシスタントであるキャサリン桜島の父親が、出演者として増えているだろ?」


 みどり子は「んっ?」と声を出しながら、ブログに目を走らせる。


「ああ、センパイが言っているのはこの部分か。トイプードルさんのことですね」

「そう、トイプードルさん」


 トイプードルさんってなんだよ――と思いながらも僕は小さくうなずいた。


「ここはですね、代理アシスタントの父親が、きゅうりにハチミツを垂らしながらサプライズゲストとして登場する――ってくだりを、本当は書いていたんですよねぇ」

「はぁ……」


 彼女の説明を聞いて、僕の眉間にはシワたちが大集合する。

 みどり子は、こちらのそんな反応には構わず話を続けた。


「ですが、ブログがあまりにも長くなってしまったので、泣く泣く中略とさせていただきました」

「そ、そうなんだ」

「ええ。そんなわけで、CM明けに突然出てくるこの父親は、その修正前の名残なごりなんです」


 少し会話のをとることで落ち着こうと思い、僕は後頭部をポリポリ掻いて時間を稼いだ。

 それから言い辛いことを口にする。


「そ……そういうときはさ、CM明けの父親もカットしちゃおうぜ……。存在が意味不明になるからさあ」

「ああ……。まあ……そうですね」


 みどり子は納得したのか、緑色の髪を揺らしながらこくりとうなずくと、再び椅子に座った。

 そして僕に尋ねてくる。


「では、父親の部分をカットしたら、ボクのこのブログは、もう少しセンパイに気に入っていただけますか?」

「うーん。まあ、今よりはほんの少しな……」


 僕はそう答えると、椅子から立ち上がった。

 そして、首に巻かれたチョーカーを少し指でいじると、出来るだけ申し訳なさそうな表情を浮かべながらみどり子に言う。


「みどり子……。とにかく今日は、ここまでにしておこうか」


 緑髪の少女は、充血した両目を潤ませる。


「うぅ……センパイ……。もう少しぐらい、ボクと遊んでくれてもいいじゃないですか!」

「いやいや、そういうわけにはいかないよ。みどり子だって文化祭実行委員の仕事があるだろ?」

「むぅ……」

「息抜き程度には付き合うけど、サボりのお付き合いは出来ないかな。楽しい文化祭を成功させたいんだろ?」

「……そりゃまあ。文化祭は絶対に成功させたいですけど……」


 僕はそれから、口にするかどうか迷っていたことを、みどり子に伝えた。


「あと、みどり子さあ……。ブログはしばらくお休みして、眠れるときは素直に寝た方がいいよ」

「へっ……?」

「夜更かししてブログを書いてるせいで、いっつも目が充血しているじゃないか」


 みどり子はブンブンと首を横に振った。


「ブログをお休みするなんて、そんなのとんでもないっ! 駄目ですよ! 絶対に駄目!」

「どうして?」

「ボクはセンパイとブログを読むこの瞬間が、最近の生き甲斐がいなんですからっ!」

「そうなの?」

「はい。だからこの先も、ブログは生産し続けないと!」


 僕は両目を閉じてため息をついた。


「じゃあ、冷たいようだけど次に会ったとき、みどり子の目がまた充血していたら、僕はもう一緒にブログを読んであげない」

「なっ!?」

「みどり子さあ、しっかり眠れよな。それでほら、成長ホルモンだっけ? なんかそんなやつを睡眠時にちゃんと分泌させないと」


 そう言いながら僕は、小柄な少女の身体をさっと眺めた。

 みどり子の方は、顔を真っ赤にしながら自身の小振りな胸を両手で押さえる。


「ボク、ちゃんと寝ます。ここ、頑張って大きく成長させます。だからセンパイ、見捨てないで!」

「いや、胸じゃねえよ! 僕は身長や体調なんかを心配して言ったんだ! また来るから、とにかく今度はちゃんと寝ておくんだぞ!」


 僕はそう言い残して、女子中等部を後にした。

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