084 契約の成立
赤月が小さくうなずいた。
「うむ。小僧の頼みを聞いて、その結果として窃盗事件の真犯人が捕まるのは、守山赤月としても何の問題もない。それは、アイメイボックスのルールに
赤い髪の男はそれから、少しばかり声を低くして僕に尋ねてくる。
「――さて、それでは最終確認だ。小僧よ、本当にその『真犯人が捕まりませんように』という願いが叶わなくなってもいいんだな?」
「はっ……はい」
「オレ様の力を使えば、お前のその願いは絶対に叶わなくなる――つまり、窃盗事件の真犯人が捕まるんだ」
「はい……」
「そうしたら、小僧とお嬢ちゃんの高校生活にも大きな変化が起こるかもしれないぞ? その後の責任までは、オレ様はとれないからな。それでもいいんだな?」
いつの間にか僕の両膝が、ガクガクと震えていた。
ピンと伸ばした背中には緊張からか、汗がいくつも走る。
「はい。……真犯人が捕まるのは正直、とても怖いです。それでも、お願いします」
「本当にいいんだな?」
「はい。さっきからこの地下室でずっと……必死に頭を使って導き出した結論ですから」
窃盗事件が起こらなければ――。
キーナが僕のことを『唯一無二の親友』と思ってくれる機会は、まず訪れなかっただろう。
もしかすると僕たち二人は、友人関係にすらならなかったかもしれない。高校三年間まともに口もきかないまま、過ごしていた可能性だって充分にあったのだ。
そんな僕と彼女とを結びつけた窃盗事件。
その真犯人が見つかると、僕たち二人の身の潔白は証明されることだろう。
『学校中がみんな敵』
そのような酷い現状は、おそらく改善される。
同時に、ずっと続くと思われていた『僕とキーナ』VS『愛名高校』という戦いも終わりを迎えるのだ。
戦う相手がいなくなると――『敵だらけの高校生活を二人きりで生き抜こう』という、僕たち二人の同盟は、その存在意義を失う。
敵がいなくなり、必ずしも『唯一の友人同士』である必要がなくなった未来がやってくる。
その結果――。
『現在の心地の良い二人きりの関係に、どのような変化が起きるのか?』
僕の不安はそこにあった。
この先、キーナから『唯一無二の親友』として、頼られなくなるかもしれない未来――その恐怖。
守山赤月は「フッ……」と鼻を鳴らすと、小さくうなずく。
「わかった。『真犯人が捕まりませんように』という小僧の願いが叶わないようにしよう。もう、後戻りは出来ないからな?」
「……お願いします」
僕がそう口にした次の瞬間――。
赤月は、小声で何か呪文のようなものを唱えはじめる。そして最後に、胸の前で両の手のひらを大きく打ち鳴らした。
地下室に、パンッと乾いた音が響く。
その刹那――。
僕は、部屋の空気の流れがピタリと止まったのを肌で感じた。
まるでこの地下室の中だけ時が止まってしまったかのような、そんな不思議な感覚に襲われていたのだ
おそらくキーナも、僕と同様になんらかの異変を感じている様子だった。
赤月が再び口を開く。
「――小僧。この四代目・守山赤月が、お前の依頼を確かに引き受けた。今、オレ様とアイメイボックス、そして小僧の、三者による契約を成立させたのだ」
「三者による契約……ですか」
「そうだ。まだ契約を成立させただけで、真犯人は捕まってはいないぞ」
「わかりました」
僕が小さくうなずくと、赤月は説明を続ける。
「そして、契約成立と同時に、お前たちが集めた十二個のアイメイボックスは、オレ様の式神たちの手によって再び学園内のどこかへと散り散りに隠された。オレ様とまた会う必要が出来たなら、小箱をすべて探し出してくるんだな、クククッ」
地下室に小さな笑い声が響く。
先ほどまでピタリと止まっていた部屋の空気が再び流れはじめていることに、僕は気がついた。
「さて。小僧の願いが叶わなくなるまで、こちらにも色々と準備がある。指を鳴らせばたちまち魔法で解決といった
赤い髪の男はそう言いながら、話の合い間にパチンと指を鳴らす。
「オレ様の異能の力も、色々と面倒な手順や仕込みがあるんだよ。まあ、そんなことは小僧やお嬢ちゃんの知ったこっちゃないだろうが」
「わかりました。少し時間がかかるんですね」
僕の言葉に赤月は小さくうなずく。
「ああ。とにかく、真犯人がすぐに
そう言われて僕は、キーナに視線を向ける。
キーナは、にこやかに両目を細め、ゆっくりとうなずいた。
赤月はアゴの下をさすりながら言う。
「さあ。用が済んだのなら、もうこんなところにいたって仕方がないだろ? オレ様は、約束はちゃんと守る。だから、小僧たちはさっさと地上に帰るんだ。しばらくして、もし約束が果たされなかったと感じたら、そのときは地上にある初代・守山赤月の胸像をハンマーか何かで気が済むまで叩き壊してくれていいからな、クククッ。まあ、オレ様は痛くもかゆくもないが」
「そうですか。じゃあ逆に、約束がちゃんと果たされたと感じたときは、あの胸像をピッカピカに磨いておきますね」
僕のその言葉に赤月は、「ふふっ……」と頬をゆるめる。予想もしていなかった返答に思わず笑ってしまったといった感じだ。
赤髪の男はそれから、鼻の頭を指でポリポリ掻きながら言った。
「それと、小僧」
「はい」
「四代目・守山赤月として、ひとつ感想を言わせてもらえば――お前の依頼、悪くない判断だったと思うぞ。高校生活は、まだ半分以上残っているんだからな。とにかくこの先、何があってもお嬢ちゃんを大切にしろよ。……まあ、そんなところだ」
「はい。ありがとうございます」
最後に僕は、赤月に向かって深々と頭を下げる。
隣ではキーナも、同じように頭を下げていた。
だが、赤い髪の男は両目を眼帯でふさいでいるため、僕たち二人のそんな姿を目にすることはない。
やがて、地下通路へとつながる扉が開かれた。
僕とキーナは、紺色の髪の美少年の案内で再び地下通路を歩き、地上へ戻ったのである。
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