077 恋人という邪魔者

 キーナは黒髪のポニーテールを揺らしながら、こくりこくりとうなずく。


「いやー、最近の冬市郎くんは、どこか少し変なんスよ」


 僕は「えっ……?」と首をかしげた。

 キーナが僕に向かって言う。


「一年前、教室で起きたあの窃盗事件の後――。自分と冬市郎くんは、『この高校生活を、二人だけで生き抜いてやる』と、そんな熱い約束を交わしたッスよね?」

「あ、ああ……うん」

「それなのに、冬市郎くんは最近、その約束を忘れてしまったかのように、瀬戸灰音とイチャイチャしたり、彼女からもらった手袋や首輪を大切に身につけていたり――」


 黒髪の少女は僕の正面に立つと、薄っすらと微笑みを浮かべた。

 そして栗色の両目で僕の顔を、じーっとのぞき込むと、さらに話を続ける。


「ふふっ。それと冬市郎くんは、中等部の密室で水着みたいな格好の文化祭実行委員長さんと、何やらコソコソやっていたようですし……」

「うっ……」


 と声を漏らし、僕は一歩後ずさりする。

 逆にキーナは、僕に向かって二歩踏み込み、こちらとの距離を縮めてきた。


「自分、アイメイボックス探しの途中で、冬市郎くんと委員長さんがいた部屋を、こっそりのぞいたんスよ」

「なっ……。み、見ていたのか……」

「はいッス。そしたら……あんな小学生のような中学生の女の子に、スクール水着みたいな格好をさせて、なんだかイチャイチャと……」

「で、でもキーナ、あの水着みたいな格好は、みどり子が勝手に……」


 そう言って僕が顔をひきつらせると、キーナは両目を細める。


「ふーん、そうなんスか。けど、たとえそうだとしても、冬市郎くんがあの子の水着姿を眺めながら、鼻の下を伸ばしてニヤニヤしていたことに変わりはないッスよ」

「うっ……。に、ニヤニヤなんて……していないよ……」

「まあ、冬市郎くんのことだから、絶対に変な間違いは起こさないだろうと信じて、途中で自分はアイメイボックス探しに戻ったッス。早く箱を全部集めて冬市郎くんに喜んでもらいたい一心で――」


 そう言うとキーナは一度、深いため息をついた。

 あまりの雰囲気に、僕は黙ったまま声を発することができない。

 キーナが首を小さく横に振る。


「あの後、自分は先に部室に戻ったッスけど、遅れて戻ってきた冬市郎くんは、あの密室で委員長さんとの間にあったことを、正直には話してくれなかったッスよね?」

「ううっ……」

「委員長さんが、スクール水着みたいな格好をしていた――なんてことは、自分にはひと言も話してくれなかったッスよ。冬市郎くんは、委員長さんとはブログを読んだだけって……。そういうふうに隠し事をされて、自分はなんだか少しショックだったッスね……」


 キーナは顏を曇らせると、続いて僕にこう尋ねてくる。


「ねえ、冬市郎くん……。女子校の密室で、水着姿の委員長さんと何か変なこととかしていないッスよね?」

「し、してない! してないよ、キーナ」

「本当ッスか?」

「あ、ああ。みどり子の水着に関して、内緒にしていたのは悪かった。でも、あの子とは本当にブログを読んでいただけなんだ」


 キーナは「ぐすん」と声を漏らすと、鼻をすする。

 それから、涙目になった両目を拭ってこう言った。


「……自分は冬市郎くんのことを、本当に信じていてもいいんスよね?」


 静かに揺れていたポニーテールが、ピタリと止まる。


「自分、このところ、ずっと考えていたッス……。瀬戸灰音や委員長さんとのやりとりを見ていたら、『あれ? ひょっとして冬市郎くん、恋人とか欲しいのかなぁ……』って」


 キーナが両腕を伸ばしてくる。

 そして僕の両肩に、ずしりと両手を置くと、こちらの顔をぐぐぐっとのぞき込みながら言った。


「ねえ、冬市郎くん。やっぱり恋人とかほしいんスか?」

「うっ……」

「この栄町樹衣菜との深く厚い友情よりも、瀬戸灰音や委員長さんとの恋愛を優先する――なんてことをこの先、言い出したりしないッスよね?」


 キーナは、ほんの少しだけ首を傾けながらそう口にすると、涙目で僕のことを見つめ続けた。


「き、キーナ……」

「そのぉ……自分、ずっと思っていたッスよ。冬市郎くんがこんなにも優しくてカッコいいのに、まったく恋人をつくらないのは、『この高校生活を二人で生き抜いてやる』って約束を、最優先にしてくれているからだと――」

「えっ……」

「親友二人きりで、毎日楽しく過ごしているこの高校生活に、恋人という邪魔者を立ち入らせないために、冬市郎くんは恋人をつくらないんスよね?」

「い、いや……。それは単純に僕がモテないだけだから……」


 僕は真実を語る。

 しかし、キーナは首を横に振った。


「いやいや、モテないなんて……親友であるこの栄町樹衣菜の前で、またそんな嘘をつくッスか……」


 キーナは「はあ……」とため息をつくと、僕から視線を外す。

 そして、守山赤月に向かってこう言った。


「そんなわけで、守山さん。自分の唯一の友人である冬市郎くんの様子が、最近本当におかしいんスよ……。女の子と妙に仲良くしはじめたんスよね」


 そう言われても守山赤月は、特に何もしゃべらず無言のままだ。

 キーナはかまわずに話を続ける。


「まあ、もし冬市郎くんが、どうしても恋人をつくりたいってことなら、自分にはそれを止める権利なんてないッスよ……。そして、恋人が出来た途端、友達付き合いが悪くなるってのは、世間ではきっとよくある話だと思うんスよね。たとえ、自分と冬市郎くんのような唯一無二の親友同士の関係でも、恋人が出来たことで、ちょっと距離が出来ちゃったり、疎遠になったりするッスよ……」


 キーナは、しょんぼりとした表情を浮かべる。

 赤月は赤い頭をポリポリと掻きながら言った。


「それでお嬢ちゃん。オレ様は結局、この冬市郎とかいう小僧の、どんな願いを叶わなくすればいいんだ? んっ?」


 僕は赤月のその言葉を耳にして、ごくりと唾を飲み込んだ。それから、恐るおそるキーナに視線を向ける。

 キーナは、黒髪のポニーテールを震わせながら小さくうなずくと、赤月に向かってこう言った。


「――はい。今から自分が口にすることは、一生に一度のワガママっす。自分が死んだ後、地獄に落とされたってかまわない……それぐらいの覚悟でひとつだけ酷いワガママを言うッス……」

「ほう……」


 と赤月が声を漏らす。

 少女は赤い髪の男に尋ねる。


「守山赤月さん、『高校に在学している間、冬市郎くんの≪恋人が欲しい≫という願いが叶わないようにしてほしい』と、もし頼んだら、冬市郎くんは高校を卒業するまで絶対に恋人が出来ないんスよね?」


 赤髪の男は、ゆっくりとうなずいた。


「ああ、もちろんだ。そこにいる小僧が高校在学中に、『恋人がほしい』と、どれだけ強く願ったとしても、その願いが叶うことは絶対にない。そいつは恋人が出来ないまま、高校を卒業することになるだろう。オレ様には、それを可能にする力があるんだからな」


 守山赤月はそう言うと、不敵に笑った。

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