076 『紺色の髪の美少年』と『赤い髪の男』

「冬市郎くん。『女子校の地下に封印されし男』って、あの男の子のことッスかね?」

「ど、どうだろうね……。なんにせよ、こんなところにあんな男の子が一人でいるなんて、おかしくないか?」


 やがて美少年が、僕たちの前にたどりつく。

 目の前で見ると、可愛らしい顔つきのわりには、その眼光が妙に鋭いことに僕は気がついた。

 山吹色の瞳が、じっくりと僕たちを見つめてくる。まるで、この地下通路の侵入者たちを品定めでもしているかのようなその視線。

 そんな紺色の髪の美少年が口を開く。


「アイメイボックスを十二個すべて集めたのですね?」


 まだ声変りを迎えていないだろう子供の声。それが、灰色の地下通路に可愛らしく響いた。

 少年からの質問に僕が小さくうなずくと、キーナが尋ねる。


「えっと。キミが『女子校の地下に封印されし男』なんスか?」


 紺色の髪の美少年は、「いいえ」と首を横に振ると言った。


「それは、拙者せっしゃのことではありません」

「……拙者?」


 と言うとキーナは、少年の『拙者』という自称がよっぽど引っかかるのか、不思議そうな表情でまばたきを繰り返す。

 僕がそんな彼女の隣で苦笑いを浮かべると、紺色の髪の美少年は話を続けた。


「拙者は、アイメイボックスをすべて集められたあなた方を、お迎えにあがったのです。この地下通路の先で、赤月様がお待ちですから」

「赤月様?」


 そう声に出して僕が首をかしげると、キーナが言う。


「冬市郎くん。さっき、広場の胸像のプレートに刻んであった名前じゃないスか」

「ああ。えっと……『初代 赤い月の戦士 守山赤月』さんだっけ? その赤月さんがこの先で待っているの?」


 僕がそう尋ねると、小柄な美少年は首を横に振った。


「いえ。現在の赤月様は、初代の赤月様ではなく、四代目の守山赤月様――。ですので、この先で待っておられるのは、四代目の赤月様です」


 少年はそれから、「拙者について来てください」と口にすると、その場でくるりとターンして僕たちに背中を見せた。

 詰め襟の黒い学生服を着た彼は、少し長めの紺色こんいろの髪を揺らしながら、自分が来た道を戻りはじめる。

 僕とキーナは、先導する少年の背中を眺めながら、灰色の地下通路を奥へ奥へと進んでいった。


 やがて、それまでずっと一本道だった地下通路に変化が起こる。二方向や三方向に枝分かれした道が現れはじめたのだ。

 小柄な美少年は、そんな複数の道の中から進むべき道を迷わず選び出し、足を止めることなく通路を進んでいく。

 キーナが隣を歩く僕に言った。


「冬市郎くん。さっきまで一本道だったのに、急に道が複雑になったッスよ」

「ああ。これはさすがに、案内してもらわなかったら戸惑とまどっていただろうな」


 そんな会話を耳にしてか、美少年は背後にいる僕たちに向かってこう言う。


「実は、この辺はすでに、愛名女子高等部の地下なんですよ」

「へえ、そうなんスか」


 と、キーナがうなずく。


「はい。道が枝分かれしているのは、愛名女子高等部の色んな場所と、この地下通路がつながっているからなんです」


 僕は頭の中で、


『この地下通路は、女子校の色んな場所とつながっているっ!』


 と唱えると、ごくりと唾を飲み込んだ。

 女子高生好きの性犯罪者なんかが、もしこの地下通路の存在を知ったら、こりゃあ大変なことになるぞ、なんてことを思いながらである。

 紺色の髪の美少年が話を続けた。


「赤月様が封印されておられる部屋には、もうすぐ到着しますので――」


 しばらくして、美少年が立ち止まったのは、金属製の黒い扉の前だった。


「黒い……。真っ黒な扉ッスね、冬市郎くん」

「ああ……」


 キーナの言葉に僕は小さくうなずいた。

 そんな僕たちの前で、美少年が黒い扉を開ける。


 金属製の重そうな扉がゆっくり開くと、その先で待っていたのは、


『両目に黒い眼帯をした男』


 だった。


 眼帯を左右の目にひとつずつ装着したその男は、黒い革製の三人掛けソファに、ゆったりと一人で座っている。

 服装は、黒一色のスウェットパーカーとブラックジーンズ。足には黒いスニーカーを履いていた。

 キーナはそんな男を眺めながら、僕にだけ聞こえるような小声でこうつぶやく。


「おお。上から下まで見事に真っ黒なお洋服。なんだか備長炭びんちょうたんみたいなファッションっすね」


 キーナの言う通り、両目に眼帯をしている男の全身は、真っ黒な衣服で包まれていた。

 ただ、彼の髪の色は黒ではなく、燃えるような赤色だ。

 その赤い髪を目にして僕は、


『まるで、備長炭の片方の先端に火が付いたような見た目の人だ』


 と思うのだった。


「前が見えんなあ。両目に眼帯をしていては前が見えん」


 赤い髪の男は、そんな第一声を発しながらソファーから立ち上がる。

 年齢は20代~30代前半といったところだろうか。

 黒い衣服に包まれたその肉体は、スラリと細く、身長は180センチ以上はありそうである。


 男がいる地下室は、僕が通う高校の教室ほどの広さだった。

 地下通路と同じように、灰色の壁と灰色の天井で囲まれた灰色の空間である。

 黒革の三人掛けソファーが二脚と、木目調の茶色いローテーブルがひとつ。それ以外は、何もない殺風景な部屋だ。


 僕たちをここまで案内してきた紺色の髪の美少年が、赤い髪の男に向かって言う。


「赤月様。アイメイボックスをすべて集めた方々を連れてきましたよ」

「ああ。ご苦労」


 赤い髪の男は、両目を眼帯でふさいだままうなずく。

 どうやら、眼帯を外して僕たち訪問者の姿を確認する気はないようだ。

 それから紺色の髪の美少年は、今度は僕とキーナに向かって言った。


「こちらにおられる方が、四代目の守山赤月様です」

「はじめましてッス」


 キーナが軽く頭を下げたので、僕も「はじめまして」と口にして頭を下げた。

 だが、相手の男は相変わらず両目に眼帯をしている。頭を下げた僕たちの姿を目にすることもない。

 守山赤月は、赤い髪をかき上げながらこう言った。


「――それで、わざわざアイメイボックスを十二個すべて集めたってことは、お前たちは誰かの願いが叶わないようにしたいんだろ? 誰かの願いの邪魔がしたいんだよな。だから箱を集めて、オレ様に会いに来たんだろ? そうだよな?」


 僕とキーナは、黙ったまま顔を見合わせる。

『なんだか面倒臭そうな人だね……』という気持ちを、僕は声に出さず表情でキーナに伝えたつもりだが、キーナの方もやはり僕と似たような表情を浮かべていた。


 一方で守山赤月は、返事をしない僕たちにはかまわず話を続ける。


「まあいいさ。さあ、早く言え。オレ様は今回、誰の願いが叶わないよう力を使えばいいんだ? んっ?」


 どこかイライラしているような態度と声で、赤い髪の男がそう言う。

 けれど両目に眼帯をしているためか、その姿はなんだか滑稽こっけいで、僕たちにあまり恐怖は与えない。

 そして僕が、男の質問に答えようと「えっと……」と声を漏らし、話をはじめようとしたところで――。

 突然、キーナが僕の行動をさえぎり、軽く咳払いをしてからこう言った。


「こほん……。それでは、守山赤月さん。ここにいる印場冬市郎くんの願いが叶わないようにしてほしいッス」


 その発言に僕は驚き、「んっ……んんっ!?」と両目を大きく見開いたのだ。

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