075 女子校の地下へと続く道

 僕は顔をゆがませながら言った。


「いや……『赤い月の戦士』ってなに!? ……なんだかイタい人を胸像にしちゃったの? このおっさん、昔の中二病の人か何か?」

「ねえ、冬市郎くん。初代ってことは、二代目や三代目の『赤い月の戦士』もいるんスかね?」

「ど、どうなんだろう? 灰音からは、何も聞いていないな……」

「そうスか」

「ああ。ただ、彼女が言っていた通り、胸像の台座部分に――ほら、不自然な四角い穴が十二ヵ所あるだろ? ここにアイメイボックスを差し込んでいくんだよ」


 そう口にしながら僕は、台座の上部を指差した。

 時計の文字盤の如く、ぐるりと十二ヵ所にあいた穴――きっと上空からまっすぐに見下ろせば、等間隔に配置された台座の穴が、胸像を丸く取り囲んでいるのがはっきりとわかるだろう。

 そんな穴なのだが、台座の側面ではなく上部にあるためか、砂やホコリ、木の葉などが薄っすらと堆積たいせきしている。


「確かに穴があるッスね。なんだかゴミがいっぱい詰まっているッスけど――」


 そう言うとキーナは、穴のひとつを上からのぞき込む。そして、薄桃色のくちびるをとがらせ、息を「ふー」と吹きかけた。

 穴にたまっていた砂ぼこりや木の葉が舞う。


「うわっ! 汚いッス!」


 ホコリに襲われたのだろう。彼女の栗色の両目が、まばたきを繰り返す。


「あははっ。キーナ、なんで息を吹きかけたりしたんだよ」

「いや、汚れていたので、つい息を吹きかけたくなったんスよね」


 キーナは、ハンカチを取り出して、顔を軽く拭いた。

 僕の方はその間に、カバンからアイメイボックスを取り出す。

 そして最初のひとつを穴にはめ込むと、そこから時計回りに動いていき、すべての穴に小箱を差し込んでいった。


 その作業途中でキーナが僕に尋ねてくる。


「ところで冬市郎くん。箱を差し込んでいく順番に、何かルールとかはあるんスか?」

「そういうのは、特にないそうだよ」


 台座の穴に小箱を差し込み続けながら、僕はそう答えた。

 キーナは首を小さくかたむけ、ポニーテールを揺らす。


「じゃあ、冬市郎くん。どの穴にどの箱を入れるとか、そういうのはあるんスか?」

「それもないみたいだな」

「ないんスか?」

「ああ。十二ヵ所に空いたこの四角い穴を、十二個のアイメイボックスで、とにかくすべて埋めればいいんだ」

「ほうほう」

「そうすれば、『女子校の地下に封印されし男』がいる場所への道が、出現するらしい」


 僕がそう言うと、キーナは台座の下部に目を向けた。


「それってやっぱり、地下に続く階段とかが出現するんスかね?」

「まあ、これから僕たちは女子校の地下に向かうわけだから、たぶんそうだろうな」

「地下に続く階段スか。たとえばゲームなんかだと、胸像が台座ごと、ゴゴゴゴゴっとスライドして、ダンジョンへの階段が出現したりするッスけど……」

「ははは。そうやって、胸像の下から階段が出てきたら、おもしろいよな」


 やがて僕は、最後の小箱を穴に差し込んだ。十二個のアイメイボックスが、すべて台座に差し込まれたわけである。

 すると――。


 カチャリ……。


 という金属音が、僕たちの背後から聞こえてきた。


「ねえ、冬市郎くん。なにか後ろの方から、音がしたッスよ」

「ああ。トイレの方からだな」


 僕とキーナは、背後にあった公衆トイレに視線を向けた。

 建物の右側の入り口が男子トイレであり、左側の入り口が女子トイレである。

 そして、男子トイレと女子トイレの間――建物正面の真ん中には、銀色の扉があった。

 各トイレの入り口には扉はない。僕たちがいる位置から見える扉は、その銀色の扉ひとつのみだ。

 そんな建物中央にある扉を指差しながらキーナが言う。


「冬市郎くん。自分は、真ん中にあるあの銀色の扉から聞こえてきたような気がするッス。さっきの音は、あの扉の鍵が開いた音なんじゃないスか?」

「僕もそう思う。とりあえず、あの扉を開けてみるか」


 僕はキーナを連れて、公衆トイレの前に移動すると、扉の取っ手に手をかけた。

 鍵はかかっていない。金属製の頑丈そうな扉が、ゆっくりと静かに開く。

 やがて……。

 僕たちの前に、地下へと続く階段が現れたのだった。

 首のチョーカーをいじりながら僕は言う。


「……この階段で、間違いなさそうだな」

「これが、女子校の地下に続く地下道への入り口なんスかね。思っていたよりも、なんか普通ッス。個人的には、胸像の下から階段が現れるのを見てみたかったんスけど……」


 ややがっかりした様子のキーナを連れて、僕は前に進む。

 そして、僕たち二人が完全に扉の内側に入ると、開いていた扉が背後でゆっくりと閉まった。

 すると――。


 カチャリ……。


 今度は扉に鍵がかかったようだ。

 キーナが振り返って取っ手を握るのだが、銀色の扉はもう開かない。


「んっ? 冬市郎くん、扉に鍵がかかったみたいッスよ」

「えっ……。もしかして、一度中に入ったら出られない仕掛けなのか!?」

「そうみたいッスね」


 取っ手をガチャガチャ鳴らしながら、キーナがそう答える。

 僕は、「ふー」とため息をつくと、後頭部をポリポリと掻いた。


「キーナ……と、とにかくこうなったら、この階段を下りて、先に進むしかないようだな……。まあ、灰音はここから無事に戻って来たわけだし、きっと大丈夫だろ」

「そうッスね」

「それにしてもキーナはこんな状況なのに、わりと落ち着いているように見えるなあ。僕の方は、けっこう心臓がバクバクしているんだけど」

「ふふっ。自分はわりと平気ッスね」

「そうなんだ」

「はい。冬市郎くんといっしょなら、自分はどこに行こうと大丈夫ッスから」


 そう口にしてキーナは、こちらに向かってニコリと微笑む。

 そんな彼女のおかげか、僕は不思議と落ち着きはじめるのだった。


 僕とキーナは二人で、地下へと続く階段を下りていく。続いて僕たちの目に飛び込んできたのは、長い地下通路だった。


 灰色のコンクリートの壁で囲まれた装飾性皆無なその通路。普通乗用車が一台くらいなら余裕を持って通れそうな幅がある。

 天井には照明が設置されているので暗くはない。

 しかし、明かりがあったとしても、先がすっかり全部見通せるほど短い通路でもなかった。


「いやー、冬市郎くん。これはこれは長そうな地下通路ッスね。先がどうなっているのか、まったく見えないッスよ」

「まあ、ここから愛名女子高等部の下まで続いているらしいからな。けっこう歩くだろうよ」

「しばらく、ダンジョン探索ッスね」


 僕とキーナは横並びになって歩き出す。

 静かな地下通路に、二人分の靴音だけが響き続ける。


 やがて、一〇分程度は歩いただろうか。前方から、かすかにだが僕たちのものとは別の靴音が聞こえてきた。


「んっ? 冬市郎くん、誰かこちらに近づいてきているんスかね?」

「この靴音は、たぶんそうだろうな。誰かがこっちに来るみたいだ」


 僕とキーナは立ち止まる。次第に大きくなっていく謎の靴音。

 地下通路の向こうから、小柄な人影が近づいてきた。

 キーナが両目を細める。


「男の子……スかね?」


 僕たちの視線の先に現れたのは、小柄な美少年だった。

 紺色の少し長めの髪。山吹色の瞳。

 身につけているのは、詰めえりの黒い男子用学生服。一番上のボタンどころか、襟のホックまできちんと留めており、真面目そうな雰囲気。

 中学一年生くらいだろうか。あるいは、まだ小学生なのかもしれない。

 パッと見では、女の子とも見間違えそうな可愛らしい顏をしている。けれど、男子用の学生服を着ているのだから、おそらく少女ではなさそうだ――僕はそう判断した。

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