074 『初代 赤い月の戦士』の胸像
しばらくして、銀髪の少女が両目を開いたところで、僕は尋ねる。
「灰音……とにかく、女子校に封印されし男の異能が、みどり子を文化祭実行委員長にしたって言うんだな?」
灰音は首を縦に振った。
「ふむ、そうだ。あの男の力で、みどり子は文化祭実行委員長となった。そして、『ひっそり』した生活どころか、ものすごく忙しい生活がやってきたのだ。みどり子は『消える』どころか、校内でも日に日に存在感が増しておるようだのぉ」
「まあ確かに。何かと忙しいだろうし、目立つだろうな」
そう言って僕がうなずくと、灰音は話を続ける。
「ふむ。そして、『ガールズバンドフェス』なる、今までの文化祭ではなかったイベントも企画されてのぉ。みどり子は、そちらのイベントでも責任者となった。そのおかげで、イジメられることもなくなったようだな」
僕は首をかしげた。
「んっ? どうして、それでイジメがなくなるんだ?」
「おそらく、『ロックな知人』が、たくさんできたからであろう」
「ああ……。あの子たちか……」
僕は、女子中等部で出会ったガールズバンドを思い出す。
「ふむ。中等部の軽音楽部は、けっこう血気盛んな者が多いからのぉ。イジメっ子といえど、その軽音楽部の知人に手を出すのは、
「確かに……。あのガールズバンドの子たちを敵にまわすのは、ものすごく面倒臭そうだ……」
そう言って僕は、黒髪をかき上げながら苦笑いを浮かべた。
「うむ。ましてや、みどり子は本気で『ガールズバンドフェス』を成功させようと頑張っておる」
「ああ」
「だから、みどり子の邪魔をするということは、軽音楽部を敵にまわすことになりかねんからな」
「なるほど。じゃあ、女子校に封印されし男に頼んだことで、灰音が思い描いていたような形ではなかったけれど、結果的にみどり子は救われたのかな?」
灰音は両目を閉じると、首をゆっくりと横に振った。
「わからぬ……。まあ、みどり子がそう思ってくれておれば良いのだが……もしかすると、わらわは余計なことをしたのかもしれん。それで、正直ビクビクしておるのだ」
灰音はうつむき、表情を曇らせた。そして、自信なさ気に肩をすくめる。
僕は彼女に向かって、これまでよりも少し声の調子をやわらげながら言った。
「ま、まあ……確かにそればっかりは、本人に聞いてみないとな……。今の忙しい学園生活の方が幸せなのか……。それとも、昔の生活の方が幸せだったのか……」
すると、うつむき加減のまま灰音が、上目遣いでこちらを見つめてきた。僕の様子をうかがうかのようなその視線。
銀髪の少女は、やや言い辛そうに口を開く。
「実はのぉ、冬市郎……」
「んっ?」
「おぬしをみどり子に接近させたのは、そのアフターケアのつもりだったのだ……」
「アフターケア?」
僕が彼女の言葉を繰り返すと、灰音は説明をはじめる。
「……ふむ。女子校に封印されし男の異能を使って、わらわがみどり子の学園生活を激変させてしまった」
「ああ」
「だからのぉ、今後のみどり子の学園生活には、わらわにも責任がある。みどり子の生活がこの先どうなっていくのかを、本当はそばで見守りたい。出来るだけ力になってやりたいのだ。けれどそれは出来ぬ。瀬戸家と大曽根家とが険悪な現在、わらわが表だってみどり子の様子を探りにいくわけにもいかんからのぉ」
そう言うと灰音は、「はあ……」と一度だけ小さくため息をついた。そして、話を続ける。
「そこで、おぬしからこの喫茶店で働くことを持ちかけられたとき、わらわは考えたのだ。かつて
「僕をみどり子と接触させて、手伝わせることが、灰音の言う『アフターケア』ってことか?」
少女は銀髪を揺らしながら、こくりとうなずく。
「ふむ。わらわにとって、時雨風月ほど信頼出来る相手はおらぬ。おぬしなら、なんだかんだ言いながらも、みどり子の面倒を色々と見てくれるであろう。わらわがよく知っておる時雨風月とは、そういう男であったからのぉ」
「そうなんだ……」
と、つぶやくように言って、僕は苦笑いを浮かべた。
灰音の方は、昔を懐かしむかのように両目を細めると、やわらかな笑顔を僕に向ける。
「ふふっ。時雨風月は、口では文句を言いながらも最終的には困っている人を放っておけぬ男だった。だから、この喫茶店で働く話を持ちかけられたとき、わらわはおぬしと取り引きをして、みどり子とおぬしが接触するよう仕向けたというわけだ」
「なるほど……。ただ僕は、ブログを読む以外、みどり子に対してこれまでほとんど何もしてやれていないけどな……」
そう言ってから僕は、灰音にこう尋ねる。
「ところで、灰音さあ」
「んっ?」
「その女子校に封印されし男って、どんな奴なの? たとえば、見た目は?」
「冬市郎よ。まあそれは、実際にアイメイボックスをすべて集めたときのお楽しみということで。自分の目で確かめてみるのだな」
「いや……お楽しみって……。まったく楽しみじゃないんだけどなあ」
あからさまに不満気な表情を僕は浮かべてみる。
銀髪の少女はそんな僕を目にして「ふふっ」と笑った。そして、黒々とした美しい瞳でこちらを優しく見つめながら言う。
「それで冬市郎よ。もし、箱をすべて集めたら、あの男に会うための手順がある。それを今、教えておこうかのぉ」
銀髪の少女はそれから、女子校に封印されし男と会うための手順を僕に説明するのだった。
* * *
『
『愛名女子学園・高等部』
『愛名女子学園・中等部』
この三校は、『学校法人・愛名学園グループ』の広大な敷地内に、それぞれ校舎を構えている。
そして、三校を結ぶちょうど中間地点あたり――。
そこには、ちょっとした広場が設けられていた。
愛名学園グループの生徒であれば、誰でも立ち入ることが許されているその場所。広場の中心には、古びた
他には、三人掛けのベンチがいくつかと、ほとんど利用者などいない公衆トイレがあった。
特に面白い場所でもない。
だから、わざわざやって来る生徒もいないのだ。
三校の中心地点に、どのような目的で造られた広場なのか? 謎の場所であったし、このような広場があること自体、知らない生徒も多かった。
今、僕は栄町樹衣菜とともに、その広場にいる。
二人とも、この場所に来るのははじめてだった。
周囲には他に人影はなく、二人きりである。
僕は広場の中心に設置されている胸像を眺めながら言った。
「この胸像になっているヒゲのおっさんは、いったい誰なんだろうな? 昔の偉い人?」
材質はブロンズだろうか。西洋風の鎧を身につけた中年の男が、堂々とした表情で視線を空へ向けている――そんな胸像が設置されているのだ。
黒髪のポニーテールを揺らしながらキーナが口を開く。
「ここにあるプレートを見る限りは、
キーナが眺めているのは、胸像が設置されている石造りの台座部分だ。
台座自体の高さは、彼女の胸のあたりほど。
その上に胸像が設置されているわけだが、キーナが眺めている金属製のプレートは、台座の側面に埋め込まれている。
僕も、そのプレートに視線を向けた。
そこには、
『初代 赤い月の戦士 守山赤月【Akatsuki Moriyama】』
と刻まれている。
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