072 箱の隠し場所について

「わらわの家族と、大曽根みどり子の家族とは親戚しんせき同士――。冬市郎よ、そのことは以前、話したと思うのだが覚えておるかのぉ?」

「ああ、確かに聞いたよ。覚えている」


 灰音の質問に僕はうなずきながらそう答えた。

 銀髪の少女は、話の先を続ける。


「ふむ。両家は今でこそ、いがみ合っておる。だが、昔は仲が良かったのだ」

「そういえば灰音、以前言っていたよな。みどり子は、幼い頃から因縁いんねんのある相手だって。それでちょっと警戒されているから、近づけないとも言っていたかな」

「いや、冬市郎よ……」

「んっ?」

「実は、みどり子が因縁の相手というのはのぉ、嘘――というか、大袈裟おおげさに言っただけでな」

「はあ?」


 と言って僕は、顔を引きつらせた。

 灰音は銀髪を軽くかき上げながら言う。


「まあ、少し大袈裟に、『因縁の相手』と伝えておいた方が面白そうであったし、冬市郎も緊張感を持ってみどり子に接してくれるかと思ってのぉ」

「なんだよ、それ」

「ふむ。瀬戸家と大曽根家の仲が悪いのは真実であるし、わらわも表だってみどり子とは仲良くできぬ。多少は距離をとらんといかんしな。だから、因縁の相手と思っておるぐらいが、実際ちょうど良いのだ」

「どんな理屈だよ……」


 そう言いながら僕は口をとがらせた。

 一方で灰音は両目を細めると、これまでと比べれば、どこか少し優しげな感じの声色で語りはじめる。


「みどり子はのぉ、幼い頃は、わらわにとって妹のような存在だった」

「へえ」

「変わった女の子でのぉ。自分は昔、『サイキックソルジャー』だった、と――そんな夢みたいなことを口にしておったわ。少々おバカで可愛い子だったのぉ」


 それを聞いて僕は、小声でぼそっと言った。


「いや……左手に『鬼』が封印されているとか言っている自分はどうなんだよ……」

「んっ? 何か言ったかのぉ?」

「……な、なんでもないです」


 僕は灰音の顔から目をそらす。

 彼女は僕のそのような反応には構わず話を先に進める。


「ふむ。それで、みどり子はそんな夢見がちな少女だったからか、愛名女子の中等部に入学してからも、まったく友達ができなくてのぉ」

「ああ、うん……。そもそも、あんなブログを書いている女の子と、話が合う相手が少なそうだ」

「ふむ。そんな友達がいないみどり子はな、どうやら周囲からイジメられておったみたいでのぉ」

「イジメ……?」


 僕は眉間にシワを集め、顔を曇らせる。

 灰音は、小さくうなずいた。


「うむ。あの頃のみどり子は、かなり思い詰めておった。上手く眠れぬ日々を過ごしていたみたいでのぉ、いつも両目を充血させておったわ」

「ああ、うん。今でも両目は充血させていたけどな」

「ふふっ。それはたぶん、昔とは違う理由で睡眠不足なのだろう」

「確かに、文化祭の準備とかで、なんとなく忙しそうだったし」


 後頭部をポリポリ掻くと僕は、灰音にこう尋ねた。


「それで灰音は、そんな可哀相なみどり子の、どんな願いを叶わないようにしたんだ?」

「まあ、もう少し話を聞かぬか」


 そうやって灰音は、僕を制すると説明を続ける。


「ふむ。両家の仲が悪くなってからも、わらわはみどり子のことがずっと気になっていてな。それで、彼女が書いたブログをよく眺めておったのだ」

「お、おう……。あのブログな……」

「うむ。彼女は『イタいブログ』を、それこそ無数に作っては放置する子だからのぉ。その全部を読むことは、さすがにわらわでも出来んかった」

「まあ、それは誰にも出来ないだろうよ」


 僕は胸の前で両腕を組み、こくりこくりとうなずく。


「だがわらわは情報収集のためにと、いくつかのブログは、なんとか頑張って読み続けておってな」

「それは……。大変だったな……」


 みどり子のブログを思い出しながら、僕は灰音に同情する。


「ふむ。するとな、みどり子が中学一年生の夏休み頃ぐらいだったかのぉ。ブログに、なんとなく自殺をほのめかすかのような、不安になる書き込みをしはじめてな」

「えっ……!?」

「うむ。それでわらわは胸を痛めておった」

「みどり子が……自殺を……」


 僕はオープンフィンガーグローブを装着した右手で頭を抱えながら、ため息をつく。

 そして……。

 その昔、教室内で起きた盗難事件によって、自分が相当追いつめられていたときのことを思い出した。

 僕自身もあの当時、『自殺』という選択肢が頭をよぎらなかったわけではない。だから、みどり子の話を聞いて、いくらか思うところがあったのだ。


 灰音が、銀髪おかっぱ頭を静かに揺らしながら言う。


「……わらわが『アイメイボックス』の存在を知ったのは、そんなときだった。当時、愛名女子中等部の三年生であったわらわはな、学校の図書室の奥で偶然見つけた文献の中で、その名を目にしたのだ」

「学校の図書室で?」


 赤い改造和服に身を包んだ少女は、こくりとうなずく。


「うむ。その文献もやはり『異能を持つ者』にしか見つけられぬものでな」

「この箱と同じなのか」


 僕はテーブルの上に置かれたオレンジ色の小箱に視線を向ける。


「ふむ。それからわらわは、毎日のようにアイメイボックスを探してのぉ。しかし、中等部の校舎の中ではひとつも見つけられず、仕方がないので愛名女子高等部の校舎にも出向いて探した。まあ、中等部の生徒が高等部に出入りするのは、比較的制限されておらんからのぉ。潜入するのは楽だったわ」

「そうなんだ」

「うむ。だが、高等部の校舎でもアイメイボックスは、ひとつも見つからんかった。結局、中等部の校舎にも高等部の校舎にも、その箱はなかったのだ」


 僕は首をかしげた。


「えっ? でも、今このテーブルの上にあるアイメイボックスは全部、中等部で見つけたものだけど?」

「ふむ。実はのぉ、冬市郎。アイメイボックスのは、愛名高校と愛名女子高等部・中等部の三校で、ぐるぐるとまわっておるのだ」

「んっ? どういうこと?」


 僕はまた首をかしげた。

 灰音は、「コホン」と一度咳払いをしてから話の先を続ける。


「ふむ、たとえばだ。『愛名高校』で集めたアイメイボックスを使用して女子校に封印されし男に会うとする」

「ああ」

「すると次にあの男は、その箱を『愛名女子中等部』に移動させ、十二ヵ所に隠すようだのぉ。そして中等部でその箱を十二個すべて集め直し、また使用すると、あの男は今度『愛名女子高等部』に箱を移動させて隠す、というルールで動いておるようなのだ」


 アゴの下に手を当てながら僕は目を細めた。


「えーと……。要するに、この箱の隠し場所は三校でローテーションさせているんだな。使用するたびに箱を隠す校舎が変わるってことだろ?」


 こくりとうなずく灰音。


「ふむ、そういうことだ。そこで、愛名女子の高等部でも中等部でも見つけられなかったわらわはのぉ、中等部を卒業すると女子高等部へは進学せずに、共学の愛名高校に進学したのだ。そして、入学時からおおよそ一年かけ、アイメイボックスを十二個すべて集めた」

「箱集めに、一年か……」

「ふむ。わらわは、高校に入学してからかなりの時間を、この小箱の捜索に費やしたのだ。だから、おぬしがたった一日で六つも集めたと知って、心底驚いたのだぞ?」

「いや、まあ……」


 と、僕は口ごもる。


「現世のおぬしが、異能を持っておるかどうか――それを確かめるために、異能を持つ者しか見つけることが出来ぬこの小箱を探させたのだがのぉ」

「ああ、うん……」

「ふむ。異能を持っておるかどうかは、箱をひとつ見つけてきてもらえばそれでわかる。だというのに、いざ探させてみたらいっぺんに六つも見つけてきおって」


 そう言うと灰音は、オープンフィンガーグローブを装着した左手で口元を押さえながら、「ふふっ」と静かに笑った。

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