第7章 誰かの願いが叶わない

071 第7章 誰かの願いが叶わない

≪アイメイボックスが十二個すべて集まると、どうなるのか?≫


 僕がこの疑問の答えを聞いたのは、瀬戸灰音の口からだ。

 それは例の『中二病ウェイトレスの接客テスト』をした後のこと――。

 全部で十二個あるというアイメイボックスも、そのときはまだ半分の六個しか集まっていなかった。


 中二病喫茶『ブラックエリクサー』の店内は、普段通り静かなものだった。

 僕と灰音が接客テストを終えた後も、相変わらず来店する客は一人もいない。

 そんな店内で、赤い改造和服に身を包んだ銀髪の少女が、僕に向かってこう言ったのだ。


「ふむ。アイメイボックスを十二個すべて集めると、『女子校に封印されし男』と会う権利を手に入れることができる」

「はあっ?」


 灰音と向かい合わせで座っていた僕は、彼女の目の前で大きく首をかしげた。

 銀髪の少女は黒々とした美しい瞳で、こちら見つめてくる。


「んっ? 冬市郎よ、よく聞こえなかったかのぉ? それならば、もう一度言うぞ。『女子校に封印されし男』と会う権利が――」

「いや、灰音。それはよく聞こえたんだ」

「ふむ。ではなぜ、それほど首をかしげるのか、冬市郎よ?」

「いや……だって…………。『女子校に封印されし男』って……なんなのさ?」


 灰音は、銀髪を静かにかき上げた。

 それから両目を細め、テーブルの上に並んだ六個の小箱からひとつを手に取ると話を続ける。


「うむ。まあ、その男は『愛名女子学園・高等部』の地下に封印されておる――というか住みついておるのぉ」

「えっ……。女子校の地下に住みついている男なの? 変態なの?」

「ふむ。ある意味、変態なのかもしれん。それで、この小箱を十二個すべて集めると、女子校の地下に住んでいるその変態と、会うことができるというわけだ」


 さすがに僕は、顔を引きつらせた。


「えっ……? えっと……変態なら、できれば会いたくないんですけど……」

「いや、冬市郎よ、確かにあの男は変態なのかもしれぬ。だが、同時に『とんでもない異能の力』を持ってもいる」

「とんでもない異能の力?」


 銀髪の少女は「ふむ」と言いながら、こくりとうなずいた。

 僕は後頭部をポリポリ掻きつつ、一応質問を続けてみる。


「えっと……。ちなみにそれって、どんな異能?」

「まあ、ごくごく簡単に言えば、『誰かの願いがひとつ、叶わなくなる』異能だのぉ」

「えっ……。誰かの願いが叶わなくなる?」

「ふむ。おぬしが、もし本気で『女子校に封印されし男』と会う気があるのなら、あの男に関して、もっとちゃんと教えてやらねばならんが……。冬市郎よ、説明を聞くか?」


 灰音は大きな両目をくわっと見開き、僕の顔をのぞき込んできた。

 僕は、「お、おう……」と声を漏らしながら、ほんの小さくうなずく。

 銀髪の少女は、手にしていた小箱をテーブルの上に戻すと、説明をはじめた。


「ふむ。基本的にあの男は、アイメイボックスを十二個集めた学生が自分に会いに来た場合、頼みを聞くことにしておるようだのぉ」

「えっと……。頼みを聞くってのは、その男が異能を使って、誰かの願いをひとつ叶わないようにするってこと? たとえば、嫌いな奴の願いが叶わないよう頼んだら、それを叶えてくれるとか?」

「ふむ、まあそういうことだ。だが、それにはおそらく絶対的なルールと、ぼんやりとしたルールがあるようだぞ」

「絶対的なルールとぼんやりとしたルール?」


 僕がそう尋ねると、灰音はうなずき、話の先を続ける。


「ふむ。まず、絶対的なルールとして――あの男は、『愛名高校』と『愛名女子高等部・中等部』に所属する生徒の頼みしか聞かない」

「へえ。その三校の生徒の頼みしか聞かないんだ。誰の頼みでも聞くわけじゃないと」

「うむ。つまり、あの男に頼みごとが出来るのは、在学中の生徒のみ」

「教師や卒業生とかは?」


 灰音は首を小さく横に振る。


「それは生徒ではないので、駄目みたいだのぉ」

「やっぱり、在学中の生徒だけなのか」

「ふむ、そうだ。だがのぉ、逆にあの男の異能の力が及ぶのは、三校に在学中の生徒はもちろん、学園の関係者――つまり、教師や卒業生なんかに対しても影響力を持つのだ」

「えっ?」


 僕は眉間にシワを寄せる。

 灰音は薄っすらと苦笑いを浮かべた。


「まあとにかく『愛名学園グループ』に所属したことのある人間相手なら、あの男の異能は力を発揮するようだのぉ」

「えっと……。じゃあ、力が使えるのは在学中の生徒だけなのに、使われる可能性は卒業してからも永遠に続くのか?」

「ふむ。おそらく」


 と灰音はうなずく。

 僕は、「ふーん」と小さく声を出した後、少女に尋ねる。


「たとえば僕の姉ちゃんは愛名高校の卒業生なんだけど。僕はその男に頼んで、姉ちゃんの願いが叶わないようにすることが出来る。でも、逆に姉ちゃんは、僕の願いが叶わないよう、その男には頼めないってことだよな」

「ふむ、そういうことだ。『愛名学園グループ』に所属したことのない人間相手ならまったく効果はない。だが、卒業生ということならば、影響を受けるだろうのぉ。そして姉様は卒業生であり、現在在学中ではないので、逆にあの男に頼んで異能の力を使ってもらうことは出来ぬというわけだ」


 そう言うと灰音は、「こほん」と小さく咳払いをしてから話を続ける。


「とにかく、あの男の異能は、『生徒の味方』なのだそうだ。使い方によっては、在学中の生徒が、気に入らない教師や卒業生に対抗するための強力な武器になるというわけだのぉ」

「……それって結構、凶悪な武器だな。その気になれば、相当えぐいことも出来るだろ?」

「ふむ。そうかもしれんな」

「……なるほどね。生徒の味方か」

「しかし、実はのぉ。それ以外のルールは、ぼんやりとしておって、わらわにもよくわかっておらんからな」


 僕は首をかしげる。


「どういうこと?」

「うむ。あの男は、性格がけっこういい加減なところがあるみたいだからな。あんまり変なことを頼んでも、気に入らなければ異能の力を使ってはくれぬかもしれない」

「そうなんだ」

「ふむ。『女子校に封印されし男』は、なにか自分なりのぼんやりとしたルールに従って活動しておるみたいでな。だからなんでもかんでも、誰かの願いを叶えない力を使ってくれるわけではないみたいだのぉ」


 僕は「そっか」と口にして胸の前で腕組みをすると、こう言った。


「しかしさあ、そもそも『誰かの願いがひとつ叶わなくなる』って、そんなことのためにわざわざこの箱を集める奴、それってよっぽど性格の悪い人間だよな」


 灰音がニヤリと笑う。


「おい、冬市郎よ。過去に一年かけてわざわざアイメイボックスを集めた人間が、今現在、おぬしの目の前にいるわけだが?」

「あっ……」


 完全に失言だった。


「ふふっ。まあよい。ちなみに、冬市郎よ。おぬしは、『願いが叶わなくなった者』とも、すでに出会っておるぞ?」

「えっ……?」

「大曽根みどり子と会っておるだろう?」

「みどり子が?」


 灰音は、こくりとうなずく。


「わらわは、『女子校に封印されし男』の異能を使って、みどり子の願いをひとつ叶わなくしてやった」

「うっ……みどり子の願いが、叶わなくなった……」

「そうだ」

「なんかそれって……酷い話のように聞こえるけど?」

「ふむ。わらわのやったことが酷い事かどうか――。それは今からする話を聞いた後で判断するがよいわ」


 そう口にすると灰音は、姿勢を正して椅子に座り直した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます