070 ほろ苦いエンディング

   ≫ ≫ ≫



 ブログを読み終えた僕は、隣に座る緑髪の少女に向かって言った。


「これは……ほろ苦いエンディングだね……」


 みどり子は、「ほろ苦い……エンディング……」と、僕の言葉を繰り返す。


「ああ。そうだよ、みどり子。この物語も、それを読んでいる人間の心も、ほろ苦いエンディングを迎えたよ……」


 少女は「ほろ苦いエンディング……」と、もう一度繰り返した。

 僕は、こくりとうなずくと話を続ける。


「しかし、ニセモノのわたしが突然、人が変わったように良い奴になったんだが……? 最初は、老人をだまそうとしていたのに……」


 緑髪を揺らしながらみどり子が答える。


「えっと……。ニセモノのわたしに関しては、裏表のある人物像を設定していましたので。おかげで意外性のある人物が描けたと自負しております」

「そ、そうなんだ……」


 そう言うと僕は、一度「コホン」と咳払いをしてから別の質問をする。


「ところで、突然現れた未確認生物の容姿が、まったく描写されていないんだけど……。結局、どんな未確認生物だったの?」

「そのぉ……未確認の生物なわけですから、容姿の描写がないのは仕方ないんです。なんせ、しっかりと確認されていませんので」

「はあ……」


 僕は、ため息と相槌あいづちを兼ねたような返事をした。


「とにかくセンパイ、この未確認生物に関しては、あまり深く考えないでください」

「わかりました……」

「そもそも、この物語でボクが描きたかったものは、どちらかといえば『ニセモノのわたし』という存在でしたからね」

「えっ……未確認生物は?」

「まあ、今回の未確認生物は、そのオマケみたいなものですよ」


 そんな話を聞いて僕は、「うっ……」と声を漏らす。

 やはり、クソブログ農場主ファーマーが生産した物語を真剣に考えるだけ損なのかもしれない……。


 それからしばらく、ブログの話をみどり子とあれこれ続けていると、キーナからのメッセージがスマホに届いた。

 僕はスマホの画面に目を走らせる。

『アイメイボックス』の残りを、キーナがすべて見つけ出した――そんな内容が、そこには記されていた。


 ――本当にキーナって……何者なんだよ……?


 僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。


 けっして狭くはない女子中等部の校舎。

 そこに散らばっていただろう残り六つの小箱。

 この短時間で『それらをすべて見つけだした』と、キーナは報告してきたのである。


 足の裏たちが、しゃべりはじめた。


「キーナハ有能」と右足が言った。

「同意」と左足が続ける。


 以前から、どちらかといえばキーナのファンであるような印象の足の裏たちが、彼女のことをそうやって褒めた。


「いやいや……。有能を飛び越えて、これは異常だよ……」


 僕は足の裏たちの言葉に反応してしまう。

 スマホの画面を見つめながら、思わずそう声を出してしまったのだ。


「んっ? センパイ、どうかしましたか?」


 みどり子が、僕の顔をのぞき込みながら小首をかしげた。

 僕は慌てて顔を上げると、笑顔を作った。


「い、いや……なんでもないよ、はははっ」

「そうですか」


 その後も僕は、みどり子と談笑を続けようと努力する。

 けれど――。

 キーナと彼女が集めた小箱のことが気になって仕方ない。


 僕は首に巻いたチョーカーをそわそわといじっていたのだが、やがて我慢できずにこう切り出した。


「じゃ……じゃあ、みどり子……。すまないけど、そろそろ帰るよ。この後、少し用事があるんだ」

「……そうですか、残念です」


 みどり子は椅子から立ち上がると、静かにマントを揺らす。そして、どことなくしょんぼりとした表情を浮かべる。

 小柄な少女は、大好きなおもちゃを取り上げられた小型犬のような雰囲気を放ちはじめていた。

 明らかに、まだまだ遊び足りないといった顔をしているのだ。


「ごめんな、みどり子。今度また、遊ぼう」


 みどり子に続いて僕も椅子から立ち上がると、彼女の肩をポンポンと軽く叩いた。

 足の裏たちが、つぶやくように言う。


「今回モ、相変ワラズ、取材ラシイ取材ハ、シテイナイナ……」と右足が言った。

「アア。『クソブログ』ヲ読ンダダケダ……」と左足が続ける。


 やがてみどり子は、僕を連れて部屋の扉の前まで移動すると、頬を赤らめながら照れ臭そうに微笑んだ。


「冬市郎センパイ……また絶対、密着取材に来てくださいね。ボクはセンパイと一緒にブログを読むこの時間が、本当に楽しくて……えへへ」

「お、おう……」

「ボク、もっともっと、ブログを書きます! 寝る間も惜しんで、新しいブログを書きますから! だからまた、ボクといっしょに読んでくださいよ!」


 緑髪の少女は、オレンジ色のやや充血した瞳でこちらを見つめてきた。

 僕は不健康そうな少女の両目を眺めながら、ブログを書く時間を睡眠に費やした方が良いのでは……と思うのだが、なんとなく口には出せない。


 そんなわけで、みどり子と再会する日時を約束すると、僕はキーナが待つジャリ研の部室へと移動したのだった。



   * * *



 高校の旧校舎。

 その三階の端にある、『ジャーナリズム研究会』の部室。

 今そこは、芳醇ほうじゅんなコーヒーの香りで満ちあふれていた。


「冬市郎くん、おかえりなさいッス!」


 パイプ椅子に座ってコーヒーを飲んでいたキーナ。

 けれど彼女は、わざわざ立ち上がって僕の前までやってくる。


「ただいま、キーナ。残りの箱も全部集まったんだって?」


 キーナはポニーテールを踊らせながら柔らかな笑顔を浮かべると、両手でダブルピースをした。


「ピースっす! えへへ、自分、がんばって全部集めたんスよ」


 それからキーナは、僕を椅子に座らせると、自身はコーヒーメーカーの前へと移動する。僕の分のコーヒーを準備しはじめたのだ。


「ところで冬市郎くん。委員長さんの方は、どうだったんスか?」


 コーヒーメーカーの前で作業をしながらキーナがそう口にした。

 僕はパイプ椅子に座りながら、「うっ……」と声を漏らす。


 別に、みどり子とやましいことをしていたわけではない。

 けれど、『水着姿の女子中学生と、密室で二人きりで過ごしていた』などとは、正直言い辛いのだ。

 僕はOFGをはめた右手で首のチョーカーをいじりながら答える。


「ぜ、前回と同じだったよ。みどり子が書いたブログを二人で読んでいただけ……」

「そうスか――」


 キーナはそう言いながら、僕にマグカップを差し出す。

 僕はお礼を言ってそれを手に取ると、口をつけた。

 するとそのタイミングで、足の裏たちが僕に話しかけてくる。


「『サイキックソルジャーノ戦闘服ノ話』ハ、シナイノカ?」と右足が言う。

「『女子中学生ノ水着姿ノ報告』ハ、ドウシタ?」と左足が続ける。


 足の裏たちの声に、僕はコーヒーを吹き出しかけた。

 マーライオンのように口から大量の液体を流す――なんて事態は、なんとか避けることができたのだが、それでも息がつまり「ゴホっ、ゴォホ」とむせる。


「冬市郎くん、大丈夫スか?」


 ポニーテールを静かに揺らしながら、キーナが僕の背中を優しくさすった。

 おそらく僕は、息苦しさで顔を真っ赤にしていただろうが、やがてせきは止まる。

 顔色もたぶん戻り、少し落ち着いた。


 ところが、背中を優しく撫でてくれるキーナの手の感触を、変に意識しはじめてしまい……。

 一度元に戻った僕の顔色は、先ほどとは別の理由で、再び真っ赤になったのではないだろうか。

 自分の両耳が熱を帯びているのがわかった。


「……あ、ありがとう、キーナ。もう大丈夫。落ち着いたから」


 僕はそう言うと照れ臭くなって、いったん椅子から立ち上がる。

 それから本当に落ち着くためには、背中に残るキーナの手の感触を弱める必要があると考えて、何度も何度も深呼吸を繰り返した。


 やがて、僕が本当に落ち着いたところで、キーナがこう言う。


「それで冬市郎くん、これが今日集めたアイメイボックスなんスけど――」


 キーナはカバンの中から、女子中等部の校舎で集めてきたオレンジ色の小箱を取り出した。

 上部に『赤い三日月』のマークが四つ描かれたオレンジ色の小箱。それが全部で六つ。

 ポニーテールの少女は、長机の上にひとつずつ並べていく。


「じゃあ、僕が預かっている箱も」


 以前キーナが集めた六つの小箱。

 僕はそれらをカバンの中から取り出して、長机の上に並べた。


 やがて、十二個のアイメイボックスが机の上にそろった。

 すべての箱に『赤い三日月』のマークが四つ、同じように描かれている。


「なんか……お菓子のオマケか何かが、運悪く十二個ダブって集まってしまったような……そんな感覚になるよなあ」


 机の上に並んだ小箱たちを眺めながら僕がそう口にすると、キーナが微笑みながら言った。


「それで、冬市郎くん。この箱が十二個全部集まったということは、いよいよッスね」

「ああ。そうだね……キーナ」


 僕は十二個の『アイメイボックス』を前にして、ゆっくりとうなずく。

 それから、中二病喫茶で瀬戸灰音から打ち明けられた『箱の秘密』を思い出すのだった。

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