069 レジェンド・モンスター《コッチ・ミ・ルーナ》

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《わたしが考えたUMA・未確認生物目撃ファイル》


▼ 第二未確認

『少しだけ確認されてしまったのかっ!? いや、オレ様はまだまだ未確認だっ!

 伝説のレジェンド・モンスター《コッチ・ミ・ルーナ》』


 第一未確認に続いて、これもわたしが考えた伝説である――。


 北欧諸国を旅していたときのことだ。

 現地の老人から聞いた話の中に、とても興味深い伝説があった。


 それは、真冬の旅の途中。

 とある町を訪れていたわたしは、厳しい吹雪に遭遇して身動きがとれなくなっていた。

 大雪を全身に浴びながら、屋外でただただ立ち尽くす。


 すると、そんなわたしの姿を見かねたのか、親切にも家の中へ迎え入れてくれる老人が現れたのだ。


 老人はずっと男一人で暮らし続けているとのことだった。

 確かに家の中に、家族や同居人の気配はなかった。

 そんな彼がどこかほんの少しだけ嬉しそうに見えたのは、孤独な生活の中で、わたしという暇つぶしの相手が見つかったからだろうか。


 案内された部屋には古い暖炉だんろがあり、それは、長旅ですっかり冷えきってしまったわたしの心と身体を温めてくれた。

 やがて、身も心もすっかり温まったところで、わたしは老人にこう尋ねたのだ。


「ご老人。この辺に未確認生物はいませんか?」

「はあ?」


 老人は、れ木に花も咲いていないような表情で、首を大きくかしげた。

 それでもわたしは、構わずに話を続ける。


「なんとか一匹くらいいませんかねぇ、『伝説のレジェンド・モンスター』みたいなものは?」

「伝説? レジェンド・モンスター?」

「そうです。伝説のレジェンド・モンスターです」

「……うーん。そんなの、この辺にいるかのぉ?」

「いないんですか?」


 老人は両目を閉じて黙り込んだ。

 暖炉のたき火の音だけが、しばらく部屋の中に響いていた。

 やがて老人は、首を小さく横に振ってから、ゆっくりと目を開ける。


「すまないね、旅の人。生まれてからこれまで八七年、わしはずっとこの土地に住んどるが……この辺でそういった未確認モンスターの話なんて、一度も聞いたことがないのぉ」


 そう言われてもわたしは、簡単には引き下がれない。


「そこをなんとか……一匹ぐらいいませんかねぇ?」

「はあ……」

「わたし、未確認生物を探して、わざわざ旅をしているんですよ?」


 わたしのその言葉を聞いて老人は、「うーん……」と考え込んでしまった。


 ふと窓の外を眺めると、大雪はさらに激しさを増している。

 わたしはそのまま窓の外を見つめながら、老人の顔に視線を向けることなく、こんな提案をした。


「じゃあ、こうしましょう。未確認生物がいないんだったら、いっそのこと、今からこの辺の土地にぴったりな未確認生物を創作してしまうというのは?」


 わたしの話に老人は、「はあ……」と力なくため息を吐いた。

 そのヤル気のない態度に、わたしは少しムッとした。だが、ぐっとこらえ、今度は老人の目を、まっすぐに見つめながら話を続ける。


「いいですか。わたしが未確認生物を考えます。ですからおじいさんは、この大雪が止んだら町に出て、わたしが考えたその未確認生物の伝説をご近所に吹いてまわってください」

「はあ……。町のみんなに、嘘をついてまわれと?」

「いいえ、嘘ではありません。創作された伝説です」


 老人は小声で、「伝説……」と繰り返す。

 わたしは老人の手をそっと握ると、ささやくように話の先を続けた。


「はい。創作された伝説です。いいですか、おじいさん。この辺にはね、未確認生物がいるんです。わたしが考えた、とても素晴らしい未確認生物がね……クククッ」


 わたしが、そんな低い笑い声をあげたときだった――。

 突然、部屋の扉が開き、もう一人のわたしが室内に現れたのだ。

 もう一人のわたしは、こう言った。


「ご老人、お気をつけくださいっ! そのわたしは、ニセモノです」

「なん……じゃと……?」

「はははっ! バレたか。最初のこのわたしはニセモノだ」


 不敵に微笑むニセモノのわたし。


「おのれ、ニセモノっ!」


 と、もう一人のわたしは拳を固く握る。

 老人はつぶやく。


「なん……じゃと……?」


 それから、後から登場したわたしは、ニセモノのわたしに向かって殴りかかった。


「うおおおおっ!」


 ニセモノのわたしも、本物のわたしに殴りかかる。


「うおおおおっ!」


 それを見ていた老人は言った。


「うおおおおっ!」


 そのとき突然、部屋の扉が開いて、そこに現れた未確認生物が言った。


「うおおおおっ!」



   ≫ ≫ ≫



 ブログの途中ではあったが、たまらず僕は挙手して尋ねる。


「ちょ、ちょっと待て、みどり子っ!? 唐突とうとつに未確認生物が現れたんだけど!?」


 みどり子は、硬い緑髪を震わせながら不敵に微笑んだ。


「ふふふっ……センパイ。未確認生物によるサプライズに驚いていますね……。ボクの狙い通りです」


 満足気な少女のその顔。

 サプライズが上手くいったことが、とにかく嬉しいといった様子。

 そんな少女を眺めながら僕は顔を引きつらせると、ブログの感想を口にする。


「しかし、親切な老人をだまそうとしている胸くその悪い主人公だと思ったら……まさか主人公のニセモノだったとはね……。色んな意味で驚いたよ……」

「ふふふっ……。さて、センパイ。本物の主人公も未確認生物も登場して、役者はすべてそろいましたよ。この先、一体どうなるのでしょうかね?」


 小柄な少女はそう口にすると、僕にさっさとブログの続きを読むよううながすのだった。



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 老人は、突然部屋に出現したモンスターに向かって言った。


「なん……じゃと……?」


 それから、ニセモノのわたしが、本物のわたしに向かって言う。


「おい、本物のわたしよ……。とりあえずここは、このニセモノのわたしに任せて、お前はその老人を連れて早く逃げるんだ」

「しかし……」


 躊躇ちゅうちょする本物のわたし。

 ニセモノのわたしとはいえ、危険そうな未確認生物が現れたこの場に、一人だけ残していくのは気が引けるのだ。


 すると、ニセモノのわたしは眉間にシワを集め、そんな本物のわたしに向かって真剣なまなざしを向ける。


「いいから、お前はその小汚い老人を連れて、ここから全力で逃げるんだよっ!」


 本物のわたしの隣で、老人は言った。


「なん……じゃと……?」


 それから本物のわたしは、ニセモノのわたしに向かって、少し言い辛そうに口を開いた。


「い、今が、危険な状況だということは、本物のわたしであるわたしにも充分にわかっているつもりだ……」

「じゃあ、さっさと逃げろっ!」

「い、いや……けれど、わたしは……突然現れたその『未確認生物』を『確認』したいんだよ……」


 ニセモノのわたしは、首を大きく横に振った。


「駄目だ! 危険すぎる。確認は諦めるんだ、本物のわたしよ!」

「だが、確認したい……。未確認生物を確認したいんだ! すでに、こうして少しだけ確認しているじゃないか! もう少しで、未確認生物をもっと確認できるのにっ!」


 本物のわたしが思わずそうやって大声を出すと、今度は未確認生物が言った。


「くそ。ひょっとしてオレ様、少しだけ確認されてしまったのかっ!? いや、オレ様はまだまだ未確認だっ! そう……この場にいる人間どもを、すべてあの世にほうむってしまえばな!」


 老人は言った。


「なん……じゃと……?」


 未確認生物は話を続ける。


「オレ様のことを確認したお前たちをここで皆殺しにしてしまえば、目撃者は全員この世から消える。すると、確認された事実は世間に公表されず、オレ様は再び未確認生物に戻れるってわけさっ!」

「そうはさせないぞっ! このニセモノのわたしが相手だ!」


 果敢かかんにも、ニセモノのわたしが未確認生物に飛び掛かる。

 ニセモノのわたしは、そのまま未確認生物と激しく格闘しながら、本物のわたしに向かってこう言った。


「いいか、本物のわたしよっ! こうして、ニセモノのわたしがこの未確認生物を押さえ込んでいる間に、その体臭がキツイ老人を連れて、さっさと逃げるんだっ!」


 そう言われて本物のわたしは、さすがに覚悟を決めた。

 そして、「体臭が……キツイ……じゃと……?」と、暗い顔でつぶやく老人を連れて、部屋を出ようとする。


 だがやはり――。

 一人残していくニセモノのわたしのことがどうしても気になり、本物のわたしは一度だけ振り返った。


 すると、ニセモノのわたしは、怒り狂う未確認生物を背後から羽交はがめにしながら、日本語でこう叫んだのだ。


「こっちを見るなっ! 振り返るんじゃない、本物のわたし! 諦めてさっさと逃げろっ! さあ、こっちを見るなっ! こっちを見るなっ!」


 老人が、ぼそりとつぶやく。


「コッチ・ミ・ルーナ……?」


 それから、本物のわたしは老人を連れて、大雪が降り積もる町へと飛び出す。

 しばらくすると老人の家は、謎の大爆発を起こして完全に吹き飛んでしまった。


 ――あの家の中で、どのような闘いが繰り広げられたのか?


 それは今となっては不明だ。

 だが老人の家が、再建不可能なぐらい微塵みじんに吹き飛ぶほどの激しい戦闘が、あの場所で行われたということだけは確かだった。


 老人は、瓦礫がれきの山となった自宅を眺めながら、こうつぶやく。


「なん……じゃと……?」


 結局、わたしは未確認生物を確認することができなかった。

 そして、最後にひとつ大きな疑問が残ったのだ。


 ごくりと唾を飲み込むと、わたしは降り積もる雪の中で静かにつぶやいた。


「あのニセモノのわたしとは、一体なんだったのだろうか……?」


〈おしまい〉

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