067 レジェンド・モンスター《ドントウォーク》①
≪ ≪ ≪
《わたしが考えたUMA・未確認生物目撃ファイル》
▼ 第一未確認
『伝説のレジェンド・モンスター《ドントウォーク》』
これは、わたしが考えた伝説である――。
北米の広大な森林の中。
そこに、とある集落があった。
その集落の
今からそれを、ここに記そう。
≫ ≫ ≫
「な……なあ、みどり子……」
僕は小さく控え目に手を挙げながら声を出した。
それは、ブログを読みはじめてすぐのことだった。
「センパイ、いきなりどうしました?」
スクール水着のような衣装を着た少女が首をかしげる。
「さっそくだが、僕は軽くパニックだ」
「パニック?」
僕はうなずきながら手を下ろした。
そして、小首をかしげるみどり子を見つめながら言う。
「ブログのタイトルが、《わたしが考えたUMA・未確認生物目撃ファイル》ってことは、ここに書かれているのは、『作者であるみどり子が考えた未確認生物』ってことになるんだよな?」
「はい」
「『本当は誰も目撃していない目撃談』――が、ここには記されているんだろ?」
「その通りですよ、センパイ」
この人は、いまさら何を言っているのだろう――という表情で、こちらを見つめ返すみどり子。
僕は苦笑いを浮かべる。
「お、オッケー……わかった。それを確認したかったんだ」
「そうですか」
「ああ。それで、次に問題……というか僕が気になったところはさあ、この『書き出し』かな?」
「書き出し……ですか?」
みどり子が眉間に小さなシワを寄せると、僕はこくりとうなずく。
「うん。『これは、わたしが考えた伝説である』……まさか冒頭から、『伝説を
「捏造……。カミングアウト……」
と、みどり子は僕の口にした言葉を小声で繰り返す。
「そのぉ……みどり子さあ、そもそもこの書き出しってどうなの? まあ、ある意味、斬新ではあるけどさあ……」
「ありがとうございます」
緑髪を踊らせながら、みどり子はぺこりと頭を下げる。
僕としては、
どちらかといえば、やんわりと皮肉を口にしたつもりでいたのだ。
けれど、彼女からはお礼を言われる。
『斬新』という言葉を使ったのが悪かったのだろうか――。
心の中でそう反省しながら顔を引きつらせると、僕は後頭部をポリポリと掻いた。
「それでセンパイ、他に質問はありますか?」
「ああ、うん。みどり子さあ。『わたしが考えた伝説である』と宣言してからすぐに、『集落の長から直接聞いた伝説』って書いてあるんだけど……」
「はい。確かにそう書いてありますね」
僕は両目を少し細めて、みどり子に尋ねる。
「それで……これって結局どっちなの? わたしが考えた伝説なの? 聞いた伝説なの?」
「えっと、もちろん最初の一文にも書いてあるとおり作者である『わたし』――つまり、このボクが考えた伝説ですよ」
「いやまあ、そうなんだろうけど……だから、ややこしいっていうか、読んだ人間が混乱するような記述になっているんだけどなぁ……」
小声でぶつぶつそう言ってから、僕はさらに質問を続けた。
「あと、みどり子さあ。『伝説のレジェンド・モンスター《ドントウォーク》』ってことなんだけど……」
「はい、センパイ。このブログに書かれているのは、『伝説のレジェンド・モンスター《ドントウォーク》』の伝説です」
「いや……『伝説』と『レジェンド』は同じ意味なんだから、この際どちらかひとつだけ書いておけばいいんじゃない?」
「はあ……。ひとつだけ……ですか?」
いまいちピンときていない――といった様子で、緑髪の少女は再び眉間に小さなシワを寄せる。
「いや、だからみどり子さあ……。これって『伝説の伝説のモンスター』って言っているわけだし、なんかしつこくないか?」
僕の話を聞いて彼女は、自身の硬質な髪をごりごりと掻きながら「ふー」と息を吐き出す。
「センパイ。まあ、難しいことは考えないで、とにかく続きを読んでくださいよ」
みどり子は充血した両目を大きく見開くと、いちいち口うるさいだろう僕の顔をのぞき込んでそう言った。
僕は「ううっ……」と喉の奥を鳴らしながら思う。
女子校の密室で、スクール水着みたいな格好の少女と二人きりになって、面倒臭そうなブログを読む――。
この状況は、本当になんなのだろう……?
それから僕は、再びパソコンの画面に視線を移し、ブログの続きを読みはじめたのだった。
≪ ≪ ≪
あれは、わたしがまだ、20代半ばだった頃のことだ。
就職活動に失敗したわたしは、大学卒業後、
『どこの会社にも就職できないのなら、冒険家になろう!』
と考えた。
健全なこの身体と、親から借りたほんの少しのお金。
それだけを頼りに、冒険家になることを夢みて世界中を旅していた。
そんなわたしが、ある日迷い込んだ北米に広がる森林。
その中で偶然たどり着いた、とある集落。
そこで出会った老人が、ぼそりとつぶやくようにわたしに言った。
「このあたりの森には、伝説のレジェンド・モンスターがいることが確認されとるんじゃが――」
それから老人は、森の外からやって来た人間であるわたしに、鋭いまなざしを向けながら言葉を続ける。
「なあ、お前さん。よかったら、そいつを見にいくかい?」
長い年月、この土地で広大な森を観察し続けてきた男のその両目。
老人からそんな目を向けられて、わたしは緊張しながらゆっくりとうなずき返事をした。
「ああ、うん。いくいく」
重苦しい雰囲気に耐えかねて、わたしは出来るだけ明るい雰囲気でそう口にしたのだ。
すると老人は、とても驚いた様子だった。眉間や顔にあるシワの数を、それこそ何倍にも増やしながらこう言う。
「えっ!? お前さん、見にいくの!? 本当に見にいくの!?」
「はい。わたし、絶対見にいきます!」
その後わたしは、道案内の料金としてはいくぶん高額とも思える数字を老人から提示される。だが、迷わずそれを受け入れた。
料金は前払いとのことだった。
手持ちの
けれど、老人は容赦しない。
広大な森を長年観察し続けてきたその鋭いまなざしを再びこちらに向けると、彼はわたしのズボンのポケットに入っていた
老人の機嫌を
言われたとおりにわたしは、それらをすべて差し出した。
すると今度は、その場で何度もジャンプするよう命令された。
老人はそうやって、わたしのポケットから小銭の音がしないことを確認したかったのだろう。
どうやら彼は、わたしがポケットの中にまだ小銭を隠し持っているのではないかと疑っていたようだった。
やがて、小銭を隠し持っていないことがわかると、老人はわたしから奪ったガムを一枚だけ、こちらに差し出してきた。食えというのだ。
わたしは「ありがとう」とお礼を口にして、そのガムを食べた。
だがそれは、もともとわたしのガムだ。
それなのに、老人にお礼を言って食べていることで、多少モヤモヤとした気分になった。
老人はそれから、わたしを連れてようやく森の奥へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます