066 『サイキック障壁』

 緑髪の少女が説明をはじめる。


「いいですか、センパイ。まず、ボクたちサイキックソルジャーは、その能力で『サイキックパワーによる特殊な障壁』を発生させます」

「特殊な障壁?」


 みどり子は小さくうなずく。


「はい。身体全体を包み込む特殊な『サイキック障壁』を発生させることで、ボクたちはあらゆる攻撃から身を守っていたではないですか?」

「そうなの? まあ……そんな記憶は、僕にはないんだけど……」


 僕は首を捻る。

 みどり子は、こちらの様子には構わずに説明を続けた。


「そしてサイキックソルジャーは『障壁』さえ発生させておけば、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせます」

「エアコンみたいだな。じゃあ、春と秋は?」

「そ、そうですね……。春は、花粉を完全に遮断します。そして秋は…………秋は食べ物が余計においしく感じられます」

「んっ……食べ物? 秋だけ、なんか違うんだけど……。秋だけ障壁で何かを防いでいる感じじゃないんだけど……どういうこと?」


 僕の質問に、みどり子は一度「うーん……」と小さく声を漏らしてから話を前に進める。


「と、とにかくソルジャーは、サイキック障壁で一年を通して快適に過ごすことができます!」

「お、おう……」

「そして戦闘中の防御も、すべて障壁で行います。ですから、センパイが気にしておられる衣服そのものの防御力は、まったく関係ないんですよ」

「そうなんだ」

「はい。大切なのは、衣服の防御力ではなく、サイキック障壁の防御力です。極端な話、全裸でも戦闘中の防御はできるんですよ。サイキック障壁さえあれば」


 そう言うとみどり子は、そのサイキック障壁を繰り出すかのように自身の右手を勢いよく前方に突き出した。

 マントがバサッと衣擦きぬずれの音を立てる。

 もちろん、そんな障壁は発生していないだろう。フリだけだ。

 僕はとりあえず、こくりとうなずいた。


「わかったよ。防御方法に関しては、もう、それでいい」

「はい」

「ただ、戦闘服のデザインはなんなの? こんなスクール水着みたいな衣装を戦闘服にしている意味は?」


 みどり子は、一度ちらりと自分の戦闘服を眺めてから言う。


「まずですね、ボクが今着ているこの戦闘服なんですが、これは本物に似せて作ったレプリカです」

「えっ……それ、レプリカなんだ」


 みどり子は、小さくうなずく。


「ええ、もちろんですよ。こちらの世界には、さすがに本物はありませんからね。だからボクは、お小遣いをせっせと貯めて、あちらの世界で装備していた本物そっくりの戦闘服をこうして再現してみたんです」

「一人で?」

「はい。一人で」

「親とかに手伝ってもらわなかったの?」

「手伝ってもらっていません」


 そう言ってみどり子は首を横に振ってから、話を続ける。


「先ほども言いましたが、こちらの世界でこの格好を人に見せるのは、センパイがはじめてなんですよ」

「そうだったね」

「はい。両親にだって一度も見せたことがないんです。あの人たちはボクが、サイキックソルジャーだったという過去を一切知りませんから」

「へえ、そうなんだ」


 僕は深々とうなずくと、続けて口を開いた。


「みどり子さあ……この先も、たぶん親にはその格好を見せない方がいいだろうね……」

「へっ?」

「いや……なんとなくだけどさ。その格好を見せるのは、僕だけで終わりにしておいた方がいいと思うんだ……」


 みどり子の黒歴史の目撃者が増えることを防ぐため――。

 そして、娘のこんな格好を見せられる親の気持ちを想像して、僕はそう口にした。


 だが、緑髪の少女は、僕の言葉を違った角度で理解したようだ。

 彼女は頬を薄っすらと赤らめ、嬉しそうに両目を細めながら言った。


「そ、そうですか……。センパイはボクのこの姿を独り占めしておきたい……そうおっしゃるんですね」

「へっ……?」

「そういうことでしたら余程のことがない限り、他の人にはこの姿を見せませんよ」

「い、いや……」


『そういう意味じゃないんだけどな……』と言いかけたが実際には口に出さず、僕は戸惑いながら後頭部をポリポリと掻いた。


「センパイ。それで結局、戦闘服のデザインなんですが――」

「ああ」

「これに関しては、ボクもサイキックソルジャーになったときに支給されたものなので、どうしてこのデザインなのかはわかりません」

「そうなんだ」


 みどり子は、こくりとうなずく。


「ええ。言われてみれば、確かにスクール水着に似ているような気もします。今まで少しも気にしていませんでしたが」

「なあ、みどり子。ちなみに男のサイキックソルジャーも、そんな格好なの?」

「はい」


 その返事を聞いて僕は、白目をいて舌を出した。


「うえぇ…………ちょっとそれは、想像したくないなあ……。じゃあ、サイキックソルジャーの僕も、そんな服を着ていたってこと?」

「もちろんです。センパイもこのような姿で、敵のアジトに夜襲やしゅうをかけにいったりしていましたよ」

「男がスクール水着にマントを羽織って夜襲かぁ……。それはもう変態だな」

「何を言っているんですか? センパイは英雄でしたよ」


 みどり子は昔を思い出しているのか、うっとりとした表情でそう口にする。

 僕は苦笑いを浮かべながら言った。


「……あははっ……英雄って……。じゃあ、僕はみんなから何て呼ばれていたの? やっぱり、スクール水着の英雄?」

「いえ。『ナイトメア・ブルー・サーカスを率いた若き夜襲の悪魔・漆黒しっこくのレッドライン』です」

「あっ……ああ……。そういえば、前にもそれ聞いたよね」

「はい。前にも言いました」


 僕は再び後頭部をポリポリと掻く。

 それから「ふう」と一度息を吐き出すと、みどり子に向かって言った。


「えっと……じゃあ、サイキックソルジャーの戦闘服の話はもういいからさ、みどり子は制服に着替えなよ。今日はちょっと肌寒いし、そんな格好じゃ風邪をひく」


 みどり子は首を横に振る。


「いえ、センパイ。今日はセンパイといっしょにいる間、ボクはこの格好で過ごします」

「はあ?」

「この戦闘服で過ごすことで、センパイの中に眠るサイキックソルジャーの記憶を、ほんの少しでも刺激し続けていたいんです」


 僕は「はあ」と、ため息をつく。

 そんな僕に向かって緑髪の少女は、ニヤリと笑いながら言った。


「では、冬市郎センパイ。戦闘服の話はここまでということで――続きまして、ブログの準備が出来ております」

「あはは……。ブログかぁ……」


 僕は力なく笑う。


「ええ。ブログですよ、センパイ」

「……それで今日は、どんなブログを読むのかな?」

「はい。本日は《わたしが考えたUMA・未確認生物目撃ファイル》を、二本用意しております。つまり二本立てです」

「えっ……二本立て!?」

「はい。二本読んでいただきます」


 僕は「うっ……」と声を漏らした。


『クソブログ農場主ファーマー


 そんな言葉が僕の脳裏に浮かぶ。

 戸惑う僕の顔を、緑髪の少女がのぞき込んだ。


「どうしました、センパイ?」

「えっ? ああ……未確認生物のブログって、前回も似たようなブログを読まなかったっけ?」

「えっと、まあそうなんですけどね。でも今回のは、また別のシリーズなんですよ」

「別のシリーズ……?」


 僕が首をかしげると、みどり子はそのオレンジ色の瞳を輝かせた。


「はい。前回のは確か、『ボク』が考えたシリーズ。でも今回のものは、『わたし』が考えたシリーズ――なんですよね」

「えっと……。違いがあるようには思えないんだけど……」


 そう言って僕は顔を引きつらせた。


「とにかくセンパイ、どうぞ椅子にお座りください」


 文化祭特別対策室は、相変わらずこじんまりとした小さな部屋だ。

 けれど、木製のデスクと肘かけ付きの椅子は、なかなか立派なものが設置されている。

 そして、僕が座るための椅子も、みどり子が隣の教室から借りてきたようでバッチリ用意されていた。


 また、デスクの上にあるノートパソコンの画面には、みどり子のブログがすでにスタンバイされている。

 すべて準備万端――。

 そんな雰囲気なのだ。


 僕は覚悟を決めると、みどり子と椅子を並べて座った。

 そして二人でいっしょに、パソコンの画面をのぞき込んだのである。

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