052 『マッドサイエンティスト大森』の影響

 テーブルにたどりつくと銀髪の少女は、椅子を引いて僕を座らせる。

 続いてグラスをテーブルの上に置く芝居をはじめた。練習なので実際におやは使わない――『エアお冷や』である。


 それから灰音は「クククッ」と声を出しながら不敵に笑いだす。


 灰音が、また何か仕掛けてきたな……。


 そう思いながら僕は、椅子に座ったまま身構える。

 テーブルの脇に立つ銀髪の少女は、僕を見下ろしながら口を開く。


「――ときに、お客様」

「はい」

「今日、おぬしがこの店に来ることを、わらわは一年前から知っておったぞ」

「えっ?」

「『アカシックレコード』は、おぬしの来店を、あらかじめわらわに告げていたのだ……クククッ」


 そう口にすると灰音は、OFGを装着した左手で顔の半分を不敵に覆い隠した。

 なんとなく灰音のその仕草が、『マッドサイエンティスト大森』に似ているな、と思いながらも、僕は親指をくっと立てて言う。


「ああ、うん。その感じ、いいね!」


 灰音なのだが、おそらく最初に目にした中二病ウェイトレスである『白衣の女』の影響を、無意識ながら大きく受けているのだろう。

 銀髪の少女は、『マッドサイエンティスト大森』風味ふうみを、ほのかにき散らしながら、さらに接客を続ける。


「クククッ……ところでお客様」

「んっ?」

「ひとつ尋ねるが……」

「はい……」

「『アカシックレコード』とは何だ?」

「えっ……」

「悪いがアカシックレコードとはどんなものか、わらわに説明してくれんか、お客様」

「……しっ、知らないのか?」


 灰音は首を横に振り「知らぬ」と答える。

 僕は、「うっ……」と顔を引きつらせた。


 銀髪の少女は口元に手を当てて、「コホン」と小さく咳払いをすると話を続ける。


「お客様の姉様が、わらわに教えてくれたのだ――」

「な、何を?」

「ふむ。お客様がテーブルについたら、『アカシックレコードが来店を告げていた』と言って、とにかく不敵に微笑んでおけば、つかみはオッケーよ、と――。だが、肝心のアカシックレコードに関しては、何も教えてくれなかったからのぉ……」


 僕は脱力すると「ふぇぇ……」とテーブルに向かって倒れ込んだ。


 おうっ、姉よ!

 どうしてあなたは、いつも適当なんだ……。


 心の中でそうなげく僕――。

 灰音が心配そうな声を出す。


「冬市郎よ……大丈夫か?」

「ああ、うん、ありがとう」


 僕は身体を起こすと苦笑いを浮かべながら、質問されたアカシックレコードの簡単な説明をはじめた。


「灰音さあ、アカシックレコードってのは確か、『全宇宙の過去から未来のすべての出来事が記録されている』とかそんなやつだよ」

「ほぉ。記録――」

「ああ。超能力者みたいな人たちが、その記録になんらかの方法でアクセスして、未来の出来事なんかを読み取って予言とかするんだ」


 銀髪を揺らしながらこくりとうなずく灰音。納得したという表情。


「ふむ。アカシックレコードとはそういうものであったか。とにかくそれにアクセスすれば、予言が出来るようになる――ということだな」

「まあ、ざっくり言うとね」

「うむ。知らなかったぞ、ありがとうだ、冬市郎」


 お礼を言われた僕は微笑み、「うん」とうなずく。

 すると灰音が、再び不敵に笑い出して言った。


「クククッ……お客様よ」

「はい」

「まあ、おぬしが今日この店にやってきて、アカシックレコードの説明をしてくれることは、あらかじめわらわは知っておったのだがな……」


 僕は胸の前で腕組みをして尋ねる。


「ほお……。ちなみに、どうやってそれを知ったんだ?」

「クククッ……それは、わらわが事前にアカシックレコードにアクセスし、おぬしがアカシックレコードの説明をわらわにしてくれることを予言したのだ。そうやって知った……クククククッ」


 僕は眉間にシワを集合させると心の中で、


『んっ? つまり……どういうこと……?』


 と、つぶやく。

 そして、首を大きく捻るのだった。


「灰音。まあとにかく、お客さんをテーブルに案内するところまでは、これで終了ということで――」

「ふむ」

「じゃあ次は、注文をとってみようか」


 銀髪の少女は僕の言葉に、こくりとうなずいておかっぱ頭を揺らす。


 灰音であるが、彼女は店長である姉・美冬から、接客の簡単な手ほどきを受けている。

 それに、マッドサイエンティスト大森の接客を、その目で実際に見ていた。

 だから、この店の注文のとりかたを、ぼんやりとは理解しているようだ。


 まず彼女は、お客様役の僕に例の『バイザー型サングラス』を手渡した。

 この店では単純に『メガネ』と呼ばれているものである――。


 続いて灰音は、僕の前にメニュー表を置く。

 コーヒーとソフトドリンクが少し記載されているだけの、妙に余白が目立つリストだ。

 銀髪の少女は僕に、メガネをかけてそのメニュー表を眺めるよう、うながした。


 言われた通り僕は、近未来的なデザインのサイバーなメガネをかけてメニュー表を眺める。

 余白部分に浮かび上がる隠し文字。

 中二病喫茶『ブラックエリクサー』が誇る特殊なバイザー型サングラスは、『シークレットメニュー』の存在を明らかにする。


 ――これがこの中二病喫茶特有の、無駄にひと手間多い注文までの道のり。


 やがて僕は、シークレットメニューの中からひとつを選んだ。

 それは、


『穀物を包みし黄色き被膜ひまく


 という名の料理――。


 つまり、オムライスだ。


 注文を受けた銀髪の少女は、オーダーを厨房に伝える芝居をするために、一度テーブルの前から立ち去った。

 そしてメガネをはずした僕が、ひとりでしばらく待っていると、灰音が赤い改造和服をひらひらと踊らせながら、店の奥から戻ってくる。


「クククッ……お待たせしたのぉ、お客様よ。これが、『穀物を包みし黄色き被膜』だ」


 彼女はオムライスをテーブルの上に置く芝居をした。

 練習なので『エアオムライス』である。本当にオムライスがあるわけではない。

 銀髪の少女は、僕の顔をのぞき込んでニヤリと微笑む。


「クククッ……料理が運ばれてきたときのお客様のその表情かお……。まるで、三日ぶりの食事にありついた――といった感じだったのぉ。なあに、必死に顔に出ないよう隠しておっても、わらわにはわかるぞ。待たせて本当にすまなかった……クククッ」


 店長に仕込まれた演技なのか、灰音のアドリブなのか――。

 それは、僕にはわからなかった。

 銀髪少女の『中二病接客』は続く。


「さあ、お客様よ! 今日だけは腹を空かせた赤子のように、無心になってむしゃぶりつくことを許可しようではないか!」


 そう言って彼女は、その場でバサッと大きく両腕を広げると、胸を張ってさらに続ける。


「なあに、組織の奴らが毒を盛った可能性なら考えなくてもよいぞ! おぬしがちゃんと代金を支払う限り、食べ物の安全だけは保証してやるからのぉ、クククッ!」


 やはり、灰音の接客の中には、マッドサイエンティスト大森の影響がチラチラと見え隠れしているようだった。

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