050 ガラス扉越しの接客

 店の外に閉め出されたまま僕は思う。


 ――このような人物を相手に、本当に自分などで試験官が務まるのか?


 そんなふうに不安になりながらも、僕は話を続けた。


「でも、灰音。このままでは『接客テスト』をはじめられないってことはわかるよね? お客さん役の僕が、店の中に入れないんだから……」

《ふむ、そうだのぉ。しかし、せっかくだからこのまま、『お客様を店の中に入れず、ガラス扉越しに接客をする喫茶店』というカタチで、ひとまずテストをしてみる――というのはどうだろうか?》

「えぇ……灰音……何を言っているの? 発想が斬新ざんしん過ぎて僕、涙が出てきたよぉ……」

《ふふっ。きっと、姉様の狙い通り、『お客様が予想のできない接客』ができるのではないか?》


 予想のできない行動をとらなくてはいけない――。

 そんな使命感とプレッシャーが、銀髪少女を狂わせ迷走させている。

 そのことは僕も理解できた。


 しかし、それにしたって灰音は、いくらなんでも予想外の行動を狙い過ぎだろう。

 僕は、あさっての方向に走りはじめたこの接客を軌道修正しようと、灰音の説得を試みる。


「あの……灰音。ガラス扉越しの接客ってさあ……もしコーヒーを注文したら、店内のテーブルにコーヒーが置かれるのを、お客さんは外からガラス越しに眺めるのかなぁ?」

《ふーむ。そういうことになるのかのぉ……》


 灰音はアゴの下に手を当てて、《むぅ……》と唸りながら考え込んだ。

 店の外から僕は、さらに話を続ける。


「なあ、さすがにそれは、喫茶店としては突き抜け過ぎている気がしないか? 自分で注文したコーヒーをガラス越しに眺めるだけの店になっちゃうよ?」

《うむぅ……》

「そうなると、きっと今以上にお客さんが来なくなっちゃうよね? 自分で注文したコーヒーを飲めないんだからさあ」


 灰音は、《ふむ、確かに――》と小さくうなずいた。


《わらわは、姉様から予想できないことをしたらいいとは言われておった。だが、さすがにお客様を店から閉め出すのは、やり過ぎだったかのぉ……》

「まあ……ね」

《すまぬ、冬市郎よ。わらわはこの接客テスト、最初から失敗してしまったようだ》


 銀髪の少女が、僕に向かって深々と頭を下げた。

 ガラス扉越しに目にするおかっぱ頭が、くやしそうに震えている。

 彼女をフォローしようと、僕は慌てて優しい言葉をかけた。


「だ、大丈夫だよ、灰音。今回の失敗は、えてめた行動をしたからこその失敗だ。前向きな失敗だったと思うし、たぶん悪いのは灰音じゃなくて、変なことを吹き込んだ僕の姉ちゃんだからさ」

《ふむ……ありがとうだ、冬市郎よ。失敗したわらわをなぐさめてくれておるのだな》


 ガラス扉の向こうから届いた灰音の言葉に、僕は「お、おう……」と照れる。


《しかし、こちらの世界の時雨風月は、出会ってからまだまだ日が浅いというのに、ずいぶんとわらわに優しいのぉ》

「へっ?」

《いや、なに。あちらの世界の時雨風月はのぉ、出会ってからお互い心を通わせるまでは、本当に困った奴だったのだ》

「そ、そうなんだ……」


 それから灰音は、扉の鍵に手をかけながら話を続ける。


《うむ。わらわの食べかけの食事を奪っていったり、川で水浴びをしておったわらわの服を口でくわえて盗んでいったりしたのぉ》

「べ、別の世界の僕……変態じゃねえか……」


 ガラス扉の外側で僕がそうつぶやくと、灰音は《ふふっ》と笑いながら鍵をカチャリと開けた。


《まあ、それと比べたら、こちらの世界の時雨風月――いや、冬市郎は最初からとても優しいと思うぞ》


 そう言って銀髪の少女は、微笑みながら扉を動かすと、僕を店内へと迎え入れたのだった。




 店内に戻った僕の背後で扉が閉まる。


 カランコロンという、いつものノーテンキなドアベルの音。

 そんなものを背中で聞きながら、目の前に立つ赤い改造和服を身につけた少女を見つめた。


 ガラス扉越しではなく、直接目にする灰音の姿。

 微笑んでいる――。

 だが、ややうつむき加減であり、僕の目に彼女は、どことなく落ち込んだ様子に映っていた。


 スラリと長く美しかった少女の首。

 それも今では、周囲を警戒しはじめた気弱な亀のように、どこか自信なさげな様子で縮んでいるようにも見える。


 灰音……しょんぼりしているのか?

 たった一度の失敗で、精神的なダメージを受け過ぎではないか?


 心の中でそうつぶやきながら、僕は「うーん……」とうなった。


 ――普段の灰音の、キリリっとした見た目やその言動。

 そこからは想像し辛いが、実は彼女はメンタルがわりと弱い人なのではないか……?


 そんなことを思いつつ、僕は眉間にシワを寄せる。


 一方で灰音は、ときどき自身の髪をいじったり、スカートのすそをつかんだり。

 そして、もじもじと身体を揺らしたりしながら、何やら大人しい様子だ。

 彼女は、僕の出方をうかがっているようだった。



『接客テストの試験官を、店から閉め出してしまった』



 そんな失敗がやはり、彼女の中ではまだ尾を引いているのだろう。


「……じゃあ、灰音。今度こそ接客の練習をはじめよう」


 僕がそう口にすると、銀髪の少女は小声で「うむ」と返事をしてうなずく。


「それでは、お客さん役の僕が扉を開けて店の中に入って来たところからスタート――ということでいいかな?」

「うむ」

「……もう僕は、この扉の外には出ないけど、いいよね?」

「うむ」

「じゃあ、店内からスタートで。灰音は、僕をお客さんとしてテーブルに案内する。とりあえず、そこまでやってみよう」

「うむ」


 僕は再び店から閉め出されることを警戒して、接客テストの段取りを丁寧に確認していく。

 対して灰音は、僕が口にする言葉にすべて、「うむ」と本当に素直な調子で、こくりこくりとうなずき続けた。


 今ならどんな無茶を言われても彼女は、「うむ」とうなずいて、素直に受け入れるかもしれない。

 試験官である僕に対して、灰音がそんなにも従順な態度で接しているのは、『なんとしてもこの中二病喫茶で働きたい』という想いからだろうか。


 また、銀髪少女のそんな『しおらしく従順な態度』は、僕の足の裏たちの心にも影響を与えていたようだ。


「アノ子ニ、コレ以上、変ナ失敗ヲサセタクナイナ」と右足が言う。

「アア、合格シテホシイ。彼女ニハ、コノ喫茶店ノ救世主ニナッテモライタイ」と左足が続ける。


 この接客テストを成功させ、この店で胸を張って働きたい――。

 少女のそんな健気けなげな想いが、ここに来て足の裏たちの心まで揺り動かしていた。

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