042 そんなしゃべり方だったっけ?

 周囲かられ物を触るように扱われるということ――。

 それを僕は、経験としてよく理解出来た。


 やがて僕は、高校での人付き合いが面倒臭くなり、クラスメイトたちから完全に距離をとり続ける。

「僕のことを犯罪者扱いするのなら、もう勝手にやってくれ」と、自暴自棄になりながら。


 自分から心を閉ざしてしまえば、一人になるのはあっという間だった。

 クラスメイトたちの方からこちらに近づいて来ることはなくなり、誰も話しかけてこなくなる。


 そして教室内で孤立した僕は、クラスメイトたちの誤解を解こうという気力を、もはや完全に失っていたのだった。


『印場冬市郎が一番の容疑者であり、二番目が栄町樹衣菜。あるいは、二人は共犯』

『印場たちが犯人であることは間違いない。だが、決定的な証拠がないせいで、二人は処罰されないらしい』


 愛名高校に通う生徒たちの間では、すでにそのような結論が出ていた。


 僕は、皆から『犯罪者』とみなされる。

 学校中がそういった雰囲気に包まれると、わざわざ世論に逆らって「いやいや、印場冬市郎たちの他に犯人がいるのでは?」と検証し直す人間も特に現れなかったようだ。


 その頃の僕は、教室の隅でそっと息を殺して毎日を過ごしていた。

 それが一番楽な方法だと心の底から思い込み、実行していたのだ。


 入学早々はじまった孤独な生活。

 教室の空気となるために努力を払う日々。


 僕が自宅の色あせた畳の上で、足の裏たちと会話できることを知ったのはそんな時期だった。


 おいおい、足の裏がしゃべりやがった!

 追い込まれ過ぎて、僕の頭はついにイカれたんだ!


 そう考えた僕は、足の裏たちのことを誰にも相談せずに過ごした。

 相談すれば病院に連れて行かれる。万が一、入院ともなれば、学校を休むことになるかもしれない。

 もし長い間、学校に顔を出さなければ、


『あの泥棒、とうとう捕まったのか? 停学処分か?』


 と、さらに悪い噂が広がることは目に見えていた。


 ――当時の僕は思った。

 この状況で、「停学じゃねえよ、足の裏がしゃべり出したから入院するんだ!」なんて説明をしたところで、いったいどこの誰が信じるのか?

 僕だって僕の言うことを信じねえよっ!


 ――八方ふさがりな日々。

 甲高い足の裏たちの声を耳にしながら、僕は孤独に過ごす。




 そんなある日のことだった。

 放課後。手早く帰り支度を済ませると、僕は誰よりも早く教室を飛び出した。

 足早に廊下を歩く。そして、下駄箱で靴に履き替えようとしたところで、突然背後から声をかけられた。


「あ、あのっ!」


 靴を手にしたまま、僕は振り返る。

 そこに立っていたのは、僕と同じように孤独な高校生活を送っていた黒髪ポニーテールの少女だった。


「印場くん、ちょ、ちょっと待ってくださいッス!」


 そう口にした栄町樹衣菜は、両頬を赤く染め、肩で息をしていた。

 おそらく彼女は、教室から飛び出した僕を追いかけるために慌てて帰り支度を済ませ、そして急ぎ足でここまでやってきたのだろう。


 僕は驚き困惑しながら尋ねた。


「さ、栄町さん!? いったいどうしたの?」

「その……印場くん。か、か、帰る前に少しだけ、自分の話を聞いてほしいッス!」


 キーナはどこか緊張した口調でそう言うと、手にしたカバンの持ち手を、きゅっと握りしめる。

 僕は靴を手にしたまま、「え?」と小さく声を漏らして固まった。

 そのまま僕たち二人は、しばらく見つめ合う。

 僕とキーナ以外、まだ誰も訪れていない下駄箱に短い沈黙が訪れた。


 僕たちが会話を交わすのは、久しぶりのことだった。

『二人は共犯』という嫌な噂が流れていたせいで、僕とキーナはそれまで、どちらからともなく接触を避けていたのである。


 沈黙が続く中、このままでは話が進まないと、僕は一度ごくりとツバを飲み込んでから口を開いた。


「あ、あの、栄町さん……。なにか話があるのなら、もちろん聞くけど……」

「聞いてくれるんスか? よ、よかったッス」

「ああ、うん……。でも、その前にひとつだけ質問してもいいかな?」

「なっ、なんスか?」

「そのぉ、さっきからすごく気になっているんだけど……栄町さんってそんなしゃべり方だったっけ?」


 僕がそう尋ねるとキーナは、もともと赤らめていた両頬を、さらに赤くしながらこう答えた。


「と、とりあえず自分のこのしゃべり方は……き、気にしないでほしいッス!」


 そう言い終えると彼女は、頬をややひきつらせながら不器用な微笑みを浮かべる。

 僕からの質問を、なんとか笑ってやり過ごそうとしているかのような、そんな雰囲気がただよう。


「いや、気にするなって言われてもなあ……」


『ス』を付ける彼女の話し方に、どうにも違和感を抑えられない僕。

 彼女が自身のことを『私』ではなく『自分』と呼ぶようになっていることも、気になって仕方ない。


 一方でキーナは、その薄桃色の唇を動かし話を続ける。


「それで、話というのはッスね……。印場くん、もしよかったら自分といっしょに『ジャーナリズム研究会』に入らないスか?」


 少女の口から告げられた思いも寄らぬ提案。


「えっ!? ジャーナリズム研究会?」


 僕は首をひねりながら、思わずそう聞き返した。


「そうッスよ、ジャーナリズム研究会ッス。印場くん、確か部活はどこにも入っていないッスよね?」


 僕は、こくりとうなずく。


「ああ、うん。確かに僕は部活には入っていないけど……」

「なら、自分といっしょにジャーナリズム研究会に入るッス!」

「えっ……。いや、でも……さすがにジャーナリズム研究会って……」


 僕は正直、困ってしまった。


『彼女から投げかけられた唐突な提案を、どのようにしたらうまく断れるだろうか?』


 当時の僕は、困惑した表情を浮かべながら、そんなことを考える。

 しかしキーナは、僕のそんな反応を、ある程度予想していたのだろう。


「印場くんが戸惑うのも、まあ当然ッスよね」


 そう言いながら彼女は、うんうんとうなずくと話を続ける。


「印場くん、とにかく詳しい説明は、移動してからするッスよ」

「移動?」

「はいッス。その靴を下駄箱に戻して、ちょっと自分の後をついてきてくださいッス」

「えっと……ついてきてって、いったいどこへ行くの?」


 僕がそう尋ねると、キーナは「ふふっ……」と静かに笑った。

 どこか不敵さを含んだその微笑み。

 それから彼女は、コホンと一度だけ可愛らしい咳払いをした後で、こう答える。


「行き先は、旧校舎ッスね」


 そしてキーナは、戸惑う僕に向かって、くいくいと手招きするのだった。

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