032 どこかでお会いしましたか?

 やがて、注文した品をすべて食べ終えると、灰音は満足げな表情を浮かべて口を開く。


「ところで冬市郎よ。わらわはひとつ、気がついたことがあるぞ」

「気がついたこと?」

「ふむ。中二病ウェイトレスの特徴なのだが、この喫茶店のウェイトレスは皆、おそろいの制服ではなく、独自の衣装を身につけておる」


 灰音の指摘してきに、僕は苦笑いを浮かべながらうなずく。


「ああ、うん……まあね。だから中二病喫茶というよりは、『コスプレ喫茶』みたいな雰囲気になってしまっているんだけど……」

「ふむ。もしそれが中二病ウェイトレスの特徴というのならば、実はわらわも、人とは違う独自の衣装を持っておるぞ」

「えっ? 独自の衣装?」

「うむ。しかも今、その衣装はここにある。常に持ち歩いておるのだ」


 そう口にすると灰音は、こげ茶色のトランクを、トントンと軽く叩いて微笑んだ。

 僕は、目をパチクリさせながら訊き返す。


「えっ……衣装を持ち歩いている?」

「ふむ。そこで、冬市郎よ。わらわも皆のように独自の衣装に着替えてもよいか?」

「き、着替える?」


 突然の提案に、僕は戸惑った。

 銀髪の少女は、その大きな胸の下で腕組みをすると話を続ける。


「うむ。おぬしは確か中二病のウェイトレスを探しておるから、わらわに声をかけたのであろう?」

「うっ、うん……まあ」

「わらわがおぬしの言う中二病なのかどうか、それは正直わからん……。だが、もしもおぬしの助けとなるのならば、『ここでウェイトレスとして働いてもよい』と、本日結論を出した」

「えっ!? ほ、本当にいいのっ!?」


 僕は椅子から立ち上がると、両目を大きく見開いた。

 嬉しすぎて、その目はきっと、キラキラと輝いていたのではないだろうか。


 一方で灰音は、僕のそんな反応を目にして、少し照れ臭そうに銀髪をかき上げる。


「ふ、ふむ……。まあ、おぬしとは、そういう取り引きをしていたのだからな。だが、ここで働くには、おぬしの姉様に『中二病』と認めてもらう必要があるのだろう?」

「ああ、まあね」

「ならば、わらわも自分の勝負服で、姉様の審査に挑みたい」

「いや……まあ着替えなくったって、普段から左手にOFGをはめている女子高生って時点で、たぶん合格だと思うけど……」


 すると、ふわっとした茶色い巻き髪を揺らしながら近づいてくる人影が――。

 姉の美冬が、僕たちのテーブルへやって来たのである。

 黒いゴスロリ風の衣装を身につけ、右目に白い眼帯をし、左腕を包帯でグルグル巻きにしている二十五歳のこの店の最高責任者だ。


 ちなみに眼帯で隠している右目には、『魔力の込められたルビー』が埋め込まれている――という設定がある。


『本当の愛を知ると、右目のルビーは割れてしまう』


 そんな設定も昨年のクリスマスイブに追加されたため、僕の姉は右目のルビーを割らないために恋人は作らないのだ。


「クククッ……冬市郎。今の話、しかと聞かせてもらったわ」


 そう言いながら、片手で不敵に顔を覆う姉。

 僕は抗議するような視線を彼女に向ける。


「姉ちゃん……盗み聞きしてたのかよ?」


 僕がそう言うと、姉はバサッと両手を広げた。

 そして、豊かな両胸を揺らしながら派手に笑い出す。


「HAHAHAッ! 盗み聞きだとぉ? 人聞きの悪い……盗み聞きなどしなくとも、私の領域テリトリーであるこの店内での会話は、とある特殊な能力ですべて自動的に耳に入ってくることになっているのさっ!」


 僕は首をかしげて言う。


「うーん……。中二病を演じているつもりなんだろうけど、姉ちゃんのは何か違うんだよなあ……」


 しかし、姉は構わずに話を続けた。


「クククッ……冬市郎。あんたが連れて来たその女の子ぉ! 私の方でテストさせてもらうわっ!」

「なっ!?」


 僕が驚いていると、灰音が椅子から立ち上がる。

 そして、銀髪の少女は、姉に向かってぺこりと頭を下げた。


「ふむ。冬市郎の姉様、どうかよろしくお願いします」

「クククッ……よろしい。確か…………キヨコさん……だったかしら?」

「灰音と申します」

「ああ、ごめんごめん。灰音ちゃんね」


 それから姉はニヤリと笑うと、灰音の腕をガバッとつかむ。


「では今から、この銀色の愚かな仔ウサギちゃんを『漆黒の更衣室』へと案内しようではないかっ! ふははははっ!」


 そして灰音は、姉の美冬によって、さらわれるように店の奥へと連れて行かれたのだった。




 灰音がその場からいなくなると、僕はなんだか、どっと疲れを感じてしまう。そして、ぐったりと椅子にもたれかかりながら、仕方なく一人で過ごしていた。

 すると突然、声をかけられる。


「ねえ……」


 僕には、なんとなく聞き覚えのある声だった。

「んっ?」と首をかしげながら、僕はその声のした方向に視線を向ける。


 そこに立っていたのは、例の怪しげなお客さんだった。

 ニット帽を深々と被り、顔を大きなマスクで覆っている。


 そして、その怪しげなお客さんは、椅子に座る僕との距離をジリジリと詰めてきたではないか。

 僕は恐るおそる尋ねる。


「……あ、あの? どこかでお会いしましたか?」


 すると、怪しげなお客さんは、こう答えた。




「ええっ……。この世界とはまた別の世界で……」




 大慌おおあわてでうつむくと、僕はそのお客さんから視線を外す。


 ……おっと、いけない。

 こいつはまた、ヤバそうな人のご登場だ……。


 僕は下唇を噛みしめると、両膝をカタカタと震わせた。

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