031 逆転の一手

 注文した品々がテーブルに運ばれてくるまでの間、僕と灰音は他愛のない会話を続けていた。

 そんなときだ。

 異世界から迷い込んだ女戦士(妹系)が、再び動き出す。


 身にまとった鎧と、腰から下げた戦斧トマホーク

 それらをカチャカチャと鳴らしながら、再び店内を歩きはじめる金城さん。

 ツーサイドアップにした桃色髪を揺らし、窓際の席へと向かう。


 そして、その席で待ち構えているのは……例の怪しげなお客さんであった。

 スプリングコートを脱いだときに、女性らしきボディーラインをお披露目ひろめしたあの人物だ。

 相変わらずニット帽を深々と被り、顔をマスクで隠したまま、大人しく椅子に座っている。


 明らかに奇妙な二人が、今にも再び相見あいまみえんとする様子。

 そんなものを見守りながら、僕はごくりと唾を飲み込んだ。


 薄手のセーター越しに見える胸のライン――。

 それを目にすれば金城さんも、さすがにあのお客さんを男とは間違えないだろう……なんてことを思いながらである。


 やがて金城さんが、怪しげなお客さんの前にたどり着いた。

 そして案の定、戸惑いながら彼女は首をかしげる。


「……あっ、あれ? ひょっとして、女の人!? ……じゃあ、わたしのお兄ちゃんは!? あれれ?」


 男性だと思い込んでいたお客さんが、どう見ても女性――。

 当然、女戦士は困惑顔である。


 しかし金城さんは、すぐに普段通りの、にこやかな表情へと戻った。

 それから身につけた武具をカチャカチャと鳴らしながら、優しげな微笑みを浮かべて、お客さんに詰め寄る――と。

 さらに彼女は、そのまま止まることなく自身の顔を、お客さんの顔へゆっくりと近づけていった。


 もう、鼻先が触れてしまいそうなほどの至近しきん距離で、顔を見合わせる女戦士と怪しげなお客さん。

 そこまで迫ると金城さんは、妙に静かな声で、お客さんにこう尋ねる。




「ねえ……わたしのお兄ちゃんは……どこ?」




 そして、そう言い終えると金城さんは――。


「ふふっ……うふふふふっ……」


 と静かに笑い出した。


 なんだか……ホラー映画のワンシーンのようだった。

 お客さんは、その奇妙な雰囲気におびえたのか、今にもひっくり返りそうな勢いで、椅子の背にもたれ掛かる。


 続いて金城さんは、『オノグニール』と名付けられた腰の斧に手をかけた。

 そしてひたい青筋あおすじを走らせ、にこやかな笑顔からブチ切れたような怒り顔へまたたく間に変わると、お客さんに向かって大声を浴びせる。




「おい、お前っ! わたしのお兄ちゃんを、どこに隠したっ!」




 豹変ひょうへん

 感情の階段を、一瞬で五段も六段も駆け上がったかのような急激な変貌へんぼう

 異世界からやって来た女戦士が、あっという間に狂戦士バーサーカーと化した。


 彼女の怒声どせいを耳にして、僕の背中にハラハラと冷たいものが走る。


 おっ……おい、金城さんっ!

 斧に手をかけながらの接客って……それ、どんな接客だよぉっ!?


 心の中でそう叫びながら、僕は自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。

 ほんの数分の間に、『困惑』『微笑み』そして『ブチ切れ顔』へと、情緒じょうちょ不安定に表情を変えた異世界の女戦士(妹系)が、腰の斧を強く握りしめる――。


 そんな彼女に詰め寄られたお客さんは、椅子に座ったまま大きく後方に、のけぞり続けた。

 金城さんの方は、さらに追い打ちをかけるかのごとく、大声を出す。




「お前っ! わたしのお兄ちゃんを返せっ!」




 カチャカチャと鎧が鳴り、桃色髪が激しく踊った。

 もう……無茶苦茶だ。


「ひっ、ひい……」


 と、入店後はじめて声を出す怪しげなお客さん。

 やはり女性の声のようである。


 すると次の瞬間――。

 突然、金城さんの動きが止まった。


 女戦士(妹系)は、苦しそうな表情を浮かべ、弱々しい声でこうつぶやく。


「おっ……お姉ちゃん。はっ、早く逃げて……」


 そう言いながら頭を抱える金城さん。

 さりげなくお客さんの呼び方が、「お兄ちゃん」から「お姉ちゃん」に変更されている。


 金城さんは、ぶるぶると身体を震わせた。

 そして、何かにおびえているかのような様子で、彼女はこう続ける。


「あっ、いやっ! ううっ……あっ……あの子が出て来ちゃうっ! わ、わたしの前からお兄ちゃんがいなくなったせいで……わ、わたしの中に封印されている『もう一人のわたし』が、表に出て来ちゃうっ!」


 お客さんは、椅子にもたれ掛かったまま沈黙していた。

 女戦士の方は、カチャカチャと鎧を鳴らしながら床にしゃがみ込むと、苦しそうな声でこう言う。


「うう……とても悪い奴が出てきちゃう……だ、だから、お姉ちゃん……わたしが、もう一人のわたしを押さえつけている間に、できるだけ遠くに……逃げ……て」


 お客さんとイカレた店員のそんな様子を、僕は黙って見守る。

 相変わらず背中には、冷たい汗がずっと流れ続けていた。


 金城さん……。

 な、なんスか、その芝居……?


 僕は心の中で、一旦いったんはそうつぶやいた。

 だが――。


 ……いや、待てよ。

 ひょっとして金城さんは、軌道修正しようとしているのか?


 僕は、すぐにそう思い直した。

 そして、金城さんの言動をもう一度思い出しながら、考察してみる。


 うーん……。

 自分の中に封印されし『もう一人の暴力的な自分』が、表に出てきたというこの演技――。


 たぶん金城さんは、そんな中二病的な設定を、わざと大胆だいたんに演じることで、お客さんに最初に抱かせてしまった『妹喫茶』的な印象を一気に吹き飛ばし、なおかつ同時に、『中二病喫茶』的な雰囲気を、これでもかと最大限にアピールしているんだっ!


 おそらく、そんな僕の考え通りなのだろう。

 金城さんの演技はまさに、『軌道修正のために放った逆転の一手』だったのだ。


 妹喫茶と間違えたまま、『妹キャラ』で接客を続けてしまったミス。

 そして、女性客を男性客と間違え、「お兄ちゃん」と呼び続けてしまったミス。


 金城さんは、この『ふたつのミス』を上手く結び付け、逆に利用してみせたのである。

 彼女は、


『お兄ちゃんがいなくなることで、苦しみ出す二重人格の中二病妹キャラ』


 を咄嗟とっさに思いつき、アドリブで演じはじめたのだった。

 僕は、そんな金城さんの行動に深く感動する。


 さて――。

 今、お客さんの目の前にいるのは『妹喫茶のウェイトレス』だろうか?

 それとも、『中二病喫茶のウェイトレス』だろうか?


 ああ……。

 これは絶対に後者である。

 金城さんは今、『中二病のウェイトレス』を完璧に演じているんだっ!


 そうやって僕は、金城さんのことを見直した。

 しかし……。

 僕は、あることにすぐ気がついて、顔を引きつらせる。


 あれ? 金城さん……?

 確かに一発で、『妹喫茶』の雰囲気をすべて吹き飛ばしたよ……。

 そして、お客さんを『中二病喫茶』の雰囲気へ連れ戻すことに成功もした。

 でも……。



『異世界から来た女戦士』って設定は、どうなったの?



 僕は、「はあ……」とため息をつく。

 一方で金城さんは、鎧をカチャカチャと鳴らしながら芝居を続けていた。


「あっ、あの子が表に出て来ちゃう……くそっ、こうなったら、この場所からわたしが立ち去った方が早いっ!」


 床から立ち上がった女戦士はそう言い残すと、テーブルから離れ「うー」だの「あー」だの、苦しみもだえながら店の奥へと消えていった。

 残されたお客さんはその場で、ぽかんと固まっている。


 再び、静けさを取り戻した店内。


 僕の向かいの席では、灰音が小さく首をかしげていた。注文を終えているので、もう例のサイバーなメガネはかけていない。

 そして、それまでずっと黙っていた銀髪少女は、僕にこう尋ねてくる。


「冬市郎よ、ひとつ質問してもよいか?」

「んっ?」

「もしかして、今のあれが中二病というやつなのか?」


 どう答えたら良いのだろうか……?

 僕は腕組みをしながら唸る。


「うーん。そんな気もするんだけど……。でも、もしかすると今のあれは、中二病というより、ただのおかしな人という可能性も……」

「ふーむ……それは奥が深いのぉ」


 灰音はくちびるをとがらせ、眉間に小さなシワを寄せた。




 しばらくすると、黒髪と白衣を揺らしながらマッドサイエンティスト大森がやって来る。

 彼女はテーブルに注文の品々を並べた。

 そして、すべてを並べ終えると、鋭い衣擦きぬずれの音を、バサッと無駄に響かせ白衣をひるがえし、店の奥へと戻って行く。


 灰音と僕の前に並んだのは、『ほど温かい漆黒の雫の集合体』という名のブレンドコーヒーが二杯。

 それと『溶けはじめしダークマターの欠片』という名のチョコレートアイスが一皿であった。

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