029 異世界の女戦士・金城

 新たなるお客さんの来店に、入り口付近の壁に掛けられたコウモリのオブジェが反応した。

 コウモリは、例のごとく両目を、ひっそりと赤く光らせる。

 だが――。

 やはり仕掛けが地味過ぎて、お客さんはまったく気がついていない。


 そんな中、お客さんを出迎えたのは、西洋ファンタジー風の鎧を身につけ、腰に戦斧トマホークをぶら下げた『女戦士』のような姿の女性だ。

 桃色髪をツーサイドアップにした金城きんじょうという名前のアルバイト店員である。


 彼女は中肉中背で、顔だけ見れば、やや童顔の可愛らしい雰囲気を漂わせた人物。

 少し丸顔で血色が良く、『きっと小学校時代は、飼育係を務めながらニコニコと小動物たちを愛でていたのではないか』なんてことを周囲に思われても不思議ではないような、優しげな印象の女性。

 けれど首から下は、斧と鎧で物々しく武装しており、身体を動かすたびにカチャカチャと音が鳴る。


 金城さんは、マッドサイエンティスト大森と同じく、十九歳のフリーターであった。

 そしてこの中二病喫茶で働く人間には、一人ひとりに設定が必要である。

 だから、


『異世界からこちらの世界に迷い込んでしまった女戦士』


 という設定で、彼女には働いてもらっていた。


 そんな異世界の女戦士・金城――。

 彼女は桃色髪を揺らし、迎え入れたお客さんにお辞儀をしながら、元気よくこう口にした。




「おかえりなさい、っ!」




 店内に響く底抜けに愛らしいその声。

 僕はそれを耳にして、椅子に座ったまま頭を抱える。


 ああ、金城さん……。

 やっぱり今日も駄目だった。まだ、くせが抜けていないのかぁ……。


 僕がそう思うのには理由があった。

 金城さんなのだが、この『中二病喫茶』で働く以前は、『妹喫茶』というところで働いていたらしい。

 そして彼女は、そのときの癖がまだ完全に抜けていないのだ。

 おかげで、お客さんのことをたびたび『お兄ちゃん』と呼んでしまい、異世界からやってきた『妹系』女戦士となってしまう。


 やって来たお客さんであるが、案の定ものすごく戸惑っている様子だった。

 無理もない――。

 中二病喫茶に来たはずなのに店内に足を踏み入れるなり、腰に斧をぶら下げた女戦士から「お兄ちゃん」と呼ばれてしまっては、その設定をすぐには飲み込めずに混乱もするだろう。


 ここは『妹喫茶』なのか、それとも『コスプレ喫茶』なのか――そもそも『中二病喫茶』ってなんだよ、と店のコンセプト自体がわからなくなるのも仕方のない出迎え方だった。

 しかし混乱させた当の本人は、桃色髪と腰の斧を揺らしながら、ニコニコとお客さんに向かって微笑んでいる。


 やって来たお客さんだが、どうやら一人で店に来たようだった。

 ずいぶんとゆとりのあるニット帽を深々と被っており、大きなマスクで目の下からアゴまでを、すっぽりと覆っている。

 そして、スプリングコートを着込んでいて、なんだか全身を故意に隠しているかのような、そんな印象を僕に抱かせた。


 怪しい――。

 これは正直、ずいぶんと怪しげな格好ではないか……と僕は目を光らせる。

 強盗だったら嫌だな。

 うちの店には金なんてないぞ! 本当にないぞ! と不安にもなった。


 そして、心の中でそんなことをつぶやきながら警戒を強めていると……。

 怪しげなお客さんがその手に『黒い革のトランク』を握りしめていることに気がついた。


 はあ……? トランクを持っている……だと?

 あのお客さんといい、灰音といい、革のトランクって流行っているのか?

 いやいや、そんなわけはないだろう……。たまたまだ。


 そうは思いながらも、僕はさらに警戒を強める。


 一方で異世界からやって来た女戦士(妹系)は、いちごのような甘い香りのする桃色髪を可愛らしく揺らし、ずいぶんとラブリーな雰囲気を漂わせながら、怪しげなお客さんの応対を続けていた。


「お兄ちゃんには、あの窓側にあるとりでを死守してもらいたいんだけど、いいかな?」


 言いながら彼女は、窓際のテーブル席を指差す。

 要するに『あの席でいいか?』と、お客さんに尋ねているのである。


 ゆったりとしたニット帽を被ったそのお客さんは、戸惑いながらも、こくりこくりとうなずいた。

 そして女戦士は、窓際の席までお客さんを誘導しはじめる。

 身につけた斧と鎧が、カチャカチャと再び店内に鳴り響いた。


 さて――。

 異世界の女戦士・金城が、腰から下げている武器『トマホーク』だが、もちろん安全な素材で軽量に作られたレプリカである。

 店内の壁にディスプレイとして飾られている『ドラゴンキラー』や『ゾンビキラー』のレプリカと同じく、店長である姉・美冬がどこぞの店で調達してきた斧であった。


 そして、姉がその斧に与えた設定はこうだ。



《異世界の北欧に住んでいた暗黒神『デス・オーディーンΩオメガ』が、長年愛用していた槍『グングニール』から、わざわざ持ち替えたほどの斧。



 ――その斧の名は『オノグニール』



 オノグニールは、デス・オーディーンΩオメガが、異世界の勇者パーティーに倒された後、戦利品として奪われた。

 しかし、勇者たちの中に斧を使用する者がいなかったため、また、「斧はダサい」という風潮ふうちょうが昔から勇者パーティーの中に蔓延まんえんしていたこともあって、町の武器屋であっさりと売り払われる。


 その後、紆余曲折うよきょくせつあって、異世界から来た女戦士と共に、こちらの世界へと流れ着いたのだった》


 そんな『オノグニール』と名付けられたトマホーク――。

 それを腰にぶら下げた女戦士・金城。

 怪しげなお客さんは、斧で武装した女性の誘導で店内を移動する。


 僕は、その様子を目で追い続けた。そして、怪しげなお客さんが着席するまでをきっちりと見届ける。

 すると、僕の向かいの席に座る灰音が、こう話しかけてきた。


「のぉ、冬市郎よ。わらわは食べたいものを決めたぞ!」

「ああ、うん。どれにしたんだ?」


 灰音はバイザー型のサングラスをかけたままメニュー表を指差す。

 僕はその特殊なメガネをかけていないので、そこに何が書かれているのか読むことが出来ない。


「すまん。メガネをかけていないから僕にはわからないんだ。読んでくれ」

「ふむ。冬市郎よ、わらわはこの『溶けはじめしダークマターの欠片かけら』というものにしてみようと思うのだが……これはいったい何なのだ?」


 溶けはじめしダークマターの欠片――それはチョコレートアイスに季節の果物を乗せたものだ。

 甘さを抑えた少しビターなチョコ味に、果物の酸味と甘みがほどよくからまるよう計算されたデザート。


 だが僕は、サプライズ感を減らさないためにも、灰音には詳しい内容を秘密にしておいた方がいいと判断する。


「うーんと、それはデザートだね」

「どんなデザートなのだ?」

「灰音、それは来てからのお楽しみにしようよ」

「ふむ、そうか。わかったぞ!」


 僕の意見に素直に従う銀髪の少女。サイバーなメガネをかけていても、その顔が期待に満ちあふれていることがよくわかる。

 彼女のそんな様子に、僕は思わず微笑んでしまった。


「ふふっ。灰音、あと、何か飲み物も頼みなよ」

「おお! 冬市郎よ、いいのか?」

「うんうん。いいよ、いいよ」

「では、何にしようかのぉ」


 灰音は楽しげな様子で、再びメニュー表とにらめっこをはじめる。

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