028 お前のための特別なメガネ

 それから白衣の狂科学者は、今度は僕に話しかけてくる。


「さて、と……。ところで弟くん、そろそろ何か注文はしないのかな? ここはシークレットラボではあるが、表向きは一応喫茶店なのだがねえ……クククッ」


 そう言われて、僕は両手を「ぱんっ」と打ち鳴らした。


「そうだった! 大森さん、オーダーしてもいいですか? 僕、シルバーボブカットに御馳走ごちそうしたいんです。お金はちゃんと払いますから」

「ほう……シルバーボブカットに御馳走を。クククッ……別に構わんぞ、弟くんよ。お金を払うのならば、出来損ないの実験体といえど、食事の間ぐらいは、ちゃーんと客として扱ってやろうではないか」


 大森さんはニヤリと笑いながらそう言うと、灰音に向かってメニュー表とメガネを差し出した。


「さあ、シルバーボブカットよ。これがこの店のメニュー表と、そしてお前のための特別なメガネだ」


 それらを受け取ると灰音は首をかしげる。


「んっ? メニュー表と……メガネ?」


 灰音が手渡されたメガネ――。

 それは、デザインからして普通のメガネではなかった。


 近未来的なデザインのバイザー型サングラス。

 どことなくサイバーな雰囲気のフレーム。

 レンズは左右ふたつに分かれておらず、一本の細長い板状のもの――ニュース番組などで犯人の顔に入る『黒い目隠し線』に近いイメージのレンズだ。

 そのうえ、メタリックなミラーレンズ仕様であり、メガネは鏡のように周囲の景色を反射させている。


 大森さんは、戸惑う銀髪少女をチラリと眺めた後で、僕に向かってこう言った。


「クククッ……弟くんよ。メガネとメニュー表の説明は、弟くんに任せてもいいだろうか?」

「わかりました。大森さん、ありがとうございます」

「ふふっ。では、オーダーが決まったら、このマッドサイエンティストに再び声をかけるがよい」


 そう言い残すと大森さんは、黒髪と白衣を不敵に揺らしながら店の奥へと消えていった。

 一方で灰音は、サイバーなデザインのメガネを、横から見たり裏から見たりと、一通り観察してから僕に質問してくる。


「冬市郎よ、このメガネは一体?」

「えっと……みんなはメガネって呼んでいるけど、もしかするとバイザーって言うのかな? この中二病喫茶のちょっとした演出に使うんだけど……」

「演出?」


 と灰音は小さく首をかしげた。

 僕は苦笑いを浮かべながら話を続ける。


「ああ、うん。そのメニュー表、普通に眺めているとコーヒーとソフトドリンクしか載っていないだろ?」

「ふむ。確かに」


 灰音が手にしているメニュー表は、ずいぶんと余白の目立つ奇妙なものだ。そこには、コーヒーとソフトドリンクが少し記載されているだけなのである。

 そんな寂しいメニュー表。

 その余白部分を指差しながら僕は言う。


「それさあ、このままだと余白だらけで、スカスカのメニュー表なんだ」

「うむ」

「でも、その特殊なメガネをかけて、もう一度そのメニュー表を眺めてみなよ」

「ふむ、わかったぞ」


 うなずくと灰音は、メガネをかけてメニュー表を見直す。

 そして――。


「おおっ!」


 と声を上げる。

 それから彼女は、驚いた様子でメニュー表から顔を上げると、僕の方を向いた。

 メタリックなバイザー型のサングラスを装着したせいで、目からビームでも出しそうな顔の灰音。

 ミラーレンズの表面には、僕の笑顔が映り込んでいる。


「冬市郎よ、これは!?」

「はははっ。なっ、驚いただろ? そのメガネをかけることで、メニュー表の余白部分に書かれた『シークレットメニュー』が、はじめて見えるようになるんだよ」

「なるほど……。これが、シークレットメニューか。なかなか面白いのぉ……」


 そう口にすると、サイバーな顔面の銀髪女子高生は、そのままメニュー表に釘付けとなる。


 特殊なインクを使用して書かれた、通常では見ることのできないメニュー表の文字。

 その文字を読むことを可能にする、特殊なバイザー型サングラス。


 それらは、店長である僕の姉・美冬が、お客さんたちに絶対にウケると思い、この中二病喫茶をはじめるにあたって業者に頼んで作らせたものだった。


 無駄にメガネのデザインにもこだわり、その製作には僕も怖くて聞けないほどの大金を投入しているようだ。


 そして、業者からそれらが納品されてきた当時――。

 実際にメガネを使用してみて、姉は僕の前でこう口にした。



「ねえ、冬市郎。お姉ちゃん……お金の使い方、完全に間違ったのかも……」



 奮発して特注した分、メガネのクオリティーはなかなかのものであった。そして、お客さんたちに使用してもらう以上、それなりの数を発注していた。

 だから当然、それ相応のお金が喫茶店から飛んでいった。


 中二病喫茶『ブラック・エリクサー』は、店をはじめるにあたって用意したそのメガネのせいで、急激な経費の削減が必要となり、その問題は開店後の今でも尾を引き続けているのだ。


 メニュー表を眺めている灰音に向かって、僕は言う。


「灰音。本当に何でも好きな物を頼んでいいよ。代金は僕が払うから」

「本当か? ふむ。なんだかすまぬなあ」


 僕は首を横に振った。


「気にしないでくれ。だました僕が悪かったんだから」

「うーむ……では、どれにしようかのぉ……」

「ふふっ。ゆっくり決めてくれていいからさ」


 そう言い終えると僕は、グラスの水に口をつける。

 灰音の方はしばらく、バイザー型のサングラスをかけたままメニュー表を眺め続けていた。


 そんなときだ――。

 カランコロンと入り口のドアベルが鳴った。

 どうやら珍しいことに、お客さんがいらしたようだ。

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