022 南米大陸の落ち着きのない四つ目の獣

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《ボクが考えた未確認生物ファイル》


▼ 未確認生物ファイル・第一夜

『南米大陸の落ち着きのない四つ目の獣 G・ネッルシムム』


 南米大陸の北東にある、古代都市の西の遺跡よりやや南。

 一般人がおいそれと立ち入ることの出来ない天然洞窟の地下二階。


 そこに、そいつはいる。


 白いペンキによってドクロマークが描かれた、そこそこ大きな岩の下。

 そこに住居を構える四つ目の獣、


『ジャイアント・ネッルシムム』


 は、実は我々人類と同じように二つ目なのであった。


 さて。

 左右の目の上に存在する、もう一組の左右の目のようなもの。

 それは、一見すると第三、第四の目のようにも見える。


 だが、深呼吸して落ち着いてから眺めてみると、どうだろうか?


 なんと、右目の上にあるものはイボで……。

 そして、左目の上にあるものもイボなのだ。


 そんなG・ネッルシムムは、アレルギー持ちだ。

 八月の中旬から翌年の三月末頃まで、奴は何らかの影響で、目の上の二つのイボがかゆくなり、毎日そわそわと落ち着かなくなる。


 その時期を、奴がどう過ごすか?


 G・ネッルシムムは、細くて長い木の棒をなんとなく暴力的に振り回しては、洞窟の岩を叩いたり、森の木を叩いたりして、とにかく痒みにえる。


 愚痴ぐちを聞いてくれる友人は一人もいない。

 こんな土地だから、医者もいない。

 もしいたとしても、未確認生物だから、診察してもらえない。

 ないないづくし。


 だから奴は、物に当たる。


 そんなわけでG・ネッルシムムは、早朝から夕方まで同じルートを、とにかくウロウロ歩き回りながら木の棒を振り回し、すごくそわそわして過ごしているのだ。


 イボを痒くさせる原因が何なのか?


 それは現在のところ未確認である。

 だが、環境破壊が影響しているのではないか、との説もあるようだ。


 しかし、本気で原因を追究している学者は、残念ながら世界に一人もいない。


 そのため、『落ち着きのない四つ目の獣 G・ネッルシムム』は、今日も洞窟の奥で、原因不明の痒みと孤独な闘いを続けるのであった。


〈おしまい〉



   ≫ ≫ ≫



「ああ……」と僕は声を漏らす。


 そして、後頭部をポリポリ掻くと、微笑みながら少女に言った。


「これこそさすがに、みどり子じゃない別人のバカが書いたブログだよね? 僕はだまされないよ」


 みどり子が、「ぐすん」と鼻をすする。

 まるで、いじめられた幼児のような顔だった。


「せ、センパイ……正真正銘、バカなこのボクが書いたブログです」

「あっ、ああ……うん……。すまん、言い過ぎた」

「い、いえ……。とにかく、意見をお願いします、センパイっ!」


 すっかり涙目となった女の子からそう訴えられると、さすがに僕も躊躇ちゅうちょする。

 だが、本人が望むのならば、と勇気を出して意見を口にした。


「じゃ、じゃあ、作者本人の前で正直に言わせてもらうけど……」

「はい」

「まず、みどり子さあ。『南米大陸の北東にある、古代都市の西の遺跡よりやや南』ってどこよ? 東西南北すべて使ってるのな?」

「あっ……。あははっ……ど、どこでしょうね?」


 みどり子は、笑って誤魔化ごまかす。


「それと、そこそこ大きな岩に『白いペンキによってドクロマークが描かれた』ってあるけど……。みどり子よ、これは誰が描いたんだ?」

「G・ネッルシムムが、自分で描きました。大きな岩にそれを描くことで、ここが自分の住処すみかだぞっていう、まあ、表札ひょうさつみたいなものです」

「そうか。未確認生物が、自宅に表札を掲げているのか」


 納得はしていないが静かにうなずくと、僕は話を続ける。


「なあ。住処の件もそうだけど、未確認生物にしては結構細かいところまで所在が明らかになっちゃっているのは、やっぱりマズいんじゃないのか?」

「へっ?」

「それに、たとえ住処の件を抜きにしても、『木の棒を持って早朝から夕方まで同じルートをとにかくウロウロしている』ってところまで発覚していたら、この未確認生物は絶対に捕獲されちゃってるって。そのルート上で罠を仕掛けて、待ち構えてりゃいいわけだし――」


 そう言って苦笑いを浮かべると、僕はさらにこう付け加える。


「まあ、『ボクが考えた未確認生物』ってことだから、これは架空の話で、現実には捕獲できないわけだけど……」


 緑髪の少女はしばらく考え、それから納得してうなずく。


「あ、ああ……確かにそうですね」

「あと、木の棒を持ってウロウロしているってこの行動だけど、僕の中じゃ、何十年も前の夏休み中のガキ大将みたいなイメージだな」


 するとみどり子が、真面目な顔で尋ねてくる。


「えっ? センパイ、昔のガキ大将というのは、木の棒を振り回しながら同じルートをウロウロしていたのですか?」

「いや、真面目にそう言われると……ガキ大将というより、レトロゲームのちょっと強めのザコ敵とか中ボスみたいな感じにも思えてきたけど……」

「レトロゲーム……中ボス……」


 と、みどり子は繰り返す。

 僕はなんだか自分の発言が少し恥ずかしくなり、慌ててこう言った。


「ま、まあ、それはあくまで僕の勝手なイメージだからさあ。あんまり詳しく突っ込まないでくれよ」

「そうですか。センパイ、なんかすみません」

「い、いや。謝られても……。あと、みどり子さあ『ネッルシムム』ってネーミングセンスは何なんだよ?」

「ホント、何なんでしょうね、この名前……?」


 他人事のような彼女の反応に、僕は口をあんぐりと開く。


「えっ! ええっ!? これ自分で考えたんだろ?」

「ま、まあ、一応……」

「なあ……『ネ』の後の小さい『ツ』がすごく言い辛くないか?」

「はい、すみません。言い辛いです……」


 少女は、緑色の頭をぺこりと下げる。

 僕は、ダメ出しを続けた。


「みどり子よ、それとさあ……天然洞窟の地下二階に住居を構えているってあるけど、そもそも天然の洞窟に『地下二階』とか『三階』とかがあるわけ?」

「へっ?」

「天然洞窟に階段でもあってB2とかB3とか、フロア分けされているの?」

「うっ……」

「僕が思うに、天然洞窟なんだから、階数なんてなさそうなんだけどなあ」

「そ、それは…………。ボクのミスでした、すみません」


 素直に頭を下げる少女に、僕はさらにダメ出しを続けてしまう。

 正直、自分でも『ちょっと、ネチネチ言い過ぎているかな』と思っていた。

 ――だが、口が止まらない。


「それとさあ、この未確認生物のネッルシムムって奴だけど……八月の中旬から翌年の三月末頃まで、何らかの影響でイボが痒くなり、そわそわして過ごすって…………」

「センパイ、一年の半分以上を、何らかの影響でそわそわして過ごしているんですよ? しかも孤独に。……可哀相じゃありませんか?」


 架空の未確認生物の産みの親が、悲しげな表情でそう口にする。


「いや……まあ、可哀相だけど。でも、何らかの影響でブログを読んでいるこっちは、本当にイライラしてくるかな? 勘弁してほしいよ」

「そうですか。イライラさせてすみません、センパイ…………って、ちょっと! ちょっと、冬市郎センパイ! さっきから、さすがに色々と厳しすぎやしませんか!?」


 突然、少女の様子が豹変ひょうへんした。

 みどり子が勢いよく立ち上がると、椅子がガタンっと鳴る。

 ショートカットの緑髪が、逆立ち揺れ動いた。


「こ、これでも、ボクが一生懸命書いたブログなんですよ! ボク、ずっと我慢してダメ出しを聞いていました! だから、ちょっとぐらいめてくれたっていいじゃないですかっ! どこか褒める場所、あるでしょ!?」


 僕は椅子に座ったまま「へっ……?」とのけぞった。


「一ヵ所ぐらい褒めろよ、センパイっ!!」


 みどり子が、赤く充血した目を大きく見開きながら、僕に飛び掛かかってくる。

 その鋭い動き。

 小柄な肉食獣が、大きな獲物を狩るときの如き気迫とスピード。

 緑色の稲妻が僕を襲う。


 ここがサバンナなら、僕はすでに息をしていないだろう。

 みどり子の鋭い牙が、柔らかい喉元のどもとに深く突き刺さり、大量の出血でぐったりと横たわっているはずだ。

 きっと、甲高い声で鳴く肉食の鳥どもが、その様子を空から見下ろしていたりもする。

 食い残しは我々に任せろ、と目を光らせながら。


 しかし、ここはサバンナではなく女子校の一室。

 さすがに命までは取られない。


 だが――。


 少女の突然の反撃に、虚をかれた僕は、椅子ごと床に押し倒されてしまったのだ。

 床で後頭部を、したたか打つ。

 これも、ネチネチとダメ出しを続けたむくいなのだろう。


 緑髪の怒れる女子中学生は、流れるような動作で、躊躇ちゅうちょなく僕の上に馬乗りする。

 彼女の柔らかな小尻と細い太腿の感触。

 それを僕は、自身の腹部で存分に感じる。


「ちょ……みどり子、落ち着け……」

「落ち着けませんよ! ただでさえ、毎日寝不足なのにっ!」

「それは僕のせいじゃねえだろ! じゃあ、こんなブログを書いてる時間を、もっと睡眠に費やせって!」

「きいい! こんなブログ!? こんなブログって、どういう意味ですか!?」

「うっ……」

「センパイ、今、ものすごくひどいことを言いましたよね!」


 そんな言い合いをしながら、僕たちは床で揉み合った。


 その時だ――。


 部屋のドアがゆっくり開いたかと思うと、ポニーテールを揺らしながらキーナが戻ってきたのである。


 揉み合う手を一斉に休める僕とみどり子。

 僕たち二人は同時に、部屋の入口に顔を向けた。


 対して、無言でたたずむ黒髪の少女。

 沈黙の中、僕と二人の少女たち、合計三人の視線が空中で交差する。


 誰よりも先に動いたのはキーナだった。

 女子中学生と床で揉み合う僕の姿を目にして、彼女はこう言い放つ。


「お……おお! 冬市郎くんの密着取材って、そうやって本当の意味で相手と密着するんスね! 女子中学生とイチャイチャ楽しそうッス!」

「えっ……」


 と僕は声を漏らす。

 キーナは両目を細め、微笑みながら言った。


「では、自分は先に帰るんで。冬市郎くんは、どうぞごゆっくりっ!」


 ポニーテールの少女は、それだけ言い残すと、バタンっとドアを閉めて出ていく。

 おそらく、もうここには戻って来ないつもりだろう。


「キーナ、怒ッテル?」と右足が言った。

「キーナ、イテルノカモナ」と左足が続ける。


「ちょ……えっ!? おい、キーナぁああああ!」


 弁解する暇は、まったく与えられない。

 僕に出来たのは、女子中学生に馬乗りされたまま、床で叫び続けることだけだった。

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