017 身体に不釣り合いなほどの大荷物

 キーナが、その顔に同情の色を浮かべながら、大曽根みどり子に声をかけた。


「あのぉ、委員長さん……大丈夫ッスか? なんかその……。色々と大変そうッスね……」

「い、いえ……。栄町センパイ、ご心配いただき、ありがとうございます」


 緑髪の少女はキーナに向かって、ぺこりと頭を下げた。


 キーナが心配する気持ちもわかる。

 緑髪のこの小柄な少女は、


『身体に不釣り合いなほどの大荷物を背負わされた気の毒な少女』


 として僕の目には映っていた。

 だから、たぶんキーナも、僕と同じような気持ちなのだろう。


 それから緑髪の少女は言った。


「ははは……本当はボク、文化祭の実行委員長なんて務まる器じゃないんです。きっと向いていないんですよ……」


 彼女の弱気な発言。

 それを耳にして、僕とキーナは黙ったまま顔を見合わせる。


 キーナの目は、僕にこう語りかけているかのようだった。


『やっぱり……予想通りだったッスね』


 と――。

 例のブログを読んだときに感じた印象のままなのだ。



『実行委員長にな少女が、その役職に就いている』



 大曽根みどり子と出会ってから、まだほんの少しの時間しかっていない。けれど僕は、そのことを確信した。

 おそらくキーナもそうだろう。


 一方で大曽根みどり子は、そんな僕とキーナの様子から、何かを察したようだった。

 どこか少し慌てた様子で話を続ける。


「あ……えっと……せ、センパイ方、すみません。ちょっとネガティブな事を口にしてしまって。弱気なことを言いましたが、ボクは実行委員長に就任したからにはもちろん、文化祭が成功するよう最後まで頑張りますよ!」


 そう口にすると緑髪の少女は、「ふんす!」と鼻息を荒げた。

 その後、自身の発言に少し照れたのか、彼女はその小さな身体を揺らしながらヘラヘラと力なく笑う。

 充血している眠たげな両目と合わさって、その無理をしている姿が、どこか痛々しい。


 キーナが、そんな少女に尋ねる。


「あの、委員長さん。ひとつ質問なんスけど」

「はい、なんでしょう」

「どうして、向いていないと自分でわかっていたのに、文化祭実行委員長になったんスか?」


 そのもっともな質問に、緑髪の少女はどこか他人事のように首をかしげる。


「それが、自分でもよくわからないうちに、あれよあれよという間に委員長になっていたんです。立候補したわけではないんですよ」

「では、推薦ッスか?」


 緑髪の少女は、こくりとうなずく。


「はい。まず、各クラスから一名ずつ選出される『実行委員』には、クラス投票による推薦で就任しました」

「ほうほう。クラス投票スか」

「ええ。その後、実行委員たち全員による投票で、ボクが『委員長』になったんです」

「へえ。委員長さん、人望あるんスね」


 キーナからそう言われると、緑髪の少女は、ぶんぶんと首を横に振った。


「いやいや、違うんです。……お恥ずかしい話ですが、ボクには友人らしい友人は一人もいません。どちらかというと、教室の空気みたいな存在でして……」

「教室の空気……スか」


 キーナが、そう言葉を繰り返すと、みどり子は恥ずかしそうに微笑む。


「は、はい……。朝から一日、誰ともひと言も話さずに、ひっそりと下校するなんてことは、今までザラでした。ボクが存在していなくたって学校のみんなは、教師も生徒も何ひとつ困らない……。そんな地味な存在だったこのボクが、まさか三年生になった途端、推薦投票で文化祭実行委員長になってしまうなんて……」


 大曽根みどり子が委員長になったのには、やはり何かしら裏があるのではないか?

 そして、それにはきっと瀬戸灰音が関係している――。

 緑髪の少女とキーナの会話を耳にしながら、僕はますますその疑いを強めた。


 小柄な委員長は、制服のスカートと緑色の縮れ髪を揺らしながら、キーナと話を続ける。


「自分でも不思議なのは、文化祭実行委員長という立場に放り込まれた途端、学校に来るのが楽しくなったことです」

「ほう。学校が楽しくなったんスか?」

「はい。相変わらず友達は出来ませんし、文化祭実行委員長の仕事って、想像していた以上に雑用だらけで……睡眠時間もがっつりと削られています。実は今日も少しフラフラしていまして……」

「確かに委員長さん、お目々が真っ赤で、寝不足っぽく見えるッス」


 キーナの栗色の瞳が、大曽根みどり子の両目をのぞき込む。

 緑髪の少女は、どこか居心地の悪そうな様子で、充血したオレンジ色の瞳をキョロキョロと彷徨さまよわせた。


「ああ、えっと……べ、別にボクは、『寝てない自慢』とかがしたかったわけじゃありませんよ。気にさわったのならすみません」

「いえ、全然気に障ってないッスよ。構わず話を続けてくださいッス」

「は、はい。それで、えっと……そういうわけで実行委員長になってからの生活は大変です。でも、こんな自分でも学校や他の生徒たちから必要とされているのを実感出来ています。だからその……正直それが、すごくうれしいんですよ」

「ほうほう。よかったじゃないスか。それはなによりッス」


 キーナは両目を細めて、笑顔でうなずいた。


「はい。『立場が人をつくる』とか『変える』なんて言葉を聞いたことがありますが、ひょっとしたらボクの身に今、そういうことが起きているのかもしれません。日々、少しずつですが、自分が変わっていくのを実感しています! だから、この文化祭実行委員長という立場が、これまでの自分を少しでも変えてくれるのなら、ボクはそのお返しに今年の文化祭を、絶対に成功させたいんですっ!」


 ポニーテールを弾ませながらキーナは、「おおっ!」と声を出す。

 それから、緑髪の少女に向かって、パチパチと拍手を送った。


「いいッスね! 熱いッスよ、委員長! 自分、そういうの嫌いじゃないッス。委員長さんは今、自分の殻を破ろうと、もがいている最中なんスね」


 キーナのそんな反応を目にした瞬間――。緑髪の少女は、ハッと気がついたようだ。

 思っていた以上に自分が、文化祭にかける意気込みを熱く語っていたことに。


 ガラにもないことを口にしてしまった……といった様子だった。

 小柄な委員長は、顔を真っ赤にしながら「ううっ……」と恥ずかしそうにうつむく。


 出会ったころからずっと内股気味に閉じられていた大曽根みどり子の両足が、もじもじと震えはじめた。

 続いて、両手の指は、そわそわとただよい、最終的に自身のスカートのすそを、キュッといじらしくつまむ。

 そして彼女は、うつむいたまま、その小さな両肩を震わせる――。


 緑髪の少女のそんな姿は、僕にはまるで幼児がトイレを我慢しているかのように見えた。


「……な、な、なんか、お恥ずかしいです。どうして初対面の方々にペラペラとこんな恥ずかしい話を……。ご、ごめんなさい」

「いやいや、委員長さん。もっと熱く語ってくれてもいいんスよ」


 そう言ってキーナは、優しく微笑む。


「えっ、そうなんですか?」

「はいッス。自分たちは、委員長さんの『文化祭にかける熱い想い』をインタビュー記事にしたいんスから。……いや、こうなった以上はインタビューで終わりではなく、密着取材みたいな方向にシフトしてもいいかもしれないッスよ。――ねえ、冬市郎くん」


 キーナの言葉に、僕は小さくうなずく。


「うん。密着取材かぁ、そうだな。僕たちジャリ研だって、インタビューの他にも、もう少し違った形で文化祭に協力できることがあるかもしれない。どのみち、まだ春も終わっていないこんな早い段階で、委員長さんにインタビューをしても、秋の文化祭に関する突っ込んだ話は出来そうにないだろうって――さっきからそう考えていたところなんです」

「そ、そうですよね。実はボクの方も、今日はいったい何を話せばいいのか、と悩んでいたところでして……」


 そう言われて、僕は「コホン」と軽く咳払いをする。

 それから、緑髪の少女に向かって言った。


「そのぉ、委員長さん。もし迷惑でなければ……僕たち、これからも時々この部屋に顔を出してもいいですか? どちらにしろ『クレイジーペットボトル』以外のバンドにインタビューをするため、しばらく中等部には通うことになっていますし……」


 大曽根みどり子は、こくりとうなずく。


「も、もちろんです。文化祭のために協力して頂けるのであれば、どうぞいつでも顔を出してください」

「ありがとうございます」

「ただ、ボクが留守にしている場合もありますので、念のために連絡先を交換しておいた方がいいかもしれませんね」


 そんなわけで僕たち三人は、それぞれスマホを取り出し、連絡先の交換をしたのだった。

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