016 緑髪の少女

 それから僕たち二人は、別のアイデアをさぐった。

 女装ではなく、もっと安全なアイデアをだ――。


 しばらくすると、キーナがニヤリと目を細めた。

 彼女は、僕に向かって人差し指をピシッと突き立てると、こう言った。


「冬市郎くん。自分に、ひとつさくが浮かんだッス!」

「よし、聞かせてくれ」

「ふっふっふっ……」


 不敵な笑い声を上げて前髪をかき上げると、キーナは話を続ける。


「瀬戸灰音からの情報によると、クソブログの作者である女子中学生は、この四月に中等部の『文化祭実行委員長』に就任したんスよね?」

「ああ、うん。どうやらそうらしい――。こんなブログを書いている子が、文化祭の実行委員なのも、そして、そのトップの委員長に就任しているのも、僕には信じられないんだけどな」


 首をかしげながら僕がそう言うと、キーナは胸の前で腕組みをして、うんうんとうなずいた。


「そうなんスよね。どうにも引っかかるのが……こんなブログの作者が、文化祭実行委員長を務めているってことッス」

「まあ、たぶん事情があるんだと思うよ。彼女に接触してみれば、とりあえず何か、わかることもあるかもしれないし」


 それから僕は、キーナの目をまっすぐに見つめながら尋ねた。


「それで……キーナの策というのは?」

「うッス。冬市郎くん、策というのはですね、自分たちが愛名高校の『ジャーナリズム研究会』であることを、最大限に利用するってことッス」

「ほうほう」

「ジャリ研として、文化祭実行委員長さんに『季刊誌きかんし・愛名ジャーナル』に掲載するインタビュー記事の取材申し込みをするんスよ」

「おおー、なるほど……」


 両手をポンっと叩いて僕は感心した。


「どうスか? 良い策ではないか――と自負じふしているんスけど」

「ああ、それ良いよ。さすがキーナ」

「えへへッス」

「うんうん。まあ、我がジャリ研の誇る知名度激低げきひくの雑誌を、相手が知っているとは思えないけど、自然に接触を試みるための良い策ではある気がするな」


 考えれば考えるほど、良い作戦のような気がして、僕は何度もうなずいた。

 するとキーナが、質問をしてくる。


「えっと……確か、冬市郎くんが瀬戸灰音から受けた依頼は、『女子中等部に潜入して、実行委員長の少女が、今現在どんな学校生活を送っているのか調査すること』だったッスよね?」

「ああ、うん。最初に受けた依頼はそれだな。だから、キーナの言う通り、委員長に取材を申し込むってのは、バッチリだよ。正々堂々と彼女の調査が出来る」


 するとキーナが、アゴの下に手を当てて唸った。


「うーん……。となると、問題なのは、もうひとつの依頼の方ッスよね」

「ああ、そうだな。中等部の校舎に散らばっている『アイメイボックス』って名前の変な小箱を探すってやつか……」


 僕はスマホを取り出し、灰音から送られてきた画像を表示させた。

『アイメイボックス』と呼ばれる箱の画像だ。

 画像のオレンジ色の小箱には、上部に『赤い三日月みかづき』のマークが四つ描かれている。


「キーナ、このオレンジ色の小箱だ」

「ほうほう。ねえ、冬市郎くん。アイメイボックスの『アイメイ』っていうのは、やっぱり愛名学園の『愛名』なんスかね?」

「まあ、そうだろうな。でも、僕も詳しいことは何も聞いていないんだ」

「そうスか」


 ポニーテールを揺らしながらキーナはうなずくと、スマホの画面を指差して再び質問してきた。


「それで、この変な小箱が中等部の校舎に、いくつかばらかれているんスよね?」

「どうやらそうらしい。灰音が言うには、こっちの箱探しの方は、あくまでも『』だってさ。余力があれば集めてきてほしいって感じだったな」

「じゃあ、無理してまで集めなくてもいいんスよね?」

「まあな」


 そう言ってうなずくと、僕は椅子から立ち上がり、両手をパンッと打ち鳴らした。


「よし! まずは、とにかく中等部に潜り込んで、実行委員長の調査を済ませることだ。それで灰音には、約束通りうちの中二病喫茶で働いてもらおう!」


 作戦が決まった。

 さっそく僕たちは、愛名女子中等部の文化祭実行委員会に、取材申し込みの電話を入れる。

 そして、そんな取材依頼が、『とある条件付き』で受理されたのは、その翌週のことだったのだ。



   * * *



「では、取材を受ける代わりに――」


 と、文化祭実行委員長が電話交渉の末に提示してきた条件。

 それは――。


『とある音楽イベントを盛り上げる手伝いをしてほしい』


 という依頼だった。


 中等部の文化祭で、今年はじめて『ガールズバンドフェス』というイベントが開催される。

 実行委員たちは、自分たちの代でち上げたその企画を、が非でも成功させたいとのことだった。


 そう言われてしまうと、僕たちだって、何もしないというわけにはいかない。

 僕たちジャリ研は、フェスに参加する『ガールズバンド』のインタビューを記事にして、『季刊誌・愛名ジャーナル』に掲載することを約束したのだ。


 というわけで――。

 そんな事情もあって僕たちは、中等部の校舎でまず、『クレイジーペットボトル』のインタビューを行ったのである。

 そして、ガールズバンドと過ごした進路指導室を後にすると、いよいよ文化祭実行委員長が待つ場所へと向かったのだった。




 女子校の廊下で僕たちは、幾人いくにんかの女子中学生たちとすれ違った。


『首輪とOFGを身につけた珍客』と『そのお供の女』


 そんなふうに、好奇の目で見られ続ける僕とキーナ。

 やがて、僕たちがたどり着いた場所。

 そこは――。



『文化祭特別対策室』



 というプレートが掲げられた部屋の前だった。

『クレイジーペットボトル』のインタビューを終えたら、この部屋に向かうよう、実行委員長からお願いされていたのである。


 代表で僕が、部屋の扉をノックした。

 コンコンっと乾いた音が廊下に響く。


 そして、扉がゆっくり開くと、そこに現れたのは、中等部指定のセーラー服を身につけた緑髪の少女だった。


 髪は全体的に毛量もうりょうが多く、くしゃくしゃっとしたちぢれ毛のショートカット。

 身体つきだが、僕が一瞬「小学生だろうか?」と勘違いしかけたほど小柄で、どことなくロリロリしい。

 少々おどおどした様子で立っており、両足を内股気味に閉じている。

 まるで森の奥に住む臆病おくびょうな小動物とバッタリ出会ったかのような、そんな気持ちにさせられる背の低い少女だった。


「すみません。『愛名高校ジャーナリズム研究会』の者です。文化祭実行委員長さんに、お会いしたいのですが……」


 僕がそう切り出すと、緑髪の少女は「あっ……」と声を漏らした。

 そして、頬を薄っすら染めながら、ぺこりと頭を下げてくる。


「は、はじめまして。あ、あの、えっと……電話でお話しさせていただいた印場冬市郎センパイですよね?」

「はい、印場です」

「ぼ、ボクが、文化祭実行委員長の大曽根おおぞねみどり子です。えっと、中等部の三年です」


 言い終えると少女は、もう一度ぺこりと頭を下げた。

 僕も慌てて一礼する。


「あっ……ああ、どうも。はじめまして、大曽根さん」

「はっ、はい。それで……そちらの方は確か、栄町樹衣菜センパイでしたか?」

「はい、はじめましてッス」

「ど、どうも。二人ともお待ちしておりました。どうぞ、部屋の中へお入りください」


 僕とキーナは、緑髪の少女にうながされるまま『文化祭特別対策室』に足を踏み入れる。


 そこは、こじんまりとした小さな部屋だった。

 木製の立派なデスクと、座り心地の良さそうな肘掛ひじかけ付きの椅子が一脚。それとノートパソコンが一台あるだけだ。


 女子校内になぜだか設けられた個人オフィス――といった印象の空間である。


 そして、小部屋の中には委員長である緑髪の少女しかいないようだった。

 他には誰も見当たらない。


 大曽根みどり子は、自身の緑色の髪をくしゃくしゃっと手で掻きながら、僕たちの様子をチラチラと観察してくる。

 そんな彼女のオレンジ色の瞳が、徹夜明てつやあけのように赤く充血していることに、僕はすぐ気がついた。


 どこか眠気を感じさせる、とろんっとまどろんだ両眼。

 それがキョロキョロと、僕やキーナを観察してくるのである。


 応接セットのようなものは、部屋のどこにも見当たらなかった。

 三人分の椅子もないようだ。

 だから僕たち三人は、その場で立ち話を続けることになる。


「そ、それで、センパイ方。こちらからお願いさせていただいた、『クレイジーペットボトル』さんたちのインタビューは、上手くいきましたでしょうか?」


 そう訊かれ、僕とキーナは一瞬顔を見合わせた。

 それから、僕が代表して質問に答える。


「ああ……えっと、上手くいったかどうかはわからないんですけど、録音したインタビューを文字に起こしたら、その原稿を一度、バンドの子たちと大曽根さんにチェックしてもらいたいんですが」

「わかりました」


 緑色の髪を揺らしながら、大曽根みどり子は、こくりとうなずく。

 それから彼女は、こう言った。


「『クレイジーペットボトル』さんたちは、軽音楽部の中でも一番トンガった子たちが集まって出来たバンドなんです。もし、彼女たちのインタビューが上手く出来たのなら、たぶん他のバンドのインタビューも、きっと上手くいく――少なくともボクは、そう思っています」


 それを聞いてキーナは、合点がてんがいったという表情を浮かべた。黒髪のポニーテールを揺らしながら首を縦に振る。


「へえ、そうなんスか。あれは一番トンガった子たちの集まり……道理どうりで」


 キーナの反応に、僕は後頭部をポリポリ掻いて苦笑いを浮かべた。

 それから、委員長に尋ねる。


「あのぉー、委員長さん。あの子たち、定期テストで誰かが赤点を取ったら解散するらしいんですけど……知っていました?」

「ええっ!?」


 大曽根みどり子は、充血した両目を大きく見開いた。

 やはり……と思いながら僕は話を続ける。


「えっと……その様子だと、委員長さんは知らなかったんですね……。もし、あの子たちが解散しちゃったら、フェスに参加もできないし、今回の僕たちのインタビューも無駄になっちゃうかもしれませんね、あはは……」


 僕の空笑いが部屋に響く。

 緑髪の少女は、小さく唸りながら頭を下げる。


「うっ……ううぅ……。印場センパイ、貴重な情報をお知らせ頂き、ありがとうございます」

「いえいえ。あとですね、委員長さん。あの子たち、インタビュー内でテスト対策の協力者を募集していたんですけど――」

「協力者をですか?」

「はい。でも、僕たちが作っている季刊誌って、発行されるタイミングが結構いい加減なんです。だから、場合によっては本になるのが定期テスト後になっちゃって、協力者の募集は、もしかすると意味がないかも……」

「そ、そうですか……。どのみち『クレイジーペットボトル』さんたちが赤点を取らないように、ボクの方でなんとか対策を考えてみます……」


 そう言うと大曽根みどり子は、暗い表情を浮かべて、「ふう……」とため息をつく。

 もともと小学生並の小柄な身体が、空気の抜けはじめたビニール人形のように、さらに小さく縮んだ。

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