第四話 変わる日常、残る日常

変わる日常、残る日常-1

 突然だが、ご法度な話をしようではないか。


 俺は今まで読んできたコンテンツ、とりわけ少女漫画が男性側の主人公の『性癖』というヤツへの言及をあまり見たことがない。無くはないけれど。

 切ない純愛モノの主人公が何を夜のお供にしているかなんて、よほど切り口が斜めな作品以外では無いだろう。

 これは結構重要なファクターなんじゃなかろうか。


 我が従兄弟である瀞井陽太郎の趣味の一端をばらしてしまうと、お姉様趣味だ。

 あいつが隠し持っているアレな漫画は基本的に年上のお姉さんキャラ物ばかりだし、俺が適当に買ってきた中古ゲームの中で一番食いついたのは複数の血の繋がらない姉にあれやこれやされてしまうゲームだった。お前ら十八歳以下だろうという突っ込みは勘弁していただきたいな。多分Mっ気もあるんだろう。うは、きめぇ。

 嗣乃がもし陽太郎と添い遂げる気があるならドSなお姉様キャラになってもらわねばならない。ドSは達成済みか。後はお姉様キャラか。


 更に切り込めば、陽太郎のハード面はイケメンのくせに運動音痴だ。ソフト面は駄目人間と表現して差し支えない部分が多い。

 電気ケトルをコンロに置いて火を点けそうになるくらい家電は扱えないし、料理もレシピを見ながらでも作れやしない。


 だというのに、そんな陽太郎を残して両親は遠くへと引っ越してしまった。

 研究者としてはそこそこ有名な陽太郎の頭髪の量が乏しい父親は、半年前に離島の研究機関へ出向してしまったのだ。

 母親も陽太郎と同じく生活力の無い夫を心配し、陽太郎の受験(と言っても推薦だが)を見届けてから赴任先へと追いかけって行ってしまった。

 陽太郎はうちの母親が世話をするはずだったが、汀家の母親と我が母親はフルタイムの仕事をしていて忙しい。

 結局、陽太郎の世話は嗣乃がしているに等しいのだ。まぁ、俺もオマケにお世話されてしまっているんだが。


 まぁとにかく、小さい頃の俺と陽太郎は兄弟でもないのに兄弟みたいに育った仲だ。

 しかし、この関係性は他の兄弟と比べるとは違う。

 普通の兄弟であれば、必ず母親の奪い合いやら血縁上の問題などからライバル意識が芽生えたりするらしい。でも俺達はそれぞれに親はいるし、それぞれの親は俺達に大体同じ物を与えてきた。そして、同じように怒られた。

 男の趣味以外は見た目すらほぼ一緒の一卵性双生児が母親だから仕方が無い。


 おまけにぼうっとした父親二人にはあまり怒られたことがない点まで一緒だ。

 背が低くて下膨れたおっさんである俺の親父と、ひょろっと背の高い陽太郎の父親は大きく違うが。

 とにかくそんな風に育ったからか、お互いの秘密なんてない友達の良いとこ取りのような関係なのかもしれない。

 本当の兄弟は劣等感やらライバル心やらで素直に接することができなくなるらしい。

 性別の違いによるバイアスはかかるが、嗣乃にもある程度当てはまる。

 嗣乃は俺達以上に俺達のことを理解しているかもしれないくらいだった。


 そんな関係が変わり始めたのは小学校高学年からだ。

 中学に入った頃には身長と顔面偏差値は大差がついていた。

 俺はボケボケしていた陽太郎に対してきつく接していた上に中二病を発症していたので、女子の間での評判は最悪だった。

 嗣乃の俺への態度は変わらなかったが、陽太郎への態度を変え始めた。嗣乃は中学でサッカー部に所属できなかったこともあり、親からどんどん家事だの料理だのを吸収していった。

 これは家計というのっぴきならない理由で職場復帰したいと願っていた自分たちの母親のためというだけではなく、陽太郎のためだったのだと思う。

 まぁどんなきっかけであれ、三人が三人同じくらい大事な存在だと思っていた時代は終わったのだ。


 その頃だったと思う。

 俺はやっと陽太郎にライバル心を覚えた。

 きっとこの頃から俺の性格はどんどんひねくれて、誰かに注目されたくて中二病めいた病気を発症してしまったんだと思う。


『中二病』ってやつは自分が周囲から自分が思ったような評価を受けていない、そして絶対に勝てないような相手にライバル心を燃やしてしまった時に発症するものだと思う。

 自分に勝てる要素が何も無いから超自然的な力にまで頼って、勝てる要素を自分の中で無理やり生み出そうとするのだ。

 発症条件バッチリだった俺、可哀想。


 そうやって斜に構えた俺はパソ部へ入らないという選択をし、中学二年生まで自分をオタクだと認めることもしなかった。


 しかし俺の中二病は比較的軽かった。

 二十四時間一緒にいる相手がいると、どんな嘘をついてもバレてしまうだけだからだ。そこで俺は孤独を愛する風来坊の如く振舞ったのだが、無駄だった。


 結局俺がいくら壁を張ろうと、陽太郎と嗣乃はそれをすんなり叩き壊してしまう。俺がいくら一人にさせてくれと主張しても聞く耳を持たない。


 きっと兄弟であれば、同じ家にいるのに会話もなくなるようなことがあったりするんだろう。そうしていても血の繋がりは消えない。

 だけど俺達のように血縁が薄い場合、自分達で繋がりを保たないといけない。

 そのことを陽太郎も嗣乃も分かっていたんだろう。


 はぁ、話がわき道に逸れちまったな。まぁ、いいか。

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