エピローグ
少年からの要望を、エピローグに変えて。
四月だというのに、気温は五度を超えない朝だった。
新一年生は桜舞い散る中での入学式を経験できなさそうだ。
昨年は地球温暖化を感じさせる入学式だったのに、今年の地球先輩はまだまだやれるといわんばかりに例年並みの気温を保っていた。
自治会は平穏な日々を取り戻していた。
選挙というには横暴な権力奪取劇は一部の生徒の反感を買い、正当に選挙をやり直せという動議や暴動が……などという恐れていた事態は一切起らなかった。
それどころか、現金な連中は陰キャ丸出しの次期生徒会長に処理しきれないほどの要望を押しつけてきてくれたのだ。
そして俺は、自治会室に入る自由すら奪われていた。
今日は休みだというのに、二十名近い女子生徒達がが自治会室の前に殺到していた。
当たり前だが、俺に会いたいから来たという女子は一人として存在しない。
「笹井本会長さん! 一緒に撮ってもらっていいですか!?」
「もちろんです。一緒にテレスドンの目をしましょう」
テレスドン……?
いや、この人の意味不明な言動はどうでもいい。
入学式を明日に控え、笹井本会長氏が来るとは聞いていた。
しかし、どうして他の生徒にまでその情報が漏れているんだか。
「ああー桐花ちゃん発見! やっぱり金髪似合う! 可愛い! 課金させて!」
「か……課金?」
「とりあえず抱きしめていいですか? いいですよね!」
あからさまに会長氏を警戒している桐花が面白い。
しかし、抱きつくのは許しがたい。
「あら、髪の毛からつぐちゃんと同じ匂いがする。NTRされるとかつっきーダッサーい!」
「NT……?」
「知らなくていい!」
思わず口を挟んでしまった。
桐花は昨日嗣乃の家に泊まっただけで、やましいことはない。
ただ、桐花と一緒のベッドで寝ている嗣乃には深く深く嫉妬しているが。
「金髪ってふわふわなんですねぇ。つっきー、お時間取らせて申し訳ありませんね。今日は話しをお伺いに来ました」
「は、はぃ?」
いきなり本題かよ。
その前に桐花を離せ。
「今日はあなたの会長としての公約を教えてもらいに来たんですよぉ」
「公約?」
またおかしなことを言い始めたぞこの人。
公約なんて選挙を盛り上げるための方便みたいなもんだろうが。
偏見だけど。
それはともかく、桐花を離せ。
「そこは肩や腰に貼り付けるあれですね……とのっかるところでしょう!」
「あんたいくつだよ!」
公約と膏薬って。
そして桐花を離せ。
「今日わざわざお姉様……あ、交野先生に許可を取ってまでここに来たのは理由があるのですよ」
わざと依子先生との関係性をバラしたな。
事情を知らない女子生徒達は一瞬にして黙ってしまった。
それはそれとして、いい加減桐花を離せ。
「桐花ちゃんを離しなさいよ変態」
山丹先輩が小走りで駆け寄ってきくれた。
黒いダブルのピーコートが大人っぽくて素敵だなぁ。
「変態の誇りにかけて離しませーん! せっかく湊も来たんですから、公約代わりにあなたがこれから何をするつもりなのか、お聞かせ願えませんか?」
「な、何をって……? とにかく、中へ入ってください」
これ以上外に居られたら、他の生徒に殺到されそうだ。
「月人君にはもう色々してもらってるわ。今月から生徒会長の座に就いてもらうことにしたし」
自治会室の中で一息吐けると思いきや、山丹先輩はすぐに話を再開した。
「そうなのね上皇陛下!」
「私はもう隠居ですよ。月人君は色々無茶してくれたわ」
まぁ、無茶をしたのは確かだ。
次期生徒会長としての最初の仕事は、陽太郎と昨年度の教師に召し上げられた学園祭予算の残りを分捕ることだった。
溝さらいを業者に任せて、きつい組織だという印象をなくしたかった。
更に人材不足を解消するために、仕事が似通っている保健委員会には生徒自治委員会配下に入ってもらった。
その新たに加わったメンバーがこそ、先ほど笹井本会長氏とのツーショットでいいねを稼ごうとする女子生徒達だ。
はぁ、とにかく桐花を離してくれよ。
体が弱い会長に実力行使に出づらいのを分かっていやがるな。
「ふーん色々してるんですね。生徒会長なんて汚れ仕事はつっきーにお似合いですけどぉ、この自治会を教職員や生徒のペーペーのままにしておくってことですか?」
「しませんよ」
そのペーペーにしてしまったのはあんただろう。
そろそろ桐花を離しやがれ。
桐花の髪の毛に触るな。
「ふふ、さすがですね。お察しの通り、金髪美少女に触りたいという目的は九割九分九厘だけです」
ほとんどじゃねぇか。
満足したならもう帰ってくれ。
「残りの一厘はですね……あなた達を味方に引き入れに来たのですよ」
「は、はぁ?」
ミカタ?
俺達を味方に引き入れるとして、敵なんているのか?
桐花を離さない会長氏こそ最大の敵なんだが。
「本当はぁ、あなたを籠絡してこの学校の生徒会長に仕立て上げようとしたんですけどぉ、そうもいかなかったから、色々と裏で手を引かせてもらいました」
「み、味方になるって、どういう……?」
上手く話せない。
真面目な顔で話す笹井本会長氏を相手にすると、恐怖を感じてしまう。
桐花を抱えたままの笹井本会長氏が、俺の耳に口を近づけた。
「……私、本気ですよ? もうこのクソみたいな村社会……笹井本も瀬野川もぜーんぶ、ぶっ潰しちゃいましょうよ。そのためにあなたは絶対に必要なんですよ。姉にも色々協力してもらいました」
「……へ?」
何協力してんだよ先生。
普通の高校生に戻れと言ってなかったか?
小声は桐花にも聞こえたのか、碧眼の瞳孔がばっくりと開いていた。
「せ、せの、」
口がうまく動かない。
瀬野川はどこだ。
「仁那ちゃんならもう私達の側ですよ」
「ど、どうやって、瀬野川を引き入れたんですか……?」
瀬野川は情熱的に思われているだけで、氷のように冷静な理性を持っている奴だ。
色恋だけでこんな危険な人間と結託するとは思えない。
「説得なんてしてません。敵の敵は味方ってだけですよ。仁那ちゃんの身になって考えてくださいな。普通のお家の子が婿養子に入って統帥権を得たら……親戚のクズ共がどうするでしょうね?」
そうか、白馬を守るためか。
「仁那ちゃんのことはさておき、危険が及ぶのはあなた達の方が深刻ですよ? お母様方は笹井本のトップの一人に土下座なんてさせてしまって。本人はもう、次の選挙には出ないと言っているのですよ」
「そ、それが、なんだってんですか? うちの母親たちも悪いですけど、元はあの人の落ち度で……」
「あの公衆便所の吐瀉物にも劣る人達にそんな理屈は通じませんよ? 彼が議員を辞すれば、路頭に迷ってしまう人はたくさん出てしまいますからね。何をしてくるか分かりません」
どうしてただの高校生の子供の俺が、駄目な権力者の陰謀に巻き込まれなきゃいけないんだ。
「だから、私はあなた達を守ります。その代わり、私を助けてくださいな」
桐花は驚きすぎてしまったのか、唇を震わせていた。
「き、桐花、大丈夫だから!」
急いで桐花の身体を引ったくって大丈夫と言い聞かせる。
ああ、これは良くない。
俺は恐怖どころか、目の前が明るくなるような感覚を味わっていた。
「わぁ、生徒会長が彼女とイチャついてるぅ!」
「い、いや、ちがっ!」
慌てて離そうにも、桐花の手が俺の腕をしっかり掴んで離してくれなかった。
「うふふ。桐花ちゃん。あなたも重要なカギになるのですから、ちゃんと彼を離さないでくださいね。でないと私がおいしくいただいちゃいますから」
「そ、そういうことは……痛だだだ!」
お願いだから挑発しないで!
腕が砕けちゃう!
「では、公約については今度お聞きしますね」
結局、言いたい放題言って去るのかよ。
公約を聞きに来たなんて方便なのは分かっていたけれど。
会長氏の言うことが事実なら、俺に選択の余地なんてない。
でも、俺の気持ちは高揚していた。
桐花には申し訳ないけれど、自分への過分な評価を甘んじて受け入れてしまいたかった。
『最後に、生徒自治委員会の紹介です』
例年通りの寒い入学式から一日後。
暖房の効きが悪い体育館の舞台上は、身震いするほどの寒さだった。
でも、俺の背中は大量の汗を溜めていた。
舞台袖でガタガタ震える俺を尻目に、多江と桐花が颯爽と舞台の真ん中へと歩を進めた。
「ども! 生徒会みたいな組織、生徒自治委員会の酒匂多江です!」
「クリスティニア・フロンクロスです」
一瞬ざわついた。
小さい二人の女の子が現れて、しかも一人は金髪ときたもんだ。
威圧感がない二人組を送り出して、生徒自治委員会への警戒心を無くすという瀬野川の作戦は功を奏するんだろうか。
「えぇっと、私たち生徒自治委員会の仕事は、そんじょそこらの生徒会とまるっきり一緒です! ですが、普通の委員会と一緒でだーーれでも入れちゃいます。つまり、だーーれでもうちで仕事をすれば内申点をカンストできちゃうってことです!」
うわぁ、ひっでぇ。
条辺先輩から悪い面を吸収しすぎだよ多江。
「しかも毎日参加する必要はないから! おうちの都合その他を優先して全然オッケー! 大学の面接で生徒会ではリーダーシップを発揮したって言っても口裏なら合わせるから安心してね! じゃ、主な仕事の話に入りまーす!」
飛ばしすぎだよ。
案の定、新一年生の皆様は呆気にとられていた。
「つっき、顔色」
「か、顔色……?」
嗣乃が背中を叩いてくるが、自分がどんな顔色をしているかなんて分からない。
これからこの生徒達の前に立つのか。
以前の全校生徒よりはマシだけど。
「つっき、台詞は大丈夫?」
「だ、大丈夫……だと、思う」
緊張しようが何をしようが、俺はこの演説をやり遂げて生徒自治委員会を大きくしなくちゃならない。
多江も杜太も俺も生徒自治委員であるからか、中学の頃にいじめてきた連中のターゲットにはされなくなった。
たまに二人して出かける姿も板に付いてきた。
瀬野川は人当たりが格段に良くなって、一緒にいたいと願った白馬とは念願の恋人同士になれた。
俺の中ではどうにもできなかった陽太郎と嗣乃については、一応進んではいた。
二人とも自分達で頑張ると誓ってくれたから、もう干渉はしない。
俺が見ていないところでコソコソ愛を育んでくれているなら、それで良い。
そして、俺を平委員でいなくさせた存在。
桐花は言葉に詰まりながらも、生徒自治委員会の説明を頑張っていた。
偶然隣の席に座った少女が、俺の差し伸べたお節介としか言いようのない救いの手を受け入れてくれた。
そして、俺に救いの手を差し伸べてくれた。
今も目の前で。
ん? 目の前で……?
「出番!」
『あの、安佐手生徒会長、宜しくお願いします』
名前を呼ばれてる?
でも、足が……足が動かない。
「う、うわ!」
桐花に舞台中央へと引きずられていく。
『はーい皆さん! これが安佐手月人生徒会長です! 舞台上で堂々と金髪の美少女ちゃんとお手々繋いじゃってるっしょー?』
多江?
何言っちゃってるの?
「一年生のみんな! 耳の穴かっぽじってよぉく聞いとけよぉ!」
多江、お前……!
「生徒会に入るとな……彼女できるぞ!」
体育館全体が、男子の響めきと笑いに包まれた。
男子諸君はきっと冴えない見た目の俺を見て、大いに勇気を与えられていそうだ。
「ご、ご紹介に預かりました、あの、果報者の生徒会長の、安佐手月人です」
再び響めきと笑いが起きた。
「こ、こんな奴を来年も生徒会長にしないように、優秀な皆様の、生徒会への参加をお願いします。えと、生徒自治委員会は、今年度から、『生徒会』と名前を改称します」
生徒会という名前への改称。
それが保健委員会を組み込む際に約束していた取引条件の一つだ。
内申点にブースト加速装置を付けるようなものだ。
「さ、先ほど説明にあった通り、せ、生徒会は、この校内を良くするだけでなく、他校との交流、学園祭の成功、各部がよりよい実績を残せる環境作り他を、陰で支えなくてはならない組織です。た、たくさんの人に参加してもらえないと……」
俺はこの時、この演説を成功させることしか考えていなかった。
恋人に支えられながらという前代未聞の姿で演説していたことに、全く気づいていなかった。
もちろん、その姿はしっかりと複数の携帯で撮影されていた。
後に俺と桐花が迎える人生の節目にその赤っ恥映像は日の目を見ることになるのだが、その光景を見た皆に心からお願い申し上げたい。
この光景は記憶媒体と記憶から完全に抹消して欲しい。
後生だから。
セカンダリ・ロール 完
セカンダリ・ロール アイオイ アクト @jfresh
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