ある告白と少年の誤算-3
兄妹みたいに育ったから。
ずっと一緒にいたから分かり合えている。
秘密なんて何一つない。
我ながら馬鹿らしい幻想を抱いていたもんだ。
陽太郎は嗣乃の本心を聞いたんだろうか。
その上で、今の保留のような状態の継続を決めたのか。
「安佐手君?」
不安は尽きないが、なぜか嬉しいという気持ちも抑えきれずにいた。
「安佐手くーん?」
家事しかしていなかったように見えた嗣乃がちゃんと『恋愛』を経験していたという事実が、なんだか嬉しかった。
「あーさーでーくーん?」
家事能力に欠ける俺と陽太郎は、嗣乃の時間をたくさん食い潰してしまっていた。
俺達の両親も嗣乃に頼りすぎていた。
「つっきーくーん?」
うるせぇな。
「おしゃれボーダー着てる男の言葉は聞こえないんだよ。全裸になって出直してこい」
紺の地に白いラインのボーダーシャツに長ったらしいグレーのカーディガン、そして何よりツバが広めハットが死ぬほど鼻につく。
眼鏡をコンタクトに変え、歯車のようなトップがついたシルバーネックレスが胸で光っている。
いけ好かないファッションで身を固めた宜野への嫉妬が止まらない。
「そんな意地悪言っても、あの時のキスの味は忘れてあげませんよ?」
怖いことを言いやがって。
国道沿いのファミレスはカップルだらけのカップルまみれだった。
カップル以外は狩られるないか心配になるくらいだ。
男だけで座っているのは俺と陽太郎と宜野が座っているテーブルだけだ。
「クリスマス限定カップルスイーツ、注文していいですか?」
「よーとカップルって言えば頼めるんじゃねぇの?」
気付けば世間はクリスマス一色だった。
性に目覚めた奴等はそれを実践したくてたまらない時期だろう。
俺達お子ちゃま三兄妹はといえば、桐花のご両親の招きで本当の『聖夜』を教会で経験することになっている。
そんないかがわしい気分ではいられなかった。
俺は俺でどう次のステップに踏み出せば良いか分かったものではなかった。
桐花は自分が嫌でも俺に合わせようとする節がある。
それが踏み出せない一番の原因なんだが。
陽太郎は俺達の会話に呆れたのか、窓の外をぼさっと眺めていた。
「フロンクロスさんとは仲良くしてるみたいですね」
「まーな。麺棒でぶん殴られそうになるくらいにはな」
「耳掃除してもらいながら喧嘩でもしたんですか? 羨ましいなぁ」
仏頂面だった陽太郎がぷっと吹き出した。
『めんぼう』と聞いたらそう思うよなぁ。
あれは本当に危なかった。
瀬野川がさっと桐花の手から麺棒を取り上げていなかったら本気で叩かれていたかも分からない。
桐花は俺が誰かに取られるのが怖くて仕方がないらしいが、どうしてそんな想像に及んでしまうのかが分からなかった。
「とにかくですね、僕のファーストキスの相手である安佐手君をお呼び立てしたのは他でもなく、そちらの学校の学園祭実行委員会の常設の件なんですけど」
うそぉん。
お前もファーストキスかよぅ。
保育園時代の嗣乃の愚行を格上げしておこうかしら。
精神的に幾分楽だわぁ。
「あ、ああ。そっちの高校に影響あると思って」
陽太郎は腑抜けた顔をしたまま、ストローをガジガジかじっていた。
お陰で逆ナンしてくる女子が寄ってこなくて助かるんだけど、態度が悪すぎるぞ。
「瀞井君、どうしたんですか?」
「ああ? 俺、反抗期入ることにしたから」
「じ、自分でそういうこと言いますか?」
陽太郎はずっとこんな具合だ。
主な原因は俺と桐花によるイチャつきへのイライラだろう。
そして、もう一つ。
「今日はお前んとこの会長が来るから張り切って付いて来たんだよ」
宜野の目が大きく見開かれた。
「え!? あんな性格ドブスに会いたいんですか? 汀さんがいるのに?」
「もう宜野とは口利かない」
「え!?」
ひどい言い草だな。
性格ブスは全面的に同意するが。
あの会長が俺に色目を使ったことが陽太郎的には不満だったらしい。
別に陽太郎は俺の方がイケメンなのにと主張したい訳ではなく、自分はいつも俺に勝てないという気がするらしい。
どうすればこいつに自信を付けさせられるんだろう。
考えるだけ無駄か。
俺の自己評価は地面に潜っているレベルだ。
「宜野、死にたくないならその話題は出すな。こいつは年上好きなんだよ」
「そ、そうなんですか……すいません、話を戻します。率直な感想を言ってしまいますとですね、どうして実行委員会を生徒自治委員会直轄にしなかったんですか?」
それは生徒自治委員会が生徒会ではないことに起因するんだよ。
これをどう説明したら良いのかなぁ。
「それはですねぇ、生徒自治委員会は一介の委員会に過ぎないから下部組織なんて作れないし、先生方に物申すこともできないからですよねー! つっきー!」
「うわー出たー!」
あらかじめ考えていた台詞を言ってみる。
俺の席からは美しき大魔王が近寄ってくる姿は見えていた。
「それが第一側室への言葉ですか?」
わざと周りに聞こえる声で言いやがって。
笹井本会長氏は今日も元気いっぱいらしい。
「あー店員さん、山盛りポテトフライとチョコパフェくださいな!」
「は? か、かしこまりました!」
すごいなぁ。
男の店員を一瞬スタンさせるほどの美貌って。
ポテトフライとチョコパフェを同時に食うセンス以外は本当に美しい人だ。
編み込みとショートボブに茶色と黒のまだら模様みたいな眼鏡がよく似合っていた。
カーキのダウンコートを脱ぐと、オフホワイトのセーターがどっしりとした胸を強調していた。
まとまりの無い集団だ。
陽太郎は臙脂の丸首ニットに、俺はいつも適当に羽織っているグレーのパーカだけだ。
そしてアウターに至っては超大手衣料品店で買った格安ダウンジャケットだ。
ちなみにひらがな表記の方の超大手だ。
「お、おはようございます会長さん!」
陽太郎の声が上ずってやがる。
「あらイケメンの陽太郎君おはようございます。後で眼球ペロペロさせてくださいね」
「喜んで!」
宜野は心底あきれていた。
「俺用事ができたことにしたので帰ります」
「あ、安佐手君!」
「もう、だーりんったら照れちゃってぇ。じゃー本題に入りましょう。要するに学園祭実行委員会を創り出して、教師との交渉事も常にできるようにするんでしょう?」
あらら、やっぱりお見通しか。
「どういう意味ですか? 会長」
「生徒自治委員会はその名の通り生徒の自治組織なの。生徒間の問題を生徒同士で解決するだけの機関。学校運営に関して意見を上申するようなことはできないの。つっきーはしょっちゅう交渉に打って出ているみたいですけれど」
「そ、そうだったんですか」
記憶が無い設定はもう消え去って久しい。
「それで自治会の仕事も減らして、学園祭関連は学校側へ上申も可能にするというルール整備もするんですね」
「あの、ちゃんと交流会の運営は滞らせませんから、今までと同じように対応してもらえると」
陽太郎が会話の主導権を取られると察したのか、口を挟んだ。
「お待たせしました。チョコレートパフェです」
満席なのにすぐ運ばれてきたパフェに目もくれず、会長氏は興味深そうに陽太郎をじっと眺めていた。
「会長さん、俺達の業務量は限界なんです。こうでもしないと来年は交流会にも影響が出てしまうかもしれないんです」
「そうですかぁ。大変ですねぇ、陽太郎君」
言うやいなや、会長氏はたった数口でパフェを半減させてしまった。
そして、パフェグラスの根元に付いていた付箋を丸めて隅に投げてしまった。
きっとあの店員さんの電話番号かチャットIDが書かれていたんだろう。
「困りましたねぇ。一番大きい学校として交流会を主導する立場にありながら、その最高機関をよこさずに委員会だけよこして茶を濁すなんて」
「い、いえ、茶を濁すってわけでは」
陽太郎が反論するが、無駄だ。
土台無理な交渉だったのだ。
「ご安心ください。これからは私達の生徒会が学校交流会を主導します。来年は宜野が生徒会長になるんですから、一層の協力をお願いすることになるのはお分かりですね」
一番恐れていた事態だ。
この計画の弱点をえぐり出し、しかも俺達から主導権を奪おうとしてくれている。
「し、主導はうちでやらせてください。ヘルプの人数はしっかり拠出しますから」
「その保障は?」
「ほ、保障ですか?」
会長氏の何かを試すような目は、相変わらず美しくも恐ろしい。
「はい、保障です。実行委員会に湊くらい人望があって、先生方を説き伏せられる人なんているんですか? 仁那ちゃんを専任させればできなくはないかもしれませんけど、無理ですよね?」
やっぱりな!
この短時間で懸念点全部見抜かれた!
瀬野川さーーん!
なんでこんな時にいてくれないんだよぉ!
このガバガバ戦略考えたの瀬野川さんでしょぉ!
ふぅ、心の中で叫ぶだけでも少しは落ち着くもんだ。
「あの、会長さんが言うのも分かります。でも、主導するなら俺達の高校よりも他校のヘルプ人数を割いてもらわないといけなくなります」
陽太郎も負けてはいないな。
「数の問題ではありません。これは他校への礼儀の問題です」
「え……? えと」
「それに、学校交流会は文化祭のためだけにある訳ではないのですよ?」
「あの、備品の融通とか、部活間の練習試合とか、それも全部実行委員会がカバーします」
「話は分かりました。学校交流会は私達にお任せなさいな。悪いようにはしますから」
「会長、そこは『悪いようにはしませんから』でしょう」
「いいえ。彼らは手を抜くと言っているのですから、相応のペナルティは払っていただきますよ」
手を抜くいう指摘は正しい。
他校は学校を代表する生徒達がやってくるのに、実質的な議長校が単なる学園祭専門部隊を送り込むといっているのだ。
「つっきー、あなた他の高校のばかちん生徒会を見下し過ぎですよ? 今までだって生徒会じゃない奴に主導されて面白くないと思ってるのに、今度は更に下の組織が来るけどそれに従えなんて言えますか?」
いや、馬鹿ちん言っているあんたも十分見下しているよ。
「と、いうわけで来年の学校交流会はうちが中心になりますからねぇ! 集客トップを奪っちゃいますよぉ!」
「会長、うちはチケット制ですから」
「そんなの取っ払っちゃいましょうよぅ! つっきー、今後あなたがたの高校の人員を自由に使って私達はどんどん私腹を肥やさせていただきます! あ、今この場で私にベロチューしてくれたら考え直してあげなくもないですけどぉ。ほら、チュー! レロレロー!」
陽太郎のヘソが音を立ててひん曲がっていくのがはっきり分かった。
やはりこの人は陽太郎にも俺の手にも負えない。
たとえ宜野が会長職を引き継ぐとしても、そのバックにはこの会長氏が上皇の如く介在するだろう。
結局、俺達は生徒自治委員会のままで激務に晒されるしかないんだろうか。
俺達の手の内は目の前の二人に晒してしまったから、内部で秘密裏に実行委員会と分けたってどうせすぐにバレてしまう。
「か、会長、僕はちゃんと協調してやりますからね」
「いいえ宜野。礼を欠いた相手には相応の対応が必要よ。ねぇつっきー、これってあなたが考えたアイディアじゃないですよねぇ?」
「だ、だから何だって言うんですか?」
「本当は私達に相談したかったんでしょう? こんな穴だらけの提案をしてくるなんてあなたらしくもない。まぁ、あなたの大事な人達に関わる退っ引きならない理由があってこんな交渉をしてきたなら、あなたらしいといえますが」
はぁ、くそ。
今までの会長氏は俺達を舐めていた。
この人に本気を出されたら、俺達は簡単に手玉に取られてしまう。
「ねぇつっきー。分かってるんでしょう? あなたにできることは、まだありますよね?」
「な、なんですか?」
「私と聖夜の泥沼ホテル不倫ですよぉ! 言わせんな恥ずかしい!」
最後の冗談は聞こえなかったとして、最悪の事態だ。
俺達の高校はこのつたない交渉失敗から、他校に労働力を提供するだけになってしまった。
専門委員会を独立させて仕事を細分化するなんて、夢のまた夢だった。
会長氏は冷たいように見せて、考えの甘さを皮肉たっぷりに教えてくれたんだ。
それと同時に、会長氏は俺にはまだ切れるカードがあることも伝えてきた。
会長氏が言いたいことは分かっている。
でも、俺にそのカードを切れるような力があるとは思えなかった。
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