少年と少女、(少しだけ)分かり合う-3
離したくない。
そう思っていたけれど、桐花の体は俺から離れてしまった。
「……見て、くれる?」
「な、何を?」
桐花はライトを点灯させていた。
ただ、そのライトは桐花の頭を横から照らしていた。
息が苦しくなってきた。
何をしているんだよ、桐花は。
「そ、それ……?」
桐花の髪はライトの白い光の中で、濃紺色に光っていた。
俺は確かに紺色の髪の二次元キャラが好きだけど、それを現実に持ち込んだりはしないのに。
「え……それ……」
うまく言葉が出なくて、もどかしかった。
「う、あの、」
鼻水が垂れてきて、もっとうまく話せなくなる。
目が痛くて開けていられなくなってしまった。
「……泣かないで」
泣いてる?
ゴトリと、ライトが床に落ちた。
桐花の腕が、俺の背中に回っていた。
「桐……花?」
はっきり感じた。
桐花との間にあった遠慮のようなものが取り払われてしまった。
「さっき、助けてくれて、ありがとう」
今更、俺の愚行のフォローなんていらないのに。
「じ、自分で、何とかできたんだろ?」
桐花の腕が体に食い込む。
少し痛い。
「ほんとは、怖くて、声……出なくて」
「も、もうあんなこと起きないから。あいつにはきつく言っといたから」
「……なんで」
「え?」
少し咎めるような声だった。
「なんで、助けて、くれたの?」
何を言っているんだか。
「お、お前が、俺を、助けてくれるからだろ」
桐花の顔が肩から離れて、俺の顔をじっと見ていた。
「桐花がいなかったら、委員長になんて、なってないよ」
引くだろう、こんな話。
でも、いずれは知られてしまうことだ。
「俺、依子先生と裏取引して、席替えしない代わりに……お前の隣のままでいるために、委員長になったんだよ」
碧眼が大きく見開かれていた。
白目が真っ赤だ。
「……頼り、ないから?」
「ち、違うよ。本当は俺が近くにいたかったからだよ。先生、よくお前に長い回答させるから、俺が、助けられるかなってもっともらしい理由を付けたけど、多分、俺が桐花に、近くに居て欲しかったんだよ」
桐花が自分を責めるような顔になっていた。
「……いない方が、良かった?」
「え? 桐花が?」
「わ、私がいなかったら、心配させたり、委員長したりしなくて、済んだ? 倒れたり、しなかった?」
「ち、違うよ」
忘れていた。
桐花は俺よりも俺が桐花の側にいたいと言ったのに、側に置いておかないと心配とでも思われたのかな。
「桐花がいない方が、ずっと嫌だよ」
桐花がいなかったら、俺はどんな奴になっていたんだろう。
想像したくもない。
「いつっ!」
力が抜けたのか、桐花の頭が俺の左肩に乗っかった。
俺の嗣乃に咬まれた痕が擦れて痛んだ。
思わず桐花の両肩を掴んで離してしまった。
「……髪の毛、臭かった?」
「そ、そうじゃなくて」
自然と目が合った。
「そうじゃなくて、さ」
桐花に伝わって欲しいことが、俺の中で抑えきれなくなった。
今言わないと、絶対に後悔することだ。
後悔を避けることなんてできないのは分かっている。
俺が桐花に何を求めているかを伝えて、拒絶されたら深く後悔すると思う。
だけど、それは桐花との関係を結び直すための必要な後悔だ。
何も伝えないのは、不必要な後悔だ。
俺にとっても、心を開いてくれている桐花とっても。
桐花はただ、陽太郎や嗣乃の代わりを演じようとしてくれているのかもしれない。
でも、それは俺が桐花と結びたい関係とは違う。
「桐花」
なんて言えば伝わるかな。
そのまま、思っていることで良いのかな。
「え、えと……俺をずっと、助けてくれないかな?」
「助け……?」
「う……うん。ずっと、助けて欲しい」
変なことを言っているのは自覚しているよ。
俺みたいに依頼心が強くて暗い奴が桐花に願いたいことを全部一言にまとめれば、『助けてくれ』という言葉に行き着いてしまう。
もっと歯の浮くような台詞はいくらでも言えそうな気分なのに、それは俺の伝えたい言葉じゃなかった。
それに、俺は『ずっと』なんて重苦しい言葉を込めたかった。
「ず、ずっと? ……ゲホ!」
「うん……ずっと」
そうだよ。
俺の真意が分かってくれると嬉しいんだけど。
また、桐花が口の中で何かを唱えていた。
「そ、それ、何か言ってるの?」
深呼吸を交えつつ、何かを唱え続ける桐花の言葉を待った。
「……じ、自律訓練法っていって、気持ちを落ち着かせて、しゃべれるようになるようになるの、カウンセラーさんに、教えてもらって」
良く分からないけど、桐花はちゃんと努力しているんだな。
俺ももう少し頑張って委員長やらないと置いて行かれそうだ。
「……あ、あの」
「ん?」
なんとなく、桐花が体に少し力を入れたのは分かった。
こういう時は桐花の言葉を待てば良い。
「……嗣乃じゃなくて、いい……の?」
心臓に鈍痛が走った。
今その名前を出さないで欲しかった。
でも、桐花には必要な確認なんだろう。
「嗣乃じゃなくて、桐花がいい」
「……下の名前、呼べるようになるまで、ちょっと待って……ゲホ!」
どういう意味だろう。
コミュ障同士、言葉の意味の探り合いは上手いつもりだった。
桐花は下の名前で呼ぶことが、深い関係への第一歩と考えているのか。
それとも俺を下の名前で呼べない限り、深い関係にはなれないと言いたいのか。
「む、無理に話さなくていいから」
どうして桐花はまた言葉を話せなくなってしまったんだろう。
俺がプレッシャーをかけすぎたからか。
それとも、拒絶なのか。
目の前がぼやけ始めた。
すると、目がひどく痛んで開けられなくなってしまった。
「う……ゲホ……ゲホ!」
無理に話さなくても良いのに。
もう俺の両手には力が入っていないんだから、そのまま離れてくれて構わないよ。
でも、俺は自分の口からそれを伝えられなかった。
「……う?」
いつも乾き気味で割れている俺の唇に、何かが軽く触れた。
離れてしまうと、寂しさに押し潰されそうになってしまった。
また触れた。
誰かと同じリップクリームの香りがした。
桐花は言葉が話せなくても、俺のマイナス思考を全部吹き飛ばしてくれる。
桐花の唇が俺の唇から離れてしまった。
それがなぜか、寂しくてたまらなかった。
ずっと触れていて欲しいなんて要求はできないのに。
「いっつ!」
また嗣乃に咬まれた肩に桐花の頭が置かれて、痛みを我慢できなかった。
桐花は何かを察したのか、俺のジャージの襟をぐいっと引っ張った。
「……これ、嗣乃?」
「……は、はい」
あ、怒ってる。
かなり怒ってるぞ。
声が出ないのはやはりメンタルの影響が大きいのか、桐花はあっという間に声を取り戻していた。
桐花の頭がまた肩に置かれた。
まさかと思ったけれど、案の定だった。
「痛い! 痛いって! ほんとに! いだい!」
「静かにして」
だったらお前が咬み痕に歯を立てないでくれよ。
桐花に咬まれた場所がひどく痛むが、不思議と寂しさが去っていった。
痛みが残ってくれたお陰で寂しさを感じなくなるなんて、相当やばいな。
「もう、咬ませたら駄目」
「……さ、させないよ」
また桐花が軽く肩に咬みついた。
今の俺には咬まれることが一番心地良いって正直に言ったら、どう思われるかな。
桐花の口が離れて、かかる体重が大きくなった。
そろそろ前夜祭の閉会イベントに行かなければならないのに。
でも、誰かに呼び出されるまではこのままでいたかった。
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