第三十五話 選ばれないことを選ぶ選択

選ばれないことを選ぶ選択-1

 桐花に会えない。

 六角レンチセット付きの鍵は俺のポケットの中だ。

 昨日は十七時を回ったところで、依子先生に言われるがままに帰宅した。


 そして翌日。

 ついに学園祭本番の日が来てしまった。

 まぁ、正しくは前夜祭だが。


 だというのに、気分はどんどん下降中だ。


「うえぇ、混んでるなぁ」


 バスに乗り込んだ瞬間、思わず愚痴が出てしまった。


「ほんとだねぇ」


 陽太郎がそれに同意してくれた。

 夜の間に降ったみぞれ交じりの雨は見事に凍結し、自転車登校をしようものなら怪我では済まない路面状況を作り出してくれていた。


「おはよ。学祭だから仕方ないよ委員長さん。今日も謹慎?」

「おはよ……そうだよ」


 隣のクラスの美少年にたしなめられてしまった。

 美少年で高コミュ力。もうどれだけ勝ち組だよこの人。


 高校に入りたての頃は、こんなに気さくに接せられるだけでどもってしまった。

 けれど、最近は慣れてしまった。


 でも、それ以上は全く進歩していない。

 このままコミュ力が開花して旗沼先輩みたいに人の前に立って即興演説ができるような日は訪れるんだろうか。


 これ学園物のゲームならなぁ。

 十八歳で高校とはまた違う『学園』に三年間十八歳のまま在籍できるから、その間になんとか頑張れるかもしれないのにな。

 現実って本当に嫌だ。


 用事を思い出したから先に行くという嗣乃からのチャットに驚いて飛び起き、俺と陽太郎は始発より少し後に乗った。

 それでも、バスの中は生徒達でいっぱいだった。

 陽太郎と俺同様、手にいっぱいの荷物を持っているのは校内宿泊希望の生徒達だ。

 全校生徒ではないが、前日宿泊組はそれなりの人数がいる。


 前日の校内泊はどうしても準備が間に合わない団体や、家が遠くて学園祭の生徒集合時間に間に合わない生徒に許可される。

 ……というのは表向きで、実際は学園祭をフルに楽しみたい陽キャのための制度だ。


 俺はといえば、それを楽しみにしているパリピな生徒達への殺意が芽生えていた。

 どいつもこいつも人が謹慎中のところにやって来ては人が居ない所を教えろというのだ。


 そんな場所は一切存在しない。

 俺が監視してやるからだ。

 俺の目が黒い内は絶対にイチャつかせねぇ! 絶対にだ!


『目が黒い内』。

 声に出して読みたい日本語!


 漆黒の炎を背負いつつ自治会室へ入ろうとしたが、それは叶わなかった。

 俺がいるべき場所へは、普段使うドアからは入れなくなっていた。


 自治会室は奥の三分の一くらいを残して衝立で仕切られ、JKコーディネート(仮称)の試着室と化したのだ。

 もちろんフリーマーケットでも使われる。


 陽太郎が一番隅の二重窓を開けた。


「ここから入って。施錠はしなくていいからね」

「……座敷牢じゃねぇか」


 毛布一枚に電気ストーブ、そしてダンボール数個にノートパソコン一台だけ。

 さすがに扱いがひどすぎないか?


「さ、チケット仕分けするよ」

「俺一人でやるから嗣乃を手伝ってきてくれよ」

「手伝わせてよ」


 何か俺だけに言いたいことがありそうだ。

 陽太郎の両親が久々に帰ってきたのだ。

 一家団らんの時間を大事にしたいだろうから、俺と二人きりで話なんてしていられない。


「……つっき、昨日さ、」

「ん?」


 やっぱり相談か。

 何でも言うてみぃ。

 俺もお前には聞きたいことがいっぱいあるからな。


「昨日、積みアニメ二百話超えたよ」

「マジでか!?」


 そりゃそうだよなぁ。

 結構厳選してはいるけど、一日一本見られれば良い方だ。


「しかもさ、学祭終わったらテストもすぐだからどんどん増えるよ……どうしよう?」

「うーん、とりあえず今期の残りはうちのテレビで録画すりゃなんとか消えないだろ。後は嗣乃にも頼むか」


 これは由々しき問題だ。

 睡眠時間を削るという危険な選択肢を封じたことで、体調は保てている。

 眠れなくてもいくら暇でもひたすら我慢して寝転がって目をつむれば、わりかし休んだことになってくれるらしい。


 夜でも我慢が必要ってのは辛いといえば辛いが、目覚めの快適さには変えられなかった。


 それはともかく、その時間が無いから早く陽太郎の本当の要件を聞き出したい。


「アニメはいいから、嗣乃の奴どうしたんだ? 朝早い用事なんて本当は無いだろ?」

「え?」

「え? じゃねぇよ」


 こちとら心配で質問してんだよ。


「なんで俺に聞くんだよ? 嗣乃と喧嘩でもしてるの?」

「え?」

「え? じゃないよ」


 あら、きれいに攻撃を反射されてしまった。

 言われてみればそうだ。

 俺は何を気遣っていたんだ?

 普段なら嗣乃をとっ捕まえて聞き出していたのに。


 陽太郎が困惑したような笑顔を浮かべていた。


「……嗣乃って、可愛いよね」


 何を突然。

 そりゃまぁ、色んな意味で可愛いよ。

 驚くほど手がかかるところとか。


 俺だってあいつに人生委ねても良いかねぇくらいには思っていたさ……今も思っているかもしれないくらいには。


「……いきなりなんだよ?」

「好きじゃないの?」


 またその話か。


「どういう意味で?」

「逃げないで」


 俺にプレッシャーかけてそんなに楽しいか?


「……そういう好きじゃねー」

「へ?」


 何が『へ?』だ。素直に答えただけだろう。


「本当に?」

「さぁ?」


 どんな答えを期待してるんだこいつは。


「……どうして言ってくれないんだよ、本当のこと」

「は、はい?」


 チケットの仕分けに集中できやしない。


「……ごめん、向井に聞いたよ」


 なんだ、それは助かる。


 俺の口から説明するのはちょっと心にダメージがデカいからな。

 桐花の奴、あからさまに俺を避けているのに陽太郎とは話すのかよ。

 まぁ、俺が桐花だったらブサメンと話してないでイケメンと会話しつつ目の保養をするできる方を選ぶよな。

 なんて、桐花はそんなキャラじゃないのは分かっているんだけど。


「なんで向井には話して俺には話してくれないの?」

「へ?」


 言える訳ねぇだろ。俺の気遣いを無にしないでくれ。


「俺、何度も確認したよね? 嗣乃のこと、どう思ってるか」

「はぁ? うん」

「どうしてちゃんと言ってくれないんだよ?」


 時間の無駄としか言い様がない質問だな。


「桐花からどれくらい話を聞いたか知らねーけど、お前は一歩進んだ関係になって俺は兄妹のままってだけだし。そもそも嗣乃に俺を当てがいたいなんて思ったことねーだろ?」

「え? ええと……」


 分かっているよ、お前の気持ちだって。

 生まれてこの方一緒に居る兄妹を一度他人と認めて、その上で本来兄妹として抱かない感情を抱き合わなくちゃならない。


 そもそも過去の嗣乃なら本当に俺を選ぶことも考えられなくもなかったかもしれないけれど、今の嗣乃が俺を選ぶはずがないんだよ。


 陽太郎は学園祭をまるごと滅茶苦茶にしようとしていた女子サッカー部を潰してくれたんだ。

 これで嗣乃は分かっただろう。

 誰が嗣乃自身を一番大切に思ってくれているか。


「俺は嗣乃の面倒を見きれねぇよ。そもそもあいつは俺に怒ってんだろ? あいつの尊敬する先輩にうるせーブスとか言い放って謹慎食らってんだぞ」


 突然クスクスと陽太郎が笑い始めた。


「ああ、あれ? もったいないなぁって思っちゃったよ。つっきが年上のものすごい美人につきまとわれるなんて間近でギャルゲ見てる気分だし」

「怖いこと言うなよ。あと年上好きを現実に持ち込むな!」

「え? 現実も二次元も年上好きなのは変わらないって。俺、条辺先輩ちょっとっていうか、かなり好きだし。条辺先輩がいつもつっきをいじるから嫉妬してるし」

「は、はい?」


 あんな意味不明な女子の先輩をか?


「……な、なんだよ、お前も俺に話してないこといっぱいあるじゃねえかよ」

「そりゃ条辺先輩についてはスケベ心みたいなもんだし。つっきだって山丹先輩がそういう意味では好きでしょ? 俺も好きだけど」

「あぁ、まぁ」


 黒髪眼鏡ちびっ子なのに態度はとても大人、でもメンタルの限界迎えると駄々っ子みたいになる。

 実害はあるけれど、可愛いくてたまらない人だ。


「ほら見ろ」

「だって可愛いものは可愛いからしかたねーだろ!」


 何だこの会話。

 超楽しい。

 陽太郎と三次元の会話で盛り上がることなんて滅多にないからかな。

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