一年委員長と初めての(恥辱に満ちた)朝礼台-6
二時間後。
演劇部に呼び出された俺と陽太郎はズタボロの着物を着させられ、落ち武者のカツラを被せられた。
そして同じ格好をした宜野と共に、ボロいござが敷かれた朝礼台に上らされた。
校庭の朝礼台は高さも通常より高く、代も数倍は広いマンモス校ならではの特注品だ。
「二人とも、土下座の姿勢を崩さないでくださいね」
宜野に言われるがまま、ござに頭を擦り付けた。
校庭側に尻を向けているのがことさら無様だった。
鉄琴の小気味よい音が響いた。
校内放送の合図だ。
『元気か貴様ら! みんな大好き東京愚劣甲子園だ!』
演劇部部長氏の声が響き渡る。
演劇部は学園祭準備期間中、新入生の度胸試しと称したゲリラ的小芝居を行うのが通例らしい。
『さーてテメーら、おかしいとは思ってんだろ? いつまでもデカい資材が届かねぇなぁ、テントしか届いてねぇなぁってよぅ!』
あぁ、始まってしまった。
旗沼先輩も朝礼台に上がってきて、土下座姿勢を取った。
そこに続いて桐花と嗣乃が並び、最後に山丹先輩までもが同じ姿勢を取ったところまでは横目に確認できた。
『……届かねぇぞ。待ってても』
案の定、ざわつき始めた。
後ろを小さく振り返ると、この珍妙な状況に興味を惹かれた連中が集まり始めていた。
「旗沼ぁ、どういう意味だ! 入場門用の鉄パイプ待ってんだぞ!」
うひぃ。
入場門の作成を担当している生徒だろうな。
アーチ飾りの支柱は午後に届くはずだったのだ。
その一言から、困惑の声が広がっていった。
「待てぇ貴様らぁ! 吟味はわしの役目じゃ!」
巨体を揺らして走りこんできた主宰氏が、ワイヤレスマイク片手に叫んだ。
頭にはいい加減なちょんまげのヅラがのっかっていた。
そういえば、台本を受け取っていないぞ。
段取りを口頭で聞いた限りでは朝礼台で台本通り読めばいいと言われていたんだが。
「これよりぃ! 資材不達についての
不安を訴える声が一段と大きくなった。
ああ、消えてなくなりたい。
「まずは下手人山丹湊ぉ!」
「はい!? え!?」
即行で聞いた段取りと違うじゃねぇか。
演劇部員がすかさず山丹先輩の前にマイクをかざした。
「なぜ我らが新部長の告白を受けなかった!?」
え? 何? 何の話?
「ああああ! うわああ!」
冴えない顔の人物が朝礼台に走り込んできたが、即行で演劇部員達に捕らえられた。
「え? あの、身に覚えが」
山丹先輩が困惑しきっていた。
「貴様、フラれたとの報告を受けたがどういうことじゃ!?」
部長氏がボソボソと何かを言っていたが、まるで聞こえなかった。
「主宰……じゃなくてお奉行様! こいつ面と向かって告白してません! 要望書に連絡先教えろと書いただけだそうです!」
「切腹っ!!」
うん、正しい司法判断だ。
「山丹湊! もう一つ質問に答えよ」
「な、なんですか……?」
主宰氏が旗沼先輩の髪の毛を掴んで顔を上げさせた。
「コイツと身長差どのくらいだ?」
「え? 五十センチちょうど……くらい?」
どよめきが上がった。
山丹先輩の後ろめたそうな顔はあまり見たくなかった。
「デートとか夜とか大変じゃね?」
「え!? あ、いや、そういう関係では!」
ああもう山丹先輩超可愛い。
顔があっという間に朱に染まってしまった。
「この男が欲しくばモタモタするでないぞ!」
告白しろだの結婚しろだの声が上がった。
演劇部の新部長氏の心中察するにあまりある状況だ。
「静まれ! 余興はこれで終わりだ! 告発者、前へ」
ああ、本題が始まってしまった。
朝礼台の下に待機していた瀬野川が奉行の横に立つ。
「
「いえ、ちげぇます!」
なんだその大根演技は。
頭上の様子を伺うと、瀬野川は笑いを堪えながら供述していた。
「なんだと!? それは誠か!?」
よし、まずは全部俺達のせいにするって流れは守られているようだ。
「へぇ。この狼藉、ここにいる三人の悪しき兄弟の仕業であります!」
うわぁ、なんだこの台本。
また変なあだ名付けられそう。
「まずはそこの
「に、仁那!?」
また段取りに無いことを。
あからさまに怯えた顔で現れたのは嗣乃の隣の席に座っている中学時代からの同級生だった。
ちなみに例のオフラインパソコン部所属である。
「まずはこの証言者、先日彼女ができた! 拍手!」
女子は歓声を上げたが、男子からは大ブーイングが巻き起こった。
嗚呼、男って。
「せ、瀬野川さん!? こんなの台本にないよ!?」
「いいだろ別に! 彼女挙手!」
思わず背後を見てしまった。
良い笑顔で手を振ってるねぇ。
嗣乃と仲が良い野球部マネージャーの子だ。何この悔しい気分。
「げ、下手人について証言します。汀……
証言を聞く瀬野川の笑顔が気持ち悪い。
「ほう、汀嗣乃とやら、そこの金髪娘とはどういう関係じゃ?」
「愛し合ってます!」
はーいやっちまった。
嗣乃さん即行自爆しちまいました。
桐花が何度も咳をしていたが、言葉になっていなかった。
「うわ、実際アンタ達が付き合ってるとか想像したら鼻血出そう」
「あぁ、ワシもじゃ!」
瀬野川と主宰氏は何を言っているんだ。
「では次! ここに主犯格、
えぇ……今までのくだりなんだったの?
瀬野川からA4サイズの紙が、主宰氏に渡された。
「代読致す!」
うぅ……どんなことが書いてあるんだろう。
「
集まってる皆様、『うわぁ』とか言わないで!
お願い! 本当は二次元に限るよ!
あ、それも気持ち悪いね! 生きててごめんね!
「公立高校の女子生徒では飽き足らず、有名お嬢様学校の中へと深く深く潜入したいという欲求を抑えきれぬ手前は、ついにある計画を思いつくに至り申した」
瀬野川がわざとらしい動きで一歩前に出た。
「この男、有名お嬢様学校へのコネクションを形成するために、まずはそこの
女子数名がギャーという声を上げた。
あぁ、もうどうにでもしてくれ。
「相違無いか、宜野松とやら?」
「はい……実は、最初から、彼の目的は他にあると、分かっておりました……それでも僕は……彼を愛してしまったので……協力しました……」
迫真過ぎだろ!
涙まで流すか普通!?
「こうしてこの男は
『下僕へと成り上がった』って日本語として正しいのか?
「お奉行様、証拠写真を提出致します!」
またパソ部数名が大きく印刷された写真を持って練り歩いていた。
文化祭会長氏に馬にされた時の写真だった。
A全ロール紙プリンターはコスト高いんだぞ!
「つっきーよぅ、背負った感触はどうだった? ん? どんな塩梅だった? 胸とか乳とかオッパイとか!」
瀬野川……どこでこんな画像手に入れやがった。
「
奉行こと主宰氏が迫ってきた。
「え? こ、これ、読めって?」
「うん、頑張って」
白馬がA4サイズの紙を俺の前に置き、マイクをかざしてきた。
マイクのスイッチがオンにされる。
すっと空気を吸い込むが、のどが張り付いていた。
まずい、全然話せる気がしない。
周囲に助けを求めようと横を見た瞬間、震えが少し治まった。
俺よりずっと震えて怯えている桐花の姿が見えた。
「わ、私は笹井本かとり会長をたぶらかし、校外生警備ボランティアの担当者を任されました」
口から声が出た。
今は会いたくもない相手なのに、早く朝礼台から降ろしてやらないとという気にさせられてしまう。
「あ、あの学び舎に入った時のこ、興奮は忘ら、忘らら、ら、られず、そこにいた、女子高生達は、恐ろしい程によ、よう、妖艶? な空気をまとい……わ、私は、この女子校の空気を、皆と共有したく、なりました」
何この原稿。
この演劇での俺、マジモンの変態なんだけど。
「こ、こちらに、おり、おります、金髪の娘を介して、会長から、連絡があった、資材を運べないという連絡を、に、握り潰しました」
いやだから!
来てねぇよその連絡!
「そ、そして、い、今まで黙り通し、べ、別のトラックをチャーターする時間を失わせ、私と心同じくするお嬢様学校に立ち入り、その空気を存分に味わいたいという志士達と、徒歩で資材を取りに行かざるを得ないという、状況を、作り上げたのでご、ございます!」
急にざわつきが大きくなった。
「面を上げぃ」
恐る恐る顔を上げた。
ただの役の台詞なのに、自分が責め立てられている気分だ。
「つまり、お嬢様学校の文化祭チケットが手に入らず、入ることが許されなかった野郎共のためにこの計略を練ったということで相違ないか!?」
原稿がない。
アドリブで答えるのか?
「答えよ!」
「は……はい」
主宰氏が満足げな笑顔を浮かべた。
「貴様ら頭が高い!
ふぅ、終わった。
「次、
「せ、瀬野川? なんで俺!?」
瀬野川の奴、全員分仕込みやがったな。
陽太郎は本気で狼狽していた。
「これはなんと読む?」
パソ部の先輩方が朝礼台上で大きな紙を広げた。
うわぁ、難読ギャルゲータイトルだ。
「……ねぇ、ちゃんとしようよ?」
何普通に答えてるんだよ馬鹿野郎!
「ではこれは?」
「おとめはぼくにこいしてる……ですけど」
だから普通に答えるなよ!
知らないって言えよ!
「語るに落ちたな! この男は年上好きをエロゲーで解消する変態であります! かの美人生徒会長の色香にほだされ、あれやこれやの不埒な妄想を繰り返していたのであります!」
どっちの味方なんだ瀬野川!
そもそも妄想は犯罪じゃねぇだろ!
「おとぼくはそれだけじゃないって!」
黙れ陽太郎! 反論するベクトルがおかしいんだよ!
「なるほどなるほど。つまり総合すると……」
わざとらしい態度で主宰氏がふんぞり返った。
「性癖似通う三兄弟よ。貴様ら三人で共謀し、ここにおる飢えた狼達をお嬢様学校へと導く手立てを考えたということに相違無いな!?」
少し遠くから、「あれもしかして笹井本会長?」と、誰かが言う声が聞こえた。
ほどなくして俺の顔の前に、チャコールブラウンの制靴が現われた。
「あらぁ、そうだったんですかぁ。それならそうとおっしゃってくださればいいのに」
ケレン味たっぷりなのが腹立つな。
しっかりマイクも持っていやがるし。
「皆様、無理を申しているのは承知の上でお力をお貸しください。私としたことが下僕の策にはまりまして、長い鉄パイプと木材が運べない状態になってしまいました。ここにいる皆様の力でお運びいただけませんでしょうか? もちろん、見学も大歓迎ですよ!」
見学という言葉に、女子までもが色めきだっていた。
「ちなみにですけどぉ、当校のメスブタ……もとい生徒達はぁ、どれくらい飢えているかと申しますとですねぇ……警備に来ていただいた野球部の皆様と出会って十分も経たぬ内に『ある種のパーティ』を開く約束をしたくらいでして」
「確保ォ!!」
主宰氏の怒号を切っ掛けに逃げ惑う野球部員達が引っ捕らえられた。
なんだ、ある種のパーティって。
先生方に追求されてもシラを切れるようにしているんだろうな。
「今の証言は誠かぁ!?」
捕らえられた野球部の一年生が首をブンブン横に振っていた。
「あれぇ? 私も参加して欲しいってチャット受け取ってるんですけどぉ?」
野球部員達は全員がっくりとうなだれてしまった。
「ねぇ、次は……皆さんの番だと思いませんか?」
なんて生徒会長だよ。
「貴様ら! この状況を作ったのは誰か思い出せぇ! このドスケベ変態兄弟に感謝しやがれ!」
「瀞井ー! 安佐手ー! お前ら最高かよ!」
ダンス部の皆様のヤラセコールが炸裂する。
しかし、これが効果てきめんだった。ダンス部はほぼ全員が陽キャグループに所属している人々だ。
案の定、皆簡単に呼応し始めた。
「さぁ皆様、私に付いて来てください!」
おおー! という声が上がった。
百名、いや、それ以上の人数が参加してくれそうだった。
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