謎の女と傷病少年と過干渉少女-5
「……正直申しまして、犯人は分かっています。私の復讐に、つーちゃんとよたろー君が関わっています。でも、私達のしていることについてはお目こぼし願いたいんですよ」
何を言っているんだ。
この人が何を言いたいのか、どうして瀬野川と白馬もこの場に必要だったのか。
『この件に手を出すな』と伝えに来たのだ。
何をどうしているのか聞いてみたいが、教えてはくれないだろう。
「……嗣乃達に、危険はないんですか?」
「危ないかもしれません。でも、止められません」
「な!?」
「安佐手君」
食ってかかろうとした俺を止めたのは白馬だった。
「もう、私がやめてと言ってもやめないですよ。私もやめてとは言えません。ただ、今こうして話している意図を汲んでください。上手く行きかけているんですよ」
何言ってんだよこの人。
人の兄弟を危険に晒しやがっていたなんて……いや、この人に怒りを向けるのは完全に筋違いだ。
間違いなく言えることは陽太郎も嗣乃も、過去の笹井本かとりの弔い合戦に自ら参加しているということだ。
山丹先輩の仕事が疎かになっていたのは桐花を育てる意味もあっただろうけど、この件も多いに関わりがあるんだろう。
「あの……その復讐劇に、何の意味があるんですか?」
白馬が口を開いた。
「単なる復讐ではありませんよ白馬君。こんな事件が今後も起きないようにするためです」
「今後もって、どういう意味ですか?」
白馬は今にも会長氏に襲いかかりそうな眼をしていた。
会長氏は表情一つ変えなかった。
「仁那ちゃんが私のような目に遭っていなくて良かったと本当に思っているんです。私をこんな目に遭わせた奴らは、まだあなた達の学校にいるんですよ?」
「……奴らって、誰ですか?」
「つっきーテメェまだボケてんのか? 女子サッカー部に決まってんだろ。所属してる奴がどんな連中か知らねぇのか?」
全く知らない。
奴らの資料は一切見ていなかった。
見てしまったら、嗣乃を凹ませた私怨で報復を考えてしまいそうだったからだ。
今そのことを後悔しても仕方ないんだが。
「あいつらは家の権力で教師だろうと思いのままやりたい放題できる屑どもの集合体だよ。サッカー部って名乗ったのはトッティ会長への当てつけだろ」
瀬野川は妙に冷静だった。
「で、でも山丹先輩があそこは正当な部だって」
「はん。そんな訳ねーだろあんな連中が。一応文化部扱いだからみなっちゃんとアタシが活動報告を受けたけど、あの連中は駄目だわ」
くそ。馬鹿か俺は。
なんでスポーツ部担当の白馬が会ったと思い込んだんだ。
白馬だったら必ずおかしいと思って行動を起こしたはずだと高をくくっていた。
「活動なんてしてねーし、カラオケだのボウリングだので日がな一日遊んでるだけ。部活予算も馬鹿にしているとしか思えない感じに一円残らず使い切ってんのよ」
「な、なんで俺に……!」
言ってくれないんだという言葉が、声にならなかった。
「みなっちゃんがつっきーには言うなって。こんな事態なら仕方ねーわ。いいか? ある意味でアタシ達にも原因はあるんだよ」
瀬野川が会長氏と目を見交わす。
「なっち、つっきー、この話までしたことは誰にも言うなよ?」
瀬野川はかなり事情を分かっているらしい。
「みなっちゃんがトッティ会長と同じ眼鏡かけて同じ髪型にしたってのはさ、あいつらへの牽制だよ。誰がこの人を突き落としたか分かっているぞって見せるための。連中も馬鹿じゃないから、自分達が突き落としたのをみなっちゃんにバレたのかもしれないって疑心暗鬼に駆られてやがったのさ」
山丹先輩はそんな後ろ暗い理由であの眼鏡とヘアスタイルをしているのか。
聞きたくなかった。
「湊、立派でしょう? 私が突き落とされて、皆も同じ目に遭うかしれないと逃げてしまってボロボロになった自治会を依ちゃん先生と一緒に見事に立て直してくれたんですよ。あんなに体が弱いのに」
なんて人だ。
俺がそんな先輩の跡継ぎなんて、どんな悪い冗談だ。
「でもね……数ヶ月前からあの連中を震え上がらせる事態が起きたんですよ……それがあなた達です」
何で俺達がそんな扱いなんだ。
「あなた達が一年生なのにすごい活躍を見せるから、自治会の信頼はもうカンスト状態だと聞いていますよ? このままですと絶大な信頼と瀬野川本家の力で捜査の手が及ぶと危険を感じているんでしょうねぇ。あなた達の周囲を嗅ぎ回っているみたいですから」
そんな馬鹿な。
誰かに見られているなんて、みじんも感じたことがないぞ。
「で、でも、隠蔽までできるレベルのヤバい奴らなんですよね? 強硬手段に出たら危ないんじゃ?」
「奴らはそんな生やさしく接しちゃいけねーよ。アタシもトッティ会長もアンタらが想像もつかねーほど気ぃ狂った人間たくさん見てんだよ。家の権力を傘にして、てめーらの悪業の口封じのために人を階段から突き落とす悪党は存在するんだよ」
瀬野川は努めて声を荒らげないように話してくれていた。
だけど、俺はその思いをどう受け止めれば良いのか分からなかった。
陽太郎と嗣乃が俺に一言もなく、そんな危険な連中を相手していた。
俺は二人にとって不必要な存在になってしまったのか?
「……おかしいだろ」
瀬野川と白馬が俺を見た。
「なんでだよ……俺が、俺がそいつらを引き受けるのが普通だろ。なんであいつらだけで」
「殴られたくなかったら黙れバーカ! オメーにはあいつらに復讐する理由がねーだろ! 第一、狙われるのはお前が筆頭なんだよ!」
俺が? 瀬野川ではなくて?
「つぐは自分の復讐心だけで動いてねーよ。つっきーのためって大義名分ができちまったから、よたろーもつぐを手伝ってんだよ。だから今はすっこんでろ。安全な場所に居ろ。それともアタシの可愛い嗣乃を何にもできないガキ扱いする気か? アイツの本性を兄弟なのに分かってねーのかオメーは!?」
ずるいぞ、その言い方は。
反論する言葉が見つからない。
分かっている。
俺達三人は根っこの部分がそっくりなんだ。
兄妹が傷つかないためには、どんな手段もいとわない。
「言っとくけど、アタシはつっきーのこと大好きだよ。アタシ達のこといつも考えてて、危ない道を進みそうになったらうまいこと戻してくれてさ。アンタがいないとアタシ達は何もできないんだよ」
口を挟みたかったが、瀬野川の真剣な目に何も言えなくなってしまった。
「……どいつもこいつも見てくれとか捻くれてるところとかばっかり切り取って、誰もつっきーがどんな奴か知ろうともしねぇ……やっとだよ。やっと今、アンタの実力が学校中に認められてるんだよ! でも、目立ち過ぎたんだよ!」
心臓がちりちりと痛んだ。
自分のことをそんな風に考えてくれているとは思いも寄らなかった。
「頼むから関わらないでよ。これはつっきーのやるべきこととは違うんだよ。オメーにはオメーのしなきゃいけないことが山ほどあんだよ!」
瀬野川は気持ちを必死に抑えている。
だけど、俺だって腹に据えかねていた。
「そんな顔すんな。つっきーは安全な道を通る奴だろ? アンタならこの話は穏便に済ませられるかもしれないよ。でも、あんなヤバい連中に慈悲深く対応しちゃ駄目なんだよ! プライドを傷つけられた程度の理由で、アンタを体育館の階段から突き落とすだろうよ!」
一体瀬野川は何の話をしているんだ。
俺が狙われているなんて、本当に思っているのか?
「トッティ会長、あと少しでコイツがそうならずに済むところまで来てるんでしょ?」
びくりと会長氏の体が跳ねた。
いくら記憶はなくても、その恐怖は覚えているのかもしれない。
「……そうですよ。ですから、ご安心ください」
何が安心だ。
失敗したら俺の兄妹が餌食になるかもしれないんだぞ。
「安佐手君、気持ちの整理がつかないなら僕達に言ってよ。瀞井君と汀さんに怒りをぶつけるのは間違ってるからね?」
白馬は俺の気持ちを分かってくれるらしい。
どうして陽太郎も嗣乃もこんなに大事なことを直接言ってくれないんだ。
俺を守るなんて到底信じられない理由で突き放しやがって。
後であいつらから直接俺が邪魔だという本音を引っ張り出してやる。
「あだ!」
俺の頭に衝撃が走った。
手刀?
立ち上がった白馬に睨まれていた。
「……僕さ、県立大のスポーツ医療目指そうと思ってるんだ。瀬野川姓を名乗ることになって、仁那ちゃんの家を継ぐかもしれない。仁那ちゃんのお父さんにそう言われたんだ。けど、大学はそっちを目指すつもりだよ」
な……なんだ? 惚気話? 身の上話? 違うよな。
鬼の形相の美形ってマジで怖い。
「そんな医療従事者目指してる僕にさ、病人の頭殴らせないでよ」
「だ、だからなんで直接言わねーんだよ! なんであいつらと一緒に行動しちゃいけねーんだよ! いでえ!」
白馬が俺の髪の毛を思い切り掴んでいた。
「どうしたら分かってくれるかな? 会長さんがわざわざ来てくれたのは安佐手君のためだって。瀞井君も汀さんも分かってるんだよ。自分達が何を言っても、安佐手君は絶対納得せずに首を突っ込むって。安佐手君が一番狙われてるのは本当なんだよ。信じる信じないの問題じゃないんだよ!」
「……ごめん」
「分かってるくせにこんなことさせないでよ。
分かってるよ。悪かったよ白馬。
でも自分がコントロールできないんだよ。
身近な人間だからこそ、こんな風に除け者にされたことが納得がいかないんだよ。
俺は恵まれてるんだな。こ
んなに考えてくれる友人がいるなんて、なかなかあることじゃないと思う。
この情けない人間を放って置けないどころか、過大評価までしてくれる。
「……あはぁカッコいい白馬君……! あら仁那ちゃん、どうしたのかしら?」
え? 瀬野川さん本気で泣いてらっしゃる?
羨ましいカップルだな実際。俺には一生縁が無さそうだ。
「……二人と顔を合せ辛いなら、しばらくこの部屋に近付くなって僕が言うよ。それでいい?」
俺の頭は勝手に頷いていた。
今二人の顔を見たら、八つ当たりしてしまいそうだった。
それに、今せっかく納得している自分の気持ちを覆してしまうかもしれなかった。
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