生徒自治委員会、瓦解前夜-5
屈辱。
結構な速度で坂を降っていたのに、宜野に追い抜かれてしまった。
俺がコンビニに着く頃には、水を二本買った宜野がイートイン席で待っていた。
「私立って原付OKなんだな」
「家の近くに公共交通機関が無い場合だけですよ。二種が必要なバイクも事情次第では大丈夫ですよ。原付で通れないバイパスを通る人だけですけど」
「家が畜産もやってまして。両親が朝から忙しくて送迎してもらえないから許可をもらえたんです。会長もバイクで通っていますよ」
あの鈍臭そうな人が大丈夫なのか?
「今、大丈夫かなって思ったでしょう?」
「う、うん」
「前が二輪になってるバイクに乗ってるから大丈夫ですよ。簡単に立ちゴケしたりはしないんで」
前輪が二輪?
そんなバイクもあるのか。
「あの、それで、用事なんですけど」
「あ、うん」
どんな話しをするつもりなんだか。
「ええと、立ち聞きしてしまってごめんなさい。ちょっと、その、不穏な話が聞こえてしまって」
まあ、不穏といえば不穏だ。
不正会計をぶちかましてやろうって話をしたんだからな。
「心配しないでよ。交流会の合同でやるあれのお陰で予算が浮いたから学園祭の規模を大きくできるって意気込んでたんだけど、召し上げられちゃって」
まあ、宜野も知っておいて良いことだ。
交流会にも影響は出る。
どうして交流会なのに俺達の高校だけが予算を出すんだか。
「それで不正を?」
「いや、不正ってほど不正じゃないから」
大きい声で言うんじゃねぇ。
客は言わずもがな、この辺の店舗はうちの高校の生徒がバイトしてるってのに。
「部活か委員会に予算を融通してもらうだけだよ」
言葉を濁してはみたが、紛うことなき不正行為だ。
「そんなに学園祭に懸けてるんですか? 学園祭はやっぱりすごく大事なの?」
敬語になったりならなかったり変な奴だな。
「いや、約束守るか守らないかの話っていえばいいのかな……そっちは選挙で生徒会役員選んでるんだろうけどさ、うちは選挙が無いんだよ」
「え!? 無いんですか!?」
知らなかったのか。
俺みたいな奴が委員長名乗ってる時点で、深刻な人材難であることくらい察して欲しいんだけど。
「こんだけ規模があるとそれだけで時間が無駄になるからな。行動で信任得なきゃいけないんだよ」
自然と口をついて出た言葉だけど、行動で信任得るって俺達カッコいいな。
自画自賛。
宜野はぽかんと口を開けていた。
サムい台詞を吐きすぎたか?
「ど、どした?」
「瀞井君と汀さんなんて一年生なのに交流会ぐいぐい引っ張るから、みんなすごい精鋭揃いだと思ってたんで。本当に衝撃です」
その精鋭達をまとめているのが俺なんだぜ?
悪い冗談だよ、ほんと。
「ほ、本当に……実行するんですか? 予算の流用なんて」
「学校側が予算の復活を断ったらやるしかないかもな。例年より多く客が来てくれるって前提で動いてるから引っ込みがつかないんだよ」
「そうなんですか。うちはそんな問題一切無いんで、初めて自分の高校が好きになれそうです」
宜野の妙な正直さは好感が持てるな。
「そっちは問題無いの?」
「うーん……瀬野川さんがこちらの高校だったらなって思うことがあるくらいで」
あら、分かりやすい話。
「お、お家同士のいがみ合いか」
端で見ている分には面白そうな話だ。
「はい、恥ずかしながら結構多くて。瀬野川さんがいれば絶対起こり得ないですから」
さすがセレブ学校。
しかし、瀬野川がいたら絶対起こりえないか。
最近知ったけど、すげぇなあいつの家。
一番すごいのは瀬野川仁那自身だと俺は思っているが。
「お家同士の代理戦争みたいなのって嫌ですよね……自分が田舎生まれ田舎育ちだって再認識しちゃいますよ……あぁ、ごめんなさい。本筋から外れてしまって」
まずいな、嗣乃のチャット爆撃がもうすぐ始まりそうな時間だ。
「本題って、不正を咎めるのかと思ってたけど」
「いえ、他校の事情に首を突っ込みません。その、フロンクロスさんも、それに加担するんですか……?」
「……はい?」
なんだ、その質問は。
「作戦自体を批判する訳ではないんです。のっぴきならない事情も理解したんですけど……でも、フロンクロスさん以外の皆さんはずっと仲が良かったんですよね?」
「まぁ、そうかなぁ?」
「言いたいこと言ってくれていいって。大事な話なんだろ?」
ラノベみたいな台詞回しになってしまった。
「ありがとうございます……もし、あまり良くないことをするなら、フロンクロスさんは加担させないで欲しいんです」
はーぁ。
俺が予想した通りのことを言ってくれるね。
先ほど自治会室前でぼさっとしていたのも、桐花のご尊顔を拝んでから帰ろうなんて魂胆だったのかもね。
なんだか、真っ暗な水の底に沈んでいくような気分だ。
「あの、お願いで言ってごめんなさい」
変なことを言っているよ。
宜野が加担させて欲しくないと言っている人物こそ、この作戦の主犯格の一人なんだぞ。
「……桐花とはどれくらいの付き合いなの?」
「保育園の時からです」
まあ、この辺は桐花から聞いてた事だけど。
「へぇ。どのくらい話したり遊んだりしてたの?」
「……あんまりないです。あまり人と話さない子だったから、中学に上がってからは先生に髪の毛を染めるように強要されてしまったのは聞いてますか? その時に少し話すようになったくらいで」
小学校時代まるまる吹っ飛ばすんかい。
まぁ、何もなかったってことか。
「そんな横暴あり得ないでしょう? だから生徒と先生で何度も話し合いをしたんですよ。でも、本人はその話し合いには一度も出てこなくて」
なるほど。宜野なりに桐花を気にかけていたのか。
同級生がせっかく桐花のために一生懸命動いていたのに、桐花自身が何もアクションを起こさないから腫れ物扱いされたんだな。
「だから僕、すごく嬉しかったんですよ。久々にフロンクロスさんに会って、自然な髪の色のままでいてくれて」
宜野が携帯を引っ張り出して、修学旅行中と思われる写真を見せてくれた。
班行動中の写真だろうか。
四人の女子が顔をくっつけて写っている隅っこに、うつむき加減の少女が立っていた。
あらぁ、黒い髪が可愛らしい。
もし桐花が妹だったら、俺はシスコン確定だ。同い年だけど。
「へぇ、わりと自然だな」
碧眼と黒髪は思った以上に違和感がなかった。
「自然じゃないですよ! あ、ごめんなさい。いや、こんなの、フロンクロスさんに見えないですから」
何言ってんだこいつ。
「いや、どう見ても桐花だろ。目の色はそのままだし」
桐花の緑に近い目の色は写真だと尚更目立つ。
「そ、そういうことを言っているんではなくて、どう見ても不自然って話を……」
不自然ねぇ。
いわゆるブルネットヘアの欧米人もいるわけだしなぁ。
それよりも、解決しなきゃいけない問題が出てきた。
「嗣乃のチャットID知ってるか?」
「え? はい、交流会で交換しましたけど」
なら話は早い。
「あのさ、その画像を嗣乃に送ってもらえると大変助かるんだけど?」
「へ? な、なんででしょう……?」
何でも良いから早くしてくれ。
さっきから俺の携帯がぶいんぶいんぶいんぶいんとヤンデレストーカーに付きまとわれているような震え方しているんだよ。
何の手土産もなく帰ったら殺されるから早くしろ……なんて言える訳がないんだよ。
「ご、ごめんなさい。なんだかいきなり女の子にチャット送るのは難しいんで、今安佐手さんに送りました」
「あ、あぁ、本当に助かる! 死なずに済む!」
「え? それはどういう……?」
「あいつ、桐花が大好きなんだよ。これで機嫌取りたくて」
棚ボタ的に画像をゲットしてしまった。
俺は一体何を喜んでいるだか。
「汀さんとは幼なじみなんでしたっけ? 羨ましいですね。恋愛小説みたいで……あ、すいません! 変な言い方を」
その謝罪は傷口に塩どころかキャロライナーリーパーを塗ったくってくれてるよ宜野君。
そうだよ嗣乃の相手は既に内定しているんだよ。俺ではないのだよ。
「汀さんってフロンクロスさんとすごく仲が良いですよね。あんなにフロンクロスさんが人に対して笑ったり怒ったりする姿なんて、見たことがなくて」
「へ? 桐花って喜怒哀楽激しい奴だと思うけど?」
「そうなんですね……なんというか、嫉妬しちゃいますよ」
本当に正直な奴だ。誠実な人ってこういう奴のことを言うのかな。
話している間も、俺の携帯はずっと震え続けていた。
黒髪桐花、しかも今以上に幼い中学生バージョンはきっと嗣乃のイライラを天高くスポラディックE層の向こうへと吹き飛ばしてくれることだろう。
「あ、ごめんなさい。遅くなってしまいましたね。最近、演劇部以外で同級生の男子と会話できてなくて」
なるほどな、『庶民サンプル』も大変だ。
すっと宜野が鼻から息を吸い込んで、姿勢を正した。
まだ話しは終わってなかったのか?
「あの、その、お願いです。フロンクロスさんは皆さんが思っている以上に真っ直ぐで、純粋な人なんです。だから、あまり危険なことは……」
いちいち言葉を選ばずに、俺達と同じ畜生道を進ませないでくれって言えばいいのに。
もしかしたら、桐花は宜野と同じ学校に進んでいた方が幸せだったかもしれない。
これだけ気にかけられて、大事に思われて。
今の桐花はどうだ。
すっかり俺達の仲間入りをして、一番真似しちゃいけない俺のような小悪党の真似までし始めていた。
「気には留めておくけど、何をするのも桐花の自由だよ」
「は、はい……でも、できれば、その、お願いします。フロンクロスさんは安佐手君のいうことは聞くと思うんです」
「んー……そうかな?」
食い下がるなぁ。
依子先生も同じようなことを言っていた。
従順なのは俺が委員長で、俺が親にすら秘密にしていたことを知られてしまっているからだ。
それに宜野には悪いが、俺は今後も桐花の力が必要なんだ。
「あと、その、『きりか』というの名前、本人は満足しているんですか?」
「え? あぁ……本人から嫌だとは言われてないけど」
嘘を吐いてどうするんだ俺は。
本人はこの名前にかなり固執しているんだぞ。
「……そ、そうですか」
不満そうだな。
言いたいことがあれば言ってこいよ。
少し困らせてやろうかねぇ。
「なぁ、桐花のことどう思ってんの?」
何故か、俺の体に震えが走った。
「え……? それはどういう意図で……?」
「お、思ってる通りだよ」
質問した俺が震えてどうするんだ。
「……分かりません。フロンクロスさんの楽しく笑う姿を見てみたいとか、一度でいいから舞台を見てもらいとかいう程度なのか。それとも、もっと欲深く、僕自身を見て欲しいという気分なのか……分からないんです」
「……ふぅん」
宜野の声はひどくか細く聞こえた。水底で水面上の会話を聞いている気分だ。
『どう思ってるの?』と質問したのは俺だけど、どうしてそんなに洗いざらいはっきりと話せるんだ。
「ではまた、お話聞かせて下さい!」
「あ、あぁ、また」
遠ざかっていく原付とは反対方向へと、自転車を向けた。
なんなんだ、あいつは。
恋愛経験皆無の俺でも分かる。
ずっと前から桐花を想い続けて、違う学校になってしまった今もその気持ちは変わっていなかった。
羨ましいな。
そんな素直で真っ直ぐな奴が、羨ましくてたまらない。
こんなもやもやした気分を誰かと話したい。
その相手として桐花の顔がちらついてしまうが、当事者に相談してどうするんだ。
いつの間にか、嗣乃からのチャット攻撃は止んでいた。
最後に届いた言葉は、怒りに満ち満ちていた。
『帰ってこなくていい』
ついに帰る家まで失ってしまったか。
さっきの画像を送りつけたらどうなるかな。
髪が黒かった頃の桐花の画像を送りつけると、すぐに携帯が震えた。
『帰宅を許可する』
はぁ、威力絶大。
黒髪の桐花に萌え散らかってろ。
桐花に救われたのはこれで何度目だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます