卑屈少年と清廉少年、どちらも問題あり-3

「備品貸出数クリア、ヘルプ人数クリア、広報分担クリア、相互交流クリア、警備クリア、福祉保留、エコ対応保留……」


 今日の会議の成果は上々だったようだ。

 学校間で協力体制を敷く内容が、ほぼすべてクリアされていた。


「いやぁ! こんなに早く決まったの初めてだよ!」


 少し疲れているように見えるが、山丹先輩の笑顔が眩しかった。

 遅れに遅れていた交流会での話し合いは、わずかな保留案件を残してほぼ決していた。

 保留されている案件も大した物ではないので、解決は時間の問題だろう。


 他の交流会メンバーが帰った後も、笹井本生徒会長氏と宜野だけは議事のすり合わせのために残ってくれていた。

 功労者の一人である嗣乃は杜太と多江とこの結果結果を伴って実行委員会に行き、俺を呼び戻した瀬野川は俺を待たずに次の仕事へと向かってしまったようだ。


 一年生で唯一残った陽太郎は屁理屈ぶっこく俺を説得するために残ったんだろうな。


「……抜かりねぇな」

「つっきほどじゃないよ」


 くそ、なんだか格好良い返しをしやがって。

 しかし、スクロールダウンすればやはり言いたいことは出てくるもんだ。


「不満なら不満ってちゃんと言っていいから」

「不満!」

「覆らないけどね」


 ぐぬぬ。

 陽太郎が決めた学校間のボランティア人員の融通は完全に不公平だった。

 何故六校あるのに、うちの高校だけで五割近くの拠出人員をカバーしているんだ。

 確かに他校へ行きたいという単純な興味からの希望者が多いとはいえ、これは不平等と言わざるをえないだろう。


「先輩達のお墨付きだよ」


 そのお墨付きを出した山丹先輩は笹井本生徒会長氏と談笑していた。


「……先輩が作り上げた信用を俺達がいいように利用しまくってどうすんだよ?」

「うふふ。つっきー君は堅い子ですねぇ」


 変な笑い方をする人だ。

 え? 既につっきー呼ばわり?

 きれいなおねいさま邪険に呼ばれるなんて僥倖の極みだけど。


「よく見て。これねぇ、文化祭に……あ、ここでは学園祭ですけど、協力したい生徒数を全校から出してもらって、相対的に拠出する人員を調整したんですよ。ちょぉっちゅねぇ、不公平程度ですよ。よたろー君とつぐちゃんのこと褒めてあげなきゃ」


 え? 具志堅の使いどころ間違ってない?

 なるほどな。陽太郎と嗣乃が今まで絶対数における平等さに拘泥していた交流会に風穴を開けたのか。見事なもんだ。


「……誰も具志堅に突っ込んでくれない……」


 気付いてました! 俺気付いてましたから!

 面倒臭いなこの人。生徒会メンバーの皆様も大変そうだな。


「……みんな私のことないがしろにするんだから」


 アンダーリムの眼鏡を外してぐいぐいと袖で涙を拭うフリをする。

 どうして具志堅を突っ込む勇気が湧かなかったかなぁ。


「安佐手君、気にしないで」


 宜野にまで裏切られたか。


「ふぅ。でね……ああ、レンズ触っちゃったぁ……ああ、メガネ拭きない……」


 あれ? 

 眼鏡ふきを持った山丹先輩に眼鏡を取り上げられ、申し訳なさそうにしている笹井本会長氏をどこかで見たような気がした。


「……うちの会長、きれいな人でしょ?」


 しまった。

 じっと見てしまっていた。


「あ、いや、そうじゃなくて、どこかで見たような」


 生徒会長氏がにっこりと笑う。


「私はつっきー君のこと覚えていますよぉ?」

「はい? ど、どこで?」

「例祭の時にですねぇ、交野さんがつっきーくんって呼んでいましたから、印象に残ってますよ」


 案内場所に出入りするスタッフにそんな若い人いたかな? 


「え、えと……」

「ほーら」


 髪の毛を全部後ろへ押しやられても、あまりピンと来ない。


「例祭のお神輿乗せられたんですよぉ。そこのキヌエさんが勝手に推薦してくれたせいで衆目に晒されまして。しくしく」


 おお、なるほど。神輿に乗っていたエッロい人か!

 眼鏡とヘアスタイルでここまで印象が変わるとは。


「あ、なるほど……だからなんとなく見覚えが」


 でも、そうじゃないんだよなぁ。

 そんな最近の記憶じゃない。

 俺の記憶はもっとずっと過去のことだと訴えている。


 まぁ、他人のそら似なんてよくあることか。

 小さい頃の記憶なんてアテにならん。恋愛ゲームではありがちな既視感イベントだが、それはイケメンに限る。


「安佐手君、話の途中でごめん。ここでいいのかな?」

「ん? そう。説明欄にひたすらキーワードを書き込んでおくと検索しやすくなるから」


 しまった。また思考に埋没するところだった。

 交流会の会議に出なかった宜野にクラウドの使い方を教える役は俺になってしまっていたんだった。


「これだけの量、ほんとに安佐手君がやったの?」

「いや、八割はき……フロンクロスだけど」


 ニカニカしながら生徒会長氏がこちらを見ていた。


「あらぁ、山丹さんから安佐手君は人見知りさんと聞いたんですけど、うちの子と気が合うみたいですねぇ」


 十分人見知ってるけど。

 先程宜野が隙を見せてくれたから多少打ち解けた気はしないでもないけれど。


「会長、安佐手君は本当にすごいんですよ! いろんな人に感謝されていて、しかも演劇部さんに客演させてもらうって話まで付けてくれたんです!」

「あららぁ、すごいですねぇ。でも交流会のお仕事も手は抜かないでね」


 また褒め殺しか。


「うぇーい、ただいま。ほれ」


 戻ってきた瀬野川にクリップボードを渡された。

 生徒自治委員会の一学期の活動報告書を教頭先生に提出していたらしい。


「え? なんで俺を待っててくれなかったんだよ?」

「あん? 桐花が先に行っちまったからしかたねーだろ」


 桐花の奴、どこまで宜野が嫌いなんだよ。


「ふむ? ふーむ」


 瀬野川が俺の横に座っている宜野の顔を覗き込んでいた。


「な、なんでしょう? 瀬野川さん?」


 じっくり宜野を検分した瀬野川が答えを出した。


「総受け」


 ガタッと言う音が響いた。

 生徒会長氏が激しく動揺したようだ。

 それを見た瀬野川がニヤリと笑っていた。


「そ、そううけ……? 宗家、ですか?」


 知らないのか。知らないことは幸せだよ。


「瀬野川の言うことは一切無視でいいから」

「え? そういう訳には」


 瀬野川も段々露骨になってきたな。

 もう隠す気はないのか、ここに敵はいないと判断したのか。


「瀬野川、桐花は?」

「あー桐花? どうしたっけなー?」


 宜野を避けたがる桐花には悪いが、帰って来てもらわないと困る。

 本人を目の前にして悪いが、書記が宜野だけの日が結構ある。内容がいまいち掴めない。


「聞きたいことがいっぱいあるんだよ」

「別に後でも構わないんじゃね?」


 過程が分かっていれば、後々同じ質問を繰り返してしまう時間の無駄を防止できると旗沼先輩が教えてくれたことがある。

 桐花が記憶してる限りでそれを補って貰わないと。

 瀬野川が何を誤魔化そうとしているのか分からないが、これ以上追求しても無駄だろう。俺ごときに瀬野川の口を割らせられない。


「はぁ……宜野君ごめん。俺、便所行ってくる」


 宜野が困ったような笑顔を浮かべた。なんか変な勘違いされたくないな。


「あの、ここって体育館のトイレが一番近いんですか?」


 なんだ、また敬語に戻っちまったな。


「ああ、そうだよ。さっき案内したとこ。トイレなら遠慮しなくて行ってきなよ」

「いえ、ごめんなさい。大丈夫です」

「なっち、そのあれ、ネットのクラウドだかいうのつっきーの代わりに総受け君に教えてあげてよ」


 なんて呼び方だ。


「宜野君だよ仁那ちゃん」

「ああ、宜野座ね! ごめん!」


 ああ、瀬野川も同じ間違いを。


「宜野君だよ! 沖縄の地名じゃないんだから!」


 あ、白馬って本当に非ヲタなんだな。

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