少年に恋は理解できずとも-5
結局、瀬野川は泣く泣く白馬に従った。
瀬野川は異常なほど白馬に従順だ。
どうして白馬と良い関係になろうとしないんだか。
お化け屋敷は期間限定の安普請とは思えないほど、良い雰囲気を放っていた。
「瀬野川、グループ入場だから陣形決めなよ」
陽太郎に促されるままに、瀬野川は俺達を好きな位置に並べた。
先頭に陽太郎と俺、中央に瀬野川と白馬、そして
「め、メンバー足りなすぎ! アタシの左右にあと二人欲しいのに!」
無茶を言うな。
最後に瀬野川は白馬の背中に回り、白馬のジーンズに通ったベルトをがっちり掴んだ。
「ちょっと! 歩きにくいよ!」
「だってなっちが一人で待ってろとか言うから! 責任取ってよ!」
「仁那、うるさい!」
嗣乃の声も十分うるさい。
「桐花ぁ、恐かったらだっこしてあげるからねぇ」
「や、やだ!」
嫌がってはいるが、桐花が一番信頼しているのは嗣乃だ。
その証拠に、桐花は嗣乃の手を離そうとしなかった。
「よー、他人のフリしようぜ」
「うん。せっかく先頭なんだし、最悪ダッシュで逃げよう」
「いいよ別に。あんたらなんていらねーし。あたしは桐花といれば幸せだしぃ」
桐花さん、嗣乃の手を握りながらも怯えてるね。
でも助けるのはちょっと無理かな。
「六名様、お進みください」
笑いをこらえる係員さんに促され、中に入った。
恥ずかしい。
背後のドアが、わざとらしいくらいに大きな音を立てて閉まった。
「ギャーーー!」
「仁那ちゃん! ちょっと引っ張らないで! 転ぶよ!」
入って一秒で耳が痛くなった。
「廃病院パターンかな?」
陽太郎の言うとおり、最初のエリアは病室だった。
「ちょっと生臭い匂いの演出入れてるよね」
嗣乃も冷静に評した。
「れ、冷静過ぎるんだよテメーら! なんかありそうだったら言えよ! 絶対言えよ!?」
「仁那ちゃん、ちゃんと歩かないなら離してよ!」
「やだ! これ以上なっちに裏切られたら死んでやる!」
お化け屋敷の外観は良かったのに、思った以上にクオリティが低かった。
「瀬野川、コンプレッサーの音がするよ」
陽太郎が冷静に伝えた。
「え!? どこで!?」
「タイミングまでは分からないよ。うわっ!」
先頭の陽太郎と俺がエアブロワーの洗礼を受けた。なんだこの安い演出は。
「瀬野川、なんか来るよ」
カチャンカチャン。
安いおもちゃのような音がした。
「うひぃ! 何!? 何!? ギャーーー!!」
「ひっ!」
お、桐花も少しびっくりしたらしい。
「仁那ちゃん、耳が痛いって。お茶を運ぶからくり人形だよ」
なんで廃病院にからくり人形。演出担当は何を考えていやがるんだ。
「アアーーー! ギャァーーー!」
しかも、そこから先は生身の人間のゾンビ攻撃だった。
「ごほっ! ごほっ! うひぃ……!」
「に、仁那ちゃん、大丈夫?」
「もう……無理」
鋼の喉を誇る瀬野川は限界を迎えていた。
白馬の耳も限界を迎えていそうだ。
美少女にこれだけ叫ばれて、ゾンビチームの皆様はさぞかし自信を得ただろうに。
「うお! 瀬野川、この先床が柔らかいから気をつけろよ」
はぁ、ネタバレをしているみたいで心が痛むな。
「へ? どこ!? どこから!? うわっ!」
「うわ、に、仁那ちゃん放して!」
「仁那! 放して!」
振り返ると、瀬野川の転倒に嗣乃と白馬が巻き込まれていた。
「い、イヤァーーー!」
「あだだだ! 仁那! あたしの! あたしの髪の毛!」
嗣乃の髪が顔にかかって驚いたらしい。
瀬野川自身が手塩にかけて育てた黒髪を恐れるとは。
「瀬野川、一度後ろに引っ張るから」
「無理ぃ!!」
その程度も嫌ってなんなの。
「桐花、瀬野川を引っ張ってくれ。よーは嗣乃を頼む」
そして俺は瀬野川の下敷きになった白馬を引っ張り出した。
「はぁ、ありがとう、安佐手君」
瀬野川は抵抗を止めていなかった。
「やだ! 戻りたくない!」
「ご、五十センチだけだから!」
抵抗する瀬野川を桐花が羽交い締めにして引っ張った。
「靴脱げたーー!」
「うっ!」
瀬野川の大声に、桐花が苦悶顔を浮かべた。
靴はすぐ桐花が見つけたが、ソールが前後に割れて剥がれ落ちていた。
「早く履かせて! こんなところ素足じゃ無理!」
「は、履けない。ソールが」
「仁那ちゃん、靴はあきらめてちゃんと立ってよ。肩貸すから」
桐花は瀬野川のスニーカーを携帯のライトで照らしながら、じっと見ていた。
「どうした?」
桐花が差し出した瀬野川の靴は、ソールが薄くなるまで削り込まれていた。
なんて細工をしているんだ。
本当に、瀬野川が分からなくなってきた。
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