少年達が停滞しても、祭りは進む-2
他の祭りを良く知っている訳ではないんだが、所詮地元の田舎祭りだと思って完全に舐めていた。
土曜日、つまり昨日は単なる前夜祭に過ぎなかった。
今日は分単位で迷子が発生し、秒単位で出し物のスケジュールの質問をされた。
そしてコンマゼロ秒単位で空いている仮設トイレの案内をしなくてはならなかった。
祭りって神様に厳粛に感謝したり、楽しむためにやるものではないのかな。
皆殺気立ってて怖いんだが。
俺達の人員配置は昨日と一緒で問題なしとなった。
関係者も特に問題なしと太鼓判を押してくれた。
その関係者というのは、二日酔いに追い酒を飲むおじさん達なんだが。
祭りの運営は唯一シラフの交野さんにかかっているような状態だった。
旗沼先輩と俺の取り越し苦労は悲劇的なレベルだった。
「つっきー君……エアコン強くしてぇ」
「……もう最大ですよ」
灼熱の真っ昼間からの労働は容赦なく体力を削ってくれた。
案内所はひっきりなしに人が出入りしているので、エアコンの効きが悪かった。
なんでこんな時期に祭りをやるんだろうねぇ。
神様のためだから文句は言えないが。昔は夏がこんなに暑くなかったという話だから、少しずらしてくれても良いのに。
「つっき、警備行くよ!」
案内所の裏口から、陽太郎に呼ばれた。
俺もついに炎天下へ出動か。
スタッフ用の頭に被る笠と一緒に受け取った無線機のイヤホンを耳に突っ込んで、本体を口に近づける。
緊張しつつ、無線の横っ腹にあるスイッチを押して発話した。
「あ、安佐手、外出ます」
これだけ言うのも緊張するぜ。一仕事終えた気分だ。
『はーい、いってらっしゃい』
山丹先輩と思われる声が帰ってきたので、少し鼓動が収まった。
嗣乃が俺を見てニヤニヤ笑っていた。なんだ一体。
「……ドラゲナイ」
「うるせぇ!」
無線機のアンテナが笠に当たるから斜めに持つしかないんだよ。
そういえば、昨日桐花を探しに行った時に無線がなくて良かったな。
助けを呼んだら、桐花が自分で立ち直る機会を奪いかねなかった。
陽太郎と嗣乃に連れて行かれたのは、階段下の参道だった。
祭りの目玉の一つ、武者行列の通り道を確保するのが俺達の仕事だ。
この神社はかつて砦として使われ、そこを拠点に民衆を戦から救ったという武将とその配下が元々のご神体と共に祭られている。
武者行列は、その出陣と帰陣を模したものだ。
行列参加者は軽量な甲冑モドキを着て、槍を模した棒やら弓を持って歩く。
炎天下の中、ご苦労なことだ。
「おーい!」
行列から声をかけられた。
先頭を務める二、三年の先輩方だ。槍を持っていない方の手で、何かを飲む仕草をしていた。
「行列先頭に飲み物お願いします。石段前三百メートルくらいです!」
俺がするより前に、陽太郎が無線で連絡を入れてくれた。頼もしいな。
これから先輩方は神社の石段という最後の試練にさしかかるのだ。
「なんか、敗走感がハンパないんだけど」
嗣乃の言う通りだった。
今日の暑さのせいか、行列は足音しか聞こえなかった。
沿道の見物客も静かそのものだった。
お
「ん? 何あの
「つっきはこれ見たことなかったっけ? 最初の神輿に載ってるのが武将だよ」
優しそうなおじさんが、しっかりした甲冑を着て乗っかっていた。
輿に天蓋がついてはいるものの、かなり暑そうだ。
「後ろの二つが武将の跡継ぎとその妻みたいな設定だよ」
「そうそう、何年か前の大河ドラマから妻を目立たせる設定増えたから追加したらしいよ?」
血湧き肉躍る話が好きな嗣乃が不満げに言う。
俺も嗣乃と同じ思いだ。
このやり方に若干の浅はかさを感じざるを得ない。戦に嫁を連れていく訳がないだろう。
しかも浴衣みたいな薄い着物で。
「あれ、始まった頃は乗ってみたかったんだよねぇ。今は設定聞いて興ざめだけど」
珍しく嗣乃が女子らしい発言をした。
薄いとはいえ、きれいな着物は憧れるのかもしれないな。
乗ってる人をじっと見ていたら、笑顔で手を振られてしまった。
こんなのに救いの手を差し伸べてくださるなんて、女神かよ。
思わず嗣乃と見比べてみてしまった。
嗣乃も大人になればそんなに負けはしないと思う。
「何? あんたああいうのタイプなの?」
ぼさっと眺めていたのを嗣乃に見咎められてしまった。
「別に。美人をエロい目で見ちまうのは仕方ないだろ」
「まぁねぇ。あれくらいエロくないと神輿は乗れないかぁ」
不意に笠を押さえつけられた。
「二人ともそのくらいにしとこうか?」
「「はーい」」
こんな程度で怒らないでよ我が眷属。
「あの人高校二年らしいよ? 若殿の方は知らないけど」
へぇ。大人っぽい人もいるもんだ。
旗沼先輩もすごく落ち着いているし、そういう人もいるんだろう。
しかし陽太郎、年上女子は調査済みか。ちょっと気持ち悪いぞ。
あ、そうだ。
無線のチャンネルを事務局に変えて、交野さんを呼ぶ。
「安佐手です。交野さんどうぞ」
『ドラゲナイ?』
どいつもこいつも。
「ドラゲナイやめてください。行列のお姫様と若殿やる人決まってるんですか? どうぞ」
『へ? 乗りたいの? 立候補か推薦だから大丈夫よ! じゃ早速来年乗ろっか! 何時に乗りたい? ドラゲナイ?』
何時って言う事は複数人いるんだな。
あの美男美女は炎天下の昼の回の被害者だったのか。
「ドラゲナイやめてください。瀞井陽太郎と汀嗣乃推薦するんで入れといてください。時間は何時でも。どうぞ」
『ドラゲナイ!』
「はぁ!?」
いつの間にか嗣乃がすぐ背後にいた。
はあ!? じゃねえ。乗れるんだから喜べよ。
「良かったな。二つドラゲナイでオーケーだったぞ」
「そ、そうじゃないっての! やりたかっただけっつってんのに!」
「いや、そう言われても決定しちゃったし。嫌なら今すぐ抗議しに行けよ。まぁ無駄だと思うけど。今連絡した人依子先生の旦那だし」
お、ものすごく怒ってるねぇ嗣乃さん。
だけど、怒りたいのは俺の方だ。
来年早々陽太郎は瀬野川とポスターになっちまうんだぞ。
下手すりゃカップル扱いだ。
そうなってしまえば、瀬野川が本命認定されて嗣乃が『よこれんぼー』認定されかねない。
瀬野川の心の底を知っている身としては、危機的状況だ。
「物は試しっていうじゃねぇか。乗ってみろって。よーもそれでいいだろ?」
「え? 嗣乃がいいっていうなら」
うわぁ、主体性がお留守。
「じ、じゃあ断って……!」
甘い。
何年兄弟やってると思ってんだ。
「ほーん。恥ずかしいから逃げるの? 昔の憧れから逃げてしまうの?」
「はあ!? 別に乗らないとは言ってねーし!」
いや、言ってたよ三秒前に。
心配になるレベルのチョロさだ。
「嗣乃」
「な、何よ?」
陽太郎が近くにいるので口には出せないが、目で訴える。
しっかりしろ馬鹿たれ。
だが、嗣乃は目を伏せてしまった。
そして、不安そうに頷いた。嗣乃がこんなに踏み出せない奴だとは思いもよらなかった。
俺の眉間に突き刺さった巨大な『踏み出せない奴』と書かれたブーメランを取り払いつつ、しっかりしろという念を飛ばした。
「あ……!」
思わず大きな声をあげてしまった。
「え? 何よ?」
「い、いや、飲み物もらい忘れたなぁって」
嗣乃が自分のペットボトルを差し出してくれた。
「あ、あぁ、助かる」
今の浅はかな思いつきの無線が、多江に聞かれたかもしれない。
「ちょ、ちゃんと受け取ってよ」
ペットボトルが手から落ちていた。
動揺するな。こんなことで動揺してどうする。
多江を遠ざけようとしているのは自分だろうが。味方をしないって表面的には思っているだろう。
俺は自分を責める訳にはいかないのは分かっている。
多江には何度も味方になれないと伝えているんだ。
多江も心の奥底は分からないけれど、納得はしているはずだ。
気を確かに持て安佐手月人。
お前は誰の背中を押したいんだ。皆の背中だろう。
多江のことも一人にするつもりは無い。俺になんて相談するのが悪い。
お前の背中は俺の思った方向に押すつもりだ。
「つっき! 無線のチャンネルちゃんと戻してよ! 鳥居前のロープ撤去だって! 行くよ!」
「あ、悪い!」
陽太郎も結構体力ついたな。
昔ならすぐに「ごめん」を連呼しながらへたり込んでいたのに。
停滞している陽太郎と嗣乃は踏み出せるだろうか。
一年先という長い期間ではあるが、初めて明確に期限ができた。
「つっき、早く!」
陽太郎と嗣乃が俺を待っていた。
先に行ってくれて良いのに。
俺のことなんて待たずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます