過保護少年と脱走少女-3

 祭りは昼からずっと続いている。

 だが、労働基準法で俺達高校生は午後九時までしか働けない。

 そして、一日の労働時間も八時間と決められている。

 準備の手伝いの後一旦解散し、午後四時に再集合というスケジュールはそのためだ。


 日が落ちた後の境内は恐ろしいほどの人出だった。

 例祭は花火大会も兼ねているので、早いうちから場所取りをして屋台へと繰り出すのが定番の楽しみ方だ。


 初めて袖を通す法被とやらは、思った以上に暑かった。

 とある王国民は高温多湿の中でこれを着込み、尚且つ発光する棒の類いを持って激しく舞うらしい。すごいもんだ。


「は、はい。社殿の左側奥にある仮設トイレが、ひ、比較的空いています」


 何が『比較的』だ。変な言葉を足すな我が脳よ。

 案内所の仕事は赤の他人と会話するという苦痛以外は簡単だった。

 大半は空いているトイレを案内するだけで済んだ。


「やたら事務的だねぇ、君」


 一緒に案内係をしているお兄さんとおっさんの境界上にいる人に何度も突っ込まれるが、愛想笑いで返す他なかった。


「なんというか、人と話すの慣れてなくて」

「だからそんなに下調べしたの? すごいねー!」

「こ、これでやっとこれで人並みなんですよ」


 お兄さんは桐花が作成した英語付き会場見取り図のことを指していた。

 お陰で一言くらいの案内なら通訳案内へ誘導しなくても済んだ。


「あの金髪の彼女も動きがカッチカチで面白いねー。ほんとにケイティさんとクリスさんの娘なの?」

「本当ですよ」


 この人に限らず、この質問は何遍もされた。

 桐花の両親は十年以上前から例祭の手伝いをしている中の初欠席だそうだ。

 本人達からは娘が行くから安心しろと言われていたらしい。


 祭り関係者の皆様は、あんな引っ込み思案な少女が現れるとは思ってもみなかったんだろう。


「いいなぁ外人の子とお付き合いなんて」

「そ、そういう関係じゃないです……あ、あと、あいつ日本国籍ですよ」


 なんでそう色っぽく解釈するんだろう。

 却って冷静になれるほどあり得ない話だぞ。


「だってずっと君の後ろに隠れてるからさぁ。ただならぬ関係なのかなあって思っちゃったよ」


 後ろに誰が立っていたかなんて認識できるか。

 そもそも俺が桐花とそういう関係にあったとして、何を羨む必要があるんだ。

 この人の奥さんも相当見目麗しいのに。キャラクターには難はあるが。


 どん、という音と共に社務所の裏口のドアが開く。


「交野君! 安佐手君って子はいるかね!?」


 え?

 押っ取り刀で駆け込んできた知らないおじさんに名前を呼ばれるなんて怖い。


「へ? 安佐手君はこの子ですよ?」


 交野と呼ばれたお兄さんこの人物こそ、我らが担任の交野依子先生の旦那様だ。


「若志屋……でなくて、ヤングマインドの湊ちゃん分かるかな? 連絡取ってもらえんかね!?」


 すごいな、こういうのを屋号で呼び合うって言うのかな?

 そういえばヤングマインドって、改装してデカくなる前は若志屋総合服店って名前だったな。

 ん? 『若い志』で『ヤングマインド』か!

 どうして今まで気付かなかったんだ!


「おい、安佐手君!?」

「あ、は、はい! あ、本人から電話が!」


 丁度、山丹先輩からの着信を表示していた。


「安佐手です」

『月人君! 今からダメ子が放送かけるんだけど』


 珍しい、山丹先輩の言葉から趣旨がお留守だ。


「放送?」

『き、桐花ちゃんが走って行ったって!』

「はい? どこにですか?」

『わ、分かんないの!』


 事態が少し飲み込めた。

 桐花がどこかへ走って行ったっきり戻ってこないってことか……なんだと!?


「な、なんでそんな!?」

『い、今さっき案内所に来たアメリカ人が』

「さ、さらわれた!?」

『ちちちがう! 落ち着いて聞いて! あ、あたしも落ち着いてないけど! なんかとにかく外人さんが桐花ちゃんの肩に手をかけたら、走って逃げちゃったって!』


 訳が分からねぇ!


『祭りもたけなわですがぁ、業務放送でーす!』


「あああ! 放送ストップ!」

『『ダメ子ストップ!』』


 山丹先輩の声が、放送と電話両方から微妙にズレつつ聞こえた。

 放送ブースの横にいたのか、反射的に止めてくれたのは助かった。


『ああー失礼しましたー! 後十分ほどしましたら本尊の舞台で奉納大太鼓が始まりまーす! 前の低いベンチはお子様優先ですからね! 心は子供でも体が大人の人は座らないようにしてくださいねー!』


 条辺先輩すげぇ。

 アドリブで誤魔化した。


『あぁもう! なんで放送ダメなの!?』


 山丹先輩はまだ放送ブースの中にいるのか、ひそひそ声だ。


「だってあいつ目立つの嫌がるじゃないですか! 一年に声かけて探しに行きますから!」


 心配しすぎかもしれないが、これ以上騒ぎがでかくするわけにいかない。

 桐花が萎縮して出て来られなくなったら最悪だ。


『わ、分かった。頼りきってごめん!』


 桐花の家へは誰かが向かっているだろう。

 俺の探す場所は一カ所だけだ。


「か、交野さん、すみません」

「あ、虫除け忘れないでねー。あとムヒもね」


 交野さんは言うや否や、再び客の対応を始めてしまった。

 割れるがままに虫除けスプレーと虫刺され薬をジャージのポケットに突っ込んだ。


「「よいしょー!」」


 社務所を出てすぐの能舞台の前で、嗣乃と瀬野川が舞台の芸に合わせて掛け声をかけていた。

 あわよくば一緒に探してもらおうと思っていたのに、その淡い期待は一瞬で砕け散った。

 まずは、目星が付いている場所を探すしかないか。

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