少年と少女 、相悩む-6

 知り合って間もない女子と、セミシングルサイズの折りたたみベットの上にいる。

 しかも相手は金髪碧眼、声は常にかすれていたり痰が絡んでいたりするほど言葉も少ない。


 外見以上に不思議な子だった。

 部屋の様子をちらちら伺ってからすぐ、俺の顔を見据えていた。


「あの、今朝ちょっと、説教くさいこと言っちゃってごめん」


 なんで話の切り出しがこんなにネガティブなんだ。


 桐花は少し頷くだけだった。

 身を固くしているが、視線は外れなかった。


「その、俺の中学時代は瀬野川が言ったみたいな感じだったんだけど……桐花の中学時代はどんなだったの?」


 軽い気持ちで切り出したが、桐花の表情と体が一気に硬くなった。

 言わなくても良いと遮りそうにもなってしまうが、ぐっとこらえる。

 桐花の中学時代は友達がいなかったことくらいしか知らないし。


「ふ、普通……?」


 友達皆無で物静かに過ごしていたことを普通とは言わないと思うんだが。

 それが桐花にとっては普通なのかもしれないが。


「その、あんまり人と話してなかったって聞いたんだけど」


 踏み込み過ぎたかもしれない。

 でも、二言三言話せる相手くらいはいたかどうかは聞いてみたかった。

 自分で人との交流を避けない限り。


「……話かけるの、怖くて」


 自分を見ている気分だった。

 俺も幼稚園の頃から小学校低学年の間くらいまで、陽太郎と嗣乃以外の同級生が怖くてたまらなかった。

 桐花は他人が怖いままこの年になってしまったんだろうか。

 見た目も相まって、周りに一歩引かれていたのかもしれない。


「なら、仕方ないか」

「変だと、思わないの?」

「思わないよ。俺も他人が怖いし」


 桐花の目が大きく見開かれた。おかしいこと言ったかな?


「……こ、怖い?」

「は? 桐花がってこと? いや、全然。むしろ俺のこと怖くないか?」

「怖くない」


 すぐに否定してくれるのは嬉しいな。

 やっぱり、桐花は俺に似ている。

 陽太郎と嗣乃がいなかったら、俺はきっと桐花と同じように他人との関わりを避けたかもしれなかった。


「あのさ、怖くないならなんでも言ってもらえると」


 桐花が小さく肯いた。

 友達甲斐が無い奴にだけはならないで欲しいもんだ。友達と認識してくれているなら、だけど。


「……」


 しばしの沈黙が流れた。

 沈黙は長ければ長い程、気まずさが増してしまう。

 いくら長くなったところで、何かを言わなければ沈黙は終わらない。


「あ、そうだ。自転車好きなのは親の影響なの?」


 少しだけ桐花の顔が明るくなった。

 沈黙に趣味の話ってのは良いんだな。


「う、うん。お父さんの趣味」


 やっぱりな。


「お父さんの自転車、高そうだな」

「……多分、本体だけで百五十万円くらい」

「え……?」


 ちょっとクラっときた。我が家の車とあまり変わらないではないか。

 そういえば桐花の家は車が置いてなかった。自転車一家なんだろうか。


「桐花のメインの自転車は?」

「多分……全部合わせて五十万円しないくらい。お母さんと共用だけど」


 恐ろしい。

 とはいえ、少しだけ桐花の声のトーンが上がった。趣味の話はヲタに残された最後の話題だな。陽キャっぽい趣味を言われたら黙るしかないんだけど。


「今の、普段用は完全に自分ので、少しずつパーツ変えてて。ブレーキだけは余った105いちまるごで」

「はい? いちまるご?」

「えっと、自転車のメカ部分は日本のメーカーが世界で一番シェア持ってて、お父さんはそのメーカーに興味を持って日本に来たくらいで。カーボン素材もほとんど日本ので……」


 気持ち良いくらいにしゃべってくれる。しかもこれがなかなか興味深い。

 話の枝葉がめちゃくちゃで定まらなくなってきているが、面白いので聞いていたかった。


「……あ、ご、ごめんなさい」

「へ?」


 突然桐花が話を切って下を向いてしまった……ああ、そうか。

 あまりしてはいけない話し方をしてしまったのだ。

 話したいことを全部並べてしまうのは『ひけらかし』みたいなもので『会話』じゃない。


 重症化すると、相手が言い終わるのを待って自分がまた話し始める。

 そして相手が話し始めたら次の言葉の切れ目が来ないかということばかりに集中してしまい、相手の言葉を聞き逃してしまうことすらある。


 桐花は多分、俺や多江と同じ失敗をたくさん繰り返してきたんだろう。

 しかも、桐花の周囲にはフォローしてくれる友人がいなかった。

 でも、今はフォローを買って出てくれる友達がいるからすぐに克服できるはずだ。


「あ、あのさ、俺の自転車にドロップハンドルって付かないのかな?」


 もう少し、得意分野の話を続けてみるか。


「え、えと……共通フレーム……ええと、ロードバイクとクロスバイクは乗車姿勢が違うけど、たまにロードと同じ仕様のフレームがあるから、それなら付けても大丈夫かもしれないけど、どちらかといえばロードじゃなくて、ツーリングバイクになっちゃうかもしれなくて……あとシフターを変えないとだから、ちょっとお金かかるかも……あ、ごめんなさい」


 うーん。また人に物を説くのか俺。このヲタ糞虫が。でも、桐花のためだ。


「俺にはいちいち謝る必要ないから」


 そんなばつの悪そうな顔するなよ。

 子犬みたいで可愛いけど。

 じっと桐花の目が俺を見つめていた。

 納得していないのを目で訴えないで欲しいんだが。


「俺とか多江なら今の話し方でも大丈夫だから。その、俺らと一緒にして欲しくない気持ちは重々承知の上で言うんだけど」


 こんな会話の仕方を一般人にしたらドン引かれてしまうのは確かだ。


「多分、その、ちょっと俺達寄りなんだ、桐花は」


 困った顔をするなよ。

 今俺も必死に伝わりそうな言葉を選んでるつもりなんだよ。


「その、ちょっとオタク気質……というか、趣味をこじらせてるっていうのか。そのせいで自分の世界に入り込み過ぎてるとか」


 どう受け取って良いのか分からないって顔をされてしまった。


「えっと、俺とか多江とかみたいに四六時中パソコンとスマホばっかり見てるような奴相手には気にしないで話していいと思うんだけど、そうでもない人にはさ、表面をさらっと話すくらいにしておくといいかも。かけてる金額の話とか、そういう誰にでも分かりやすいにしておけばいいんじゃないかな? それで反応が良くなかったら、そこで話をやめちゃってもいいと思うし……」


 聴く気のない相手にいくら話をしたところで無駄だ。


『趣味の話』に付き合うには『興味』という要素が必要になってしまう。

 はぁ、エラソーに何を語ってんだよ俺は。

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