第96話


 まさに圧巻。


 カルロとフィーゴの試合が終わり、その余韻が覚めやらぬまま行われた第二試合、エレナ対クルスの試合はそう呼ぶしかない程に一方的な試合展開を向かえていた。


 エレナの両の手から繰り出される華麗なる双剣の軌跡は、例えるならば流星。流れ落ちる夜空の星々が如く、エレナの手から放たれる双剣の残滓が輝きを放ち無限の軌跡を描く。


 初撃の二連撃から始まる絶え間無い双剣の連撃に、クルスは防戦のみに全神経を集中させられていた。


 エレナの神速の連撃には一切の無駄も淀みも停滞すらない。

 長い黒髪を靡かせ舞い踊る美しい少女の姿にクルスが抱くのは恐怖であった。


 化け物め……。


 今だ少女と呼べるであろうエレナから感じる圧倒的な威圧感、美しくそして恐ろしいまでに苛烈な剣技。だが何よりクルスの心胆寒からしめたのは、その剣に人を殺す事への迷いが一切感じられない事だ。


 勿論クルスも戦いの場においてそんな良心の呵責など持ち合わせてはいない。そうした一瞬の迷いや躊躇いが勝敗を……生死を分かつからだ。


 だがクルスにしても人の命を、その者の生きる人生を……未来を奪う事に対しての罪悪感や負い目が初めから無かった訳では無い。


 無我夢中で戦った初陣は今尚忘れる事無く脳裏に……記憶に色濃く残っている。殺さなければ殺される、そんな極限の戦闘を幾度と無く重ねる事で感情をすり減らし折り合いをつけながら至った生き残る為の術。


 年齢的にも大陸の戦乱や災厄への従軍経験すらないであろうエレナが、一体どんな凄惨な人生を生きれば十五、六の少女がこれ程までの技量を身につけその境地に至れるのか、クルスには到底理解が及ばない。


 クルスにとってエレナという少女は余りに未知な存在故に……その美しい姿すらクルスの目には得体の知れない怪物にすら映っていた。


 とは言え辛うじてではあったがエレナの連撃を防いでいるクルスの技量も凄まじい。


 クルス・ガリアス 序列六位。


 前回の大会でアニエスに敗れたとはいえ、もっとも王立階位に近い男という前評判は伊達では無かった。無かったのだが……。


 繰り出される連撃の嵐の中、クルスは一瞬エレナが笑った様な気配を感じ――――。


 おいおい……冗談……だろ。


 エレナの連撃が更に加速する。

 先程までより速度を増した双剣は、最早残像すら残す程のエレナの神速の剣は、クルスの反応速度すら凌駕し、クルスの瞳は双剣の軌道を見失う。


 認識が追い着かず忽然とクルスの眼前から消えたエレナの双剣が、次の瞬間にはピタリとその首筋に止まり、クルスは双剣の刀身の冷え冷えとした感触に背中に冷や汗が流れるのを感じる。


 「やれやれ……」


 クルスは苦笑を浮かべながら両腕を上げた。

 強さの次元が違う……まざまざとエレナとの実力差を見せ付けられたクルスは、あっさりと己の負けを認める。


 才能の違いなどと言う陳腐な感傷ではない。もっと根本的な部分でこの少女と自分は別な生き物なのだと、クルスは本能的に悟っていた。


 だからこそ年端もいかぬ少女に遅れをとった事に対する屈辱感も、敗北した事に対しての怒りや苛立ちすらも不思議と湧き起こる事は無かった。


 クルスから戦意が消失したのを感じたエレナは双剣を引くのと同時に、エレナの勝利が告げられる。


 エレナへの賞賛の声が響き渡る会場、その中でレティシアは思いつめた様にエレナの姿を追い求めていた。


 エレナの突然とも言える決断をカタリナから聞かされたレティシアは、直ぐにでもエレナの下へと駆けつけて直接真意を問い質したい気持ちに駆られてはいたが、カタリナが言う様に大会参加者が短期間で行われる戦いに集中する為に闘技場の近くに滞在する事はままある事であり、なによりエレナには自分の脆さと弱さを露呈して負担を掛けてしまっていたのでは無いのか、との負い目から、試合に集中したいというエレナの申し出を無下にも出来ず向かう足を鈍らせていたのだ。


 エレナはこの大会に参加する為だけにライズワースへと赴いて着ていたのだから、私がそれを後押ししないでどうするの……。


 レティシアは自分を納得させる為にその言葉を何度も呪文の様に呟く……それが偽りの気持ちだとしても、今はそれに縋るしかないのだから。


 レティシアも自分の中で渦巻くこの気持ちがそれ程複雑な感情では無いことは分かっていた。いや……至極単純な想い故に、逆に自分を誤魔化すのが難しいのだ。


 エレナに嫌われたく無い、ずっと傍にいて欲しい。


 エレナは自分の傍に居てくれると約束してくれた……だからこそレティシアは自分の我侭でエレナに嫌われる事を恐れていたのだ。

 言ってみればそんな簡単な話……だから私はエレナを信じて待っていればいい、大会が終わればまたあの愛らしい笑顔を浮かべ、双刻の月に……私の下に戻って来てくれるのだから。


 レティシアは何度も、何度もそう心の内で呟く。


 会場を一瞥する事も無く舞台から去るエレナの姿をレティシアは憂いに満ちた眼差しで追い駆ける。そんな痛ましいレティシアの姿を隣に座るカタリナはただ黙って見守る事しか出来なかった。




 王立階位同士がぶつかり合った第三試合は、ベルナディスが序列一位として無敗の王者の風格を見せ付けるかの様に圧勝し、続く第四試合もアニエスが危なげ無く勝ち進む。


 勝者でありながら死亡したカルロに代わり繰り上がる形でフィーゴが準決勝へと駒を進めはしたが、フィーゴの容態次第では早々と決勝への進出が決まるエレナとは対象的に、此処まで圧倒的な力を見せ付けて余力を残し勝ち抜いて来たベルナディスとアニエス、二人の対決に人々の注目が集まる。

 ライズワースでの人気を二分する両者の対決が、今大会屈指の注目の対戦である事は間違い無い。


 剣舞の宴もいよいよ準決勝を向かえ、その盛り上がりは最高潮を迎えようとしていた。

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