未タイトル

スイセン

第1話 

「かーえーれ!かーえーれー!」

ギャハハハと、はしたない笑い声とともに”帰れコール”が

僕と同じクラスの後藤葵に向けられる。

高校生にもなってまだこんな幼稚なことがあるんだ、

と僕は完璧傍観者だ。


後藤葵とは小中学生では同じ学校、同じクラス。ついでに郷田という僕の名字もあって出席番号が前後だった。ここまでくるとさすがに話したことくらいはあって、下の名前で呼び捨てで呼ぶことが普通の仲だが、葵も僕も異性が得意なタイプではなく、特別仲良くもなかった。

しかし葵はクラスで目立つ存在でもなく、浮くような存在でもなく、嫌われるような性格でもなかった。

なぜ、葵がこんな幼稚ないじめにあっているのかは知らない、知ろうとも思わないというのが本音だが。それでも同じ高校に進学した数少ない知り合いで、奇跡的にもまた同じクラスという、何かの運命を感じてしまいそうな葵のいじめに加担しようとはさらさら思わなかった。


「まじ葵キモイよな~」

「早く学校やめればいいのに」


男子からも女子からも

葵のことなんて知らない他クラスの人からも

悪口を言われ、笑われる始末。

それでも、僕は葵が落ち込んでいるところや、下を向いているところ、泣いているところなんて見たことがなかった。悪口が飛び交う廊下だって、前を見て堂々と歩いている。もしかしたら、弱っているところを見せないという葵なりの強がりだったのかもしれない。


傍観者だっていじめに加担している。

傍観者の方が酷いことをしているかもしれない。

だから、傍観者の僕が思ってはいけないことかもしれないけれど、僕は願っている。

葵にはいじめなんかに負けないでほしい。



葵へのいじめはどんどんエスカレートしていった。

悪口から、私物を隠されるようになり、しまいには度々暴力まであったらしい。

クラスメートの小林から聞いたところ、葵へのいじめは’おもしろいから’やっているらしい。発端は女子同士のいざこざらしい。

僕は馬鹿らしいと思っていたけれど、まだ心も世界も狭い僕たちにとっては、些細ないざこざはとても大きな問題で、無視はできないのだ。

自分と合わない人は切り捨てていく。社会に出たら通用しないことくらいわかっているからこそ、今、切り捨てられる人は切り捨てていく。腐りきったガキと思うかもしれないが、誰にだって思い当たる節はあるのではないだろうか。









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未タイトル スイセン @waterlily

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