手編みセーター

「編んだんだよ! まだまだ寒いからさ!」

 朝。兄がいきなり押し付けてきたのは、真っ青なセーターだった。


 私に避けられていることを最近になってようやく自覚したらしい兄は、よくこうやってご機嫌を取ろうとしてくる。

 確かにここ数日は気温が低めだけれど、予報によると明日から温かくなるらしいし、そもそももうすぐ4月だっていうのに。

 こういうズレたところがあるから嫌なのに、本人は全然分かっていない。


 無視しようとしたが、「着てみて! 着てみて!」とやかましい。

 一回着れば静かになるだろうと、渋々自室に入って着てみた。


 何で出来ているのか分からない線維は、一本一本が妙に太めで肌にちくちく刺さる感じがして、着心地は良くなかった。

 けれど、温かかった。まるで誰かに優しく包み込まれているようだった。


「どう?」

 背後にあるドアの外から、兄の声がした。


「うん、悪くない」

「そうかあ、それは良かった」

 久方ぶりに聞く、兄の嬉しそうな声。


「それ、俺の血管編んで作ったからさあ。まだ脈打ってるのかもしれないなあ」

 



 心が凍りついたまま、一時間ほど経過した。

 温かいというより生温かくなってきたセーターを脱ぎ捨てたいのに、体が動かない。

 あれから、兄の声は聞こえてこない。物音もしない。

 後ろは、振り向けない。

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