鳴き声と愛犬

 小型犬を飼っている。小さな体から出るとは思えないくらい大きな声でギャンギャン鳴く、元気な子だ。


 なのに、同じアパートの人達にはしょっちゅう文句を言われる。

「うちの子が眠れないんです」

「勉強に集中できないんです」

「しつけができてないんじゃない?」

「昼夜問わずギャンギャンギャンギャン、虐待してるんじゃないのか?」


 犬が吠えるのは当たり前だし、健康な証拠じゃないか。

 それにしつけしてないだの虐待だのなんてもってのほかだ。あの子のことは愛情を持って、自由にのびのびと育てている。

 何を言われてもシカトを貫いてきた。




 そんなある朝、家を出た時、左隣の部屋の住人と鉢合わせした。

 無視して横を通り過ぎようとしたら、聞こえた。


「ギャンギャン」


 ぎょっとした。

 うちの子そっくりのその鳴き声は、自室のドアノブを握った左隣の住人の口から発されていた。

 こちらの視線にかまわず、そいつは何食わぬ顔でドアに鍵をかけ、歩き出していた。


 からかわれたんだ。その時はそう思って、腹が立った。


 だけど、そいつだけじゃなかった。

 

 スーパーで出くわした住人も「ギャンギャン」。

 公園にいるところを遠目に見かけた住人も「ギャンギャン」。

 帰ってきて、家の鍵をあけていたら右隣の住人が「ギャンギャン」。


 アパート中の住人が、吠えるようになった。

 示し合わせたんだろうと思ったけど、それにしても気味が悪かった。


 けど、それだけでは終わらなかった。


 職場の上司が「ギャンギャン」。

 ファミレスの店員が「ギャンギャン」。

 道ですれ違った知らない人が「ギャンギャン」。

 TVに映る芸能人が「ギャンギャン」。

 しまいには、久しぶりに電話した実家の親が「ギャンギャン」。


 徐々に徐々に、人間という人間が吠えるようになっていった。


 こちらを見ながら吠えるわけでも、怖い顔をしながら吠えるわけでもない。

 ふと思い出したように、それまで自分がしていた行為の延長のように。

 「ギャンギャン」と。

 誰も吠えた人につっこまない。誰が吠えても不思議じゃない。そんな態度でいるだけ。




 やがて、人々は「ギャンギャン」と吠えるだけになった。

 右を見ても「ギャンギャン」。左を向いても「ギャンギャン」。

 人間が長い歴史の中で築き上げてきた言語を放り捨てて、「ギャンギャン」。


 私は、ひたすら家にこもる日々を送っている。

 四方八方から四六時中聞こえてくる、うちの子にそっくりな「ギャンギャン」。

 一体何日何も食べていないんだろう。一体何日寝てないんだろう。もうそれすら分からない。


 うちの子は今日も、元気に「ギャンギャン」鳴いている。

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