歩きスマホ
夕方5時頃。
当時高校生だったTは、スマホゲームをしながら歩いていた。
俯いて、小さな画面に両目を集中させる。
両耳はイヤホンから流れる、テンションを高めるBGMに集中させている。
そうやって物語の世界に入り込む。自分が歩き進める現実の道には、注意を向けない。
人や物にぶつかって危ないから歩きスマホは控えるようにと色々な人に言われてはいるが、慣れた道だし、それほど車も多くないから事故の心配なんてない。
キリの悪いところで楽しいゲームの世界を中断しなければならないことのほうがよっぽど辛い。
(よし、来い!)
SSレアが出るようにと祈りながらガチャを回す。
マスコットキャラの抱えた宝箱が輝きだす。ゆっくりと宝箱が開いていく。
期待感で高揚する。
と。
ぽん。
後ろから背中を叩かれた。
ゲームに釘付けだったはずなのに、反射的に振り向いた。
そこにいた人物は、小柄でパッと見小学生くらいだったが、皺も汚れもない、まだ新品であろう近所の中学校の制服に身を包んでいた。そこから覗く少しぽっちゃりとした、小麦色の手足。肩からはこれもまた真新しい通学鞄をかけていた。可愛らしいキャラクターもののキーホルダーがジャラジャラ付いていた。
なんてことはない。普通の中学生に見えた。
首から上がない以外は。
鎖骨の上、首があり、頭が繋がっているはずの箇所。
何もない。空間だけが広がっていた。遠くの地平線に沈み行く夕日の紅緋色が鮮やかに見えた。
呆然と無の空間を凝視するTの前で、中学生は徐々に全身の色を失い、遠くの夕日の色を透かしていき… 消えた。
イヤホンからは、レアなキャラクターが出現したことを示すメロディーが大音量で流れ続けていた。
後ろから見たら、スマホを覗き込むために首を折り曲げていたTが、自分と同じ首のない存在に思えたのだろう。きっとそれに親近感を覚えて、思わず背中を叩いてしまったのだろう…
Tは周囲にどれだけ咎められてもやめなかった歩きスマホをやめた。
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