例文
Mさんから聞いた話。
Mさんは大学生の頃、必修の英語でディスカッションをする授業で近くの席に座った男性と仲良くなった。ある時、授業前に彼とこんな会話をしたのだという。
「中高の時にやったような英語の問題集ってさあ、たまに変な例文載ってなかった?『彼は眼を覚ますと見知らぬ人々に囲まれているのに気づいた』とかさ。何があったんだよ彼に」
「ハハハ。確かにな。そういや俺がやったやつは凄かったな。ちょっと難易度高めのやつだったんだけど、
『その焼けた家は私の祖父母のものです』
『私は自分の息子を毒殺しました』
『彼は首吊り自殺をしました』
『総理大臣のバッグの中には人の頭が入っています』
なんてのがあったよ。他にも色々あったと思うけど忘れた。」
「…何それ…強烈すぎない…?え、まさか学校で配られたやつじゃないよね?」
「うん、俺が自分で本屋で買ったやつ」
「なんて問題集?」
「えーと…名前忘れたわ」
「そっか。じゃあ良かったら来週それ持ってきてくれない?」
「ハハ、見たいのかよ」
「うん。めっちゃ見たい」
「まあいいよ。じゃあ来週、覚えてたらな。そもそもまだ家に残ってるかもわかんないけど」
「うん、ありがと」
ちょうどそこで先生が入ってきたので問題集の話はそれで終わり、後はいつも通りに授業を終え、彼と別れたそうだ。
翌週、彼は授業を欠席した。具合でも悪いのかと思ったがその次の週も、さらにその次も彼は来なかった。流石に心配になったが彼とは連絡先を交換していなかったし、英語の授業では他に親しそうな相手がいる様子もなかった。他の授業で会うこともなかったから、どうすることもできずに悩んでいたある日、Mさんは食堂の隣の席で2人組の男子学生がこう話しているのを耳にした。
「なんか俺の友達の友達が2週間くらい前から誰とも連絡が取れんようになって、遂に親が捜索願出したらしいで」
「ほんまか。女の子?」
「いや、男だって」
Mさんは思わず訊いた。「そ、その人、名前は⁉︎」
男子学生達は驚き、戸惑った顔をした。Mさんは慌てて自分の男友達もそのくらい前から学校を休み続けているんだと弁解した。
「そうやったんですか。心配ですね。俺も直接の友達やないからわからんけど…えーとあいつなんて名前やって言うとったかな。確か…」
続けて男子学生が口にしたのは、間違いなくMさんの友人の名前だった。
あれから2年が経過したが、未だに彼は行方知れずなのだという。
「ねえ、これって私が変なもの見たいって頼んだせいなのかな?もしそうなら、なんて言って謝ればいいの?」
そう半泣きになりながらMさんに尋ねられた。思い返してみると彼女は、何故あの時「めっちゃ見たい」と言ったのかもわからないのだと言う。
こういう時は励ますべきだったのだろうが、私はなんとも返すことができなかった。
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