第18話 幕間/雪菜とイル

  

   第四章

  Another part4

「そうっ、そうなのイル! 契ってば昨日も今日も無断欠席で不良アピールしてるんだよ! 家に行ってみたけど誰もいないみたいだったし、もう私怒っちゃってます。すごくすっごく怒ってるの」


 唇を思いっ切り尖らせ、少し赤らんだ頬をぷっくりと膨らませて分かりやすく怒りを表現した少女――野々宮雪菜は、ぐーの形に握りこんだ拳を中空に向けて放った。鋭い、という形容があまりに似合わないパンチ。


 駄々っ子のようなそれを見て、イルと呼ばれた少女は柔らかく笑みを零した。


「それじゃ殴られても痛くないわ、ユキ」


「いいのいいの、私がこんなにも怒ってるんだーってことが分かればオッケーなのっ。契は鈍感系主人公だから、鈍感契なんだから。分かりやすさ重視でいかないと負けちゃうの!」


「負けるって、何に? ユキは何かと戦っているの?」


「試練とか困難とか、そういう具合のやつかなっ」


 バフン、と音を立ててベッドにダイブする。相手は雪菜一人で立ち向かうには強敵過ぎた。うつ伏せの状態から顔だけ上げてみると、イルと目が合った。どちらから、ということもなくサムズアップと微笑みを交換する。


 やはり持つべきものは相棒だ。


「ん……でも最近の契がちょっと変だったのは確かだよ。変って言っても良い意味だけどねっ。幼馴染み力高めの私ならすぐ分かるんだから」


 ベッドをいくら蹴っても推進力など生まれない。それでも雪菜はバタバタと意味もなくベッドに足を打ち付けながら疑問を吐き出した。契の様子がおかしい。細かい部分を挙げればキリがないが、要約するとこうなる。


 ――〝あの時〟から何に対しても興味を失ってしまった契が、どうしてか自分の意思を取り戻している?


 もしそうなら、それは喜ぶべきことだ。大地が思わず讃頌の声を上げるくらい素敵なことだ。宇宙の誰かが時間を遡ってお祝いの超新星爆発(くすだま)を準備してくれていたって不思議じゃない。


 ただ、そうなるに至った原因が分からない。それだけなのだが、雪菜には無視することが出来ないものだった。だって彼女はこの数年間、それを探すためだけに生きてきたようなものだから。


「ね、イル。契に何かあったのかな? 何があったのかな?」


「ん……そうね。何かがあった、とは思うわ。でもユキの話を聞いているだけじゃ、細かいところまでは分からない」


 イルは学校には通っていない。契のことは雪菜から間接的に聞いたことしか知らない。そんな彼女には答えるのが難しい質問だった。


「でもその〝何か〟は、悪いことじゃないと思うけど?」


 会話を俯瞰で見たなら、鸚鵡返しと大差ないような返答。だがそれでも雪菜はそれを聞いて口元を綻ばせた。彼女は基本的に楽観主義だ。同意してくれる友達がいるならさらに心強い。


「そうだよねっ。うん、イルならそう言ってくれると思ってた!」


 大きく伸びをするついでに枕元の時計を見る。毎朝雪菜を叩き起こしてくれる優秀なそいつは、そろそろ寝る時間だと無言で訴えていた。


 寝る前にやることは全て済ませてある――あと一つだけ除いて。


「じゃあ今日も、お願い」


 モゾモゾと動いて、ベッドの上に座る。別に寝転がったままでも出来るのだが、何となく。雪菜はいつも形から入るタイプだった。


「うん。……一応聞いておくけど、願いは変わっていない?」


「もっちろん!」


 雪菜とは逆に、イルはゆっくりと立ち上がった。ゴシックロリータに分類されるだろう黒いワンピースの裾を軽く払い、ぐっと体を捻って後ろも入念にチェック。イルも雪菜に負けず劣らず形式に則る性格のようだ。


 一瞬見えた背中には、すっかり見慣れた小さな黒い羽根がある。


「それじゃいくわ。――何度も言うけど、私に能力はほとんどない。ユキと契約しているわけじゃないから、エネルギーも微妙いまいち。でも助けてくれた恩人の、」


「友達!」


「――うん。友達のユキの力になりたい。だからやれるだけやってみるわ」


 願いを掛ける。


 少しでも届くようにと。


「どうか契に、幸せな出逢いが訪れますように――」


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